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【央華×楓季】Adore You 5
「もー、冷蔵庫なんにも入ってないじゃない」
12月の半ば、家に母と姉が訪ねてきた。
ネコムンの二人と離れて暮らしていることを知って心配でやってきたらしい。
「ちゃんとご飯食べてるの?」
「食べてるって」
「ほんと? あんたまた痩せたんじゃないの」
心配性な母の小言を聞き流して、姉と二人で苦々しく笑いあう。
実家を出てしばらく経つから、なんだか懐かしさも覚える。
「そうだ、お母さん! おじさんからのお土産あるんでしょ」
「そうそう、これ」
おしゃべりな母は、おじさんの土産話をそのまま聞かせる。
どうやら北海道に旅行に行っていたらしく、お菓子を箱ごと手渡された。
「とにかく落ち着いたら一度帰ってきなさいね」
そんな賑やかな空気の中でインターホンが鳴った。
止める間もなく母さんが玄関の扉を開けに行く。
「あら、央華くん!」
遊びに来た央華をみて黄色い悲鳴を上げる母と姉。
「楓季の母です。やだ近くで見るとほんとかっこいい」
「母さん、もう近いって!」
「どうも……」
母さんの圧にたじたじの央華を引き入れて、なんとか二人を家から出した。
「ごめん、母さん達、急に来てさ。びっくりさせたよね」
「いや、別に」
「央華……?」
何故か暗い面持ちの央華は部屋に入ってソファに腰掛けた。
テレビで適当にドラマを流しながら、二人でぼんやりと眺めた。
母さんが失礼だっただろうか? それとも今日は機嫌あんまり良くなかったのかな。
ぐるぐる考えても、どうにも考えがまとまらず、沈黙の気まずさにも耐えられずに口を開いた。
「その、どうかした……? 何かあったり」
「楓季がうらやましい」
「え?」
思ってもみなかった言葉に驚いてしまう。
うらやましい? 俺が?
央華に勝てるとこなんて、それこそどこにもないと思うのに。
彼はどこかさみしげな顔をしたまま口を開いた。
「好きなのと同時に劣等感を感じる」
「央華……」
いつもと違う様子の彼に手を延ばすとその手を掴まれて、そのままソファに押し倒された。
真正面から見上げる央華の表情は酷く傷付いたようで、はっとした。
つい手を伸ばして頬を撫でてていた。
泣きそうにも見える央華の弱々しい姿に胸が締め付けられ、彼を抱き寄せた。
「ごめん」
ぼそっと耳元で央華が言う。
「大丈夫だよ」
ぎゅっと強く優しく抱きしめる。
「ねぇ、俺ね、全然央華が思ってるようなやつじゃないよ」
羨ましがられるほどの存在じゃない。
「ただ望まれるアイドルらしい俺でいたくて、その幻影にしがみついてるだけで、ほんとの俺はもっと小さくて地味で、央華に好きになってもらえる存在じゃないのかも」
話しながらなんとなく、だからこそ好かれているという事実を受け止めきれないのかもと思った。
俺は俺自身のことが好きじゃないんだ。
だから好意を素直に受け止めきれない。
弱くてずるい俺を好きだなんて思えないんだ。
「憧れの自分を演じて、それでいっぱいいっぱいになっちゃうときもあるし」
央華の瞳と目があった。淡い緑色の瞳はまっすぐと俺を見下ろして、目を逸らせなくなる。
「楓季はさ、そう思うかもしれないけど、努力積んだり、人から好かれるのって小手先の誤魔化しじゃどうにもならないことだと思うよ」
思ったよりもずっと真剣な表情で続ける央華。
「それに演じられるのだって十分な才能なんだ。俺は、望まれる自分でいるのは苦しいだけで諦めたから」
「央華……」
「うちの親は、自分の理想を俺に押し付けてた。それに俺だって応えようとして努力してた。勉強もスポーツも習い事も全部、完璧にこなさなきゃって」
彼の抱く苦しみがやっと少しだけわかった。
「だけどさ、どうしてもあわせられないこともあって、それで全部馬鹿らしく思えた」
冷たく冷たく央華の声が響く。
「たった一人の子どもがゲイだなんて、不憫だよな、あの人らも」
それでも愛してくれるなんて簡単には言えない。
きっとそうじゃないから、理想を望まれれば望まれるほど、本当の自分を奥に奥に押し込んでしまうんだ。
そして、それでどんどん心が蝕まれて、鈍って、諦めて――。
「泣かないで楓季」
俺は自分で自分に望むのですら苦しいのに、まして肉親からそれを望まれ続けたらと想像するだけでぞっとする。
「ごめん、こんな話、人に言うことじゃないのに」
「ううん。俺でいいなら聞くから、だから……うまくいえないけど、央華はそのままでいて、大丈夫だから」
央華はきっともっと、俺の比じゃないくらい苦しかっただろう。
成熟しきらない子どもが親に見放される恐怖は計り知れない。
自分が望もうと望まなかろうと、ただ見捨てられないように喜んでもらえるように、自分の心を押し込めて演じきらないといけないんだから。
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