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【慧菜×楓季】暁に咲くレディ・ブルー 2
もともと些細なことで悩み過ぎる節があった。
それは、自分のことや人間関係や勉強のこと、それに仕事が加わって、央華と慧菜との関係も加わって――。そりゃいっぱいいっぱいになってしまうよなと、自分でも思う。
中でも重荷だった二人との関係を精算できたはずで、またやり直せる機会を得たのだ。自分のことくらい自分で制御しないと。
意識すればするほど、頭の中をそれで一杯にされてしまうのが人間というものなのかもしれない。ふとした瞬間に、胸がざわつくのを気にしないようにするので精一杯だった。
すっかり冬日が続いているというのに、素足をさらすことも厭わない慧菜。おしゃれは我慢とはよく言ったものだ。
以前のように「似合うでしょ?」と見せにくることは無くなったからまだいいが、それでも一緒にいる機会が多く、視界に入るのは必然だった。
もともと俺は女の子が好きなのだから当然だが、慧菜の可憐さや可愛らしさを意識せずにいるのは難しかった。
そんな悩みを抱えながら、とにかく仕事に打ち込んだ。
それがよくなかったのかもしれない。
「じゃあ、先生行くけど、ゆっくり休むように」
「はい、すいません」
学校の授業中に倒れてしまうなんて、我ながら自己管理がなってないと嫌になる。
身体は素直に出来ていて、無理が祟ったのだと先生に言われた。
保健室の白い天井を見ながら、ぼんやりと息を吐いた。
一度一線を越えてしまった央華や慧菜とまた気のおけない仲になろうだなんて発想が、そもそもおこがましいのだろうか。
これから長くネコムンを続けるなら、いっときでも早く過去を忘れて今の関係性に集中しないといけないのに。
そうしたいのに。
どうしてうまく気持ちを切り替えられないんだろう。
二人とも、距離を置いて変な空気にならないように気を遣ってくれてる。
俺だけが未だに意識してしまっているんじゃないだろうか。
そんな考えてもきりがないことが頭をぐるぐると巡る。
オーディションの準備だってもっと力を入れたい。自分で決めて、もっと俳優としてのキャリアも積みたいと、そう思っているのだから。
年末のライブも見据えて、ダンスも歌も調整しないと。先輩と並んだら、俺なんて目立ちもしないかも。
先生には休んでと言われたけど、そんな暇なんてない。
もっと、もっと努力しないと――。
焦燥感に飲み込まれそうになったとき、外から聞き慣れた声が聞こえた。
「もう、しつこいですよ! やめてください」
「んだよ、ちょっとくらいいいだろ」
「離してください!」
慧菜の声だ。それも明らかに嫌がっている声だった。
咄嗟にベッドから起き上がり、保健室の外に出ると慧菜の腕を掴んでいる男子生徒と目が合った。
「慧菜!」
「ちっ」
不機嫌そうに睨んだかと思うと、荒っぽく慧菜を放して男子生徒は足早に立ち去っていった。
「慧菜! 慧菜、大丈夫?」
「ふうくん……うん」
慧菜に駆け寄って声を掛けると、彼は気まずそうに肩をすくめてみせた。
「あの先輩しつこくって、ぼくが可愛いからってさ」
何でもなさそうに笑って見せる慧菜だが、胸をざわつかせる不安は拭い去れなかった。
「慧菜……」
「それより、ふうくんこそ倒れたって聞いたけど、身体もう平気なの?」
「あ、うん……もう平気」
「そう? でも、もう少し休まないと、ほらベッド戻ろう」
慧菜に背中を押されて保健室に戻った。少し眠って身体はだいぶ楽になっていたのだけれど、慧菜に言われまたベッドに横になった。
ベッド脇にそっと腰掛ける慧菜は、俺の身体に手を添えて柔らかく微笑んで見せた。
「ふうくんさ、頑張り過ぎなんだよ、最近特にさ。お仕事にレッスンに、オーディションにって」
「俺なんて全然まだまだ……」
「倒れる程、頑張ってるのに何言ってるのさ。もう無理したら仕事に支障でちゃうよ?」
慧菜に優しい言葉を掛けられて、無理しすぎなのかもとやっと自分事として感じられた。
近くで見てくれている彼に、俺以上にいつも完璧でいようと努力している慧菜に認めて貰えるのは、素直に嬉しかった。
「うん……ありがと」
「どういたしまして」
視線を手元に移して、何やら慧菜は少し考え込むように口をつぐんだ。
しばし沈黙が流れて、遠くで笑い声をあげる生徒の声が耳につく。
冬にしては珍しく天気の良い日で、青空が窓の外に広がっていた。
座ったまま身体をこちらに向ける慧菜は申し訳無さそうに目を伏せていた。
「ねえ、ごめんね」
慧菜がいきなりそんなことを言った。
彼に視線を向けると、不安そうに揺れる色素の薄い瞳と目があった。
「ふうくん優しいからいっつも甘えちゃってさ、酷いことしたよね」
何がと言われずとも察しはついた。
「ううん……俺の方こそごめん。二人に、その……嫌われたくなくて、気まずくもなりたくなくて……だからって、その、ずるずる続けちゃって。そのせいで余計に傷つけたよね」
ずっと言えずにいた言葉を口に出してみると、慧菜は眉を寄せて苦々しく微笑んだ。
「どんだけ優しいのさ。ふつうにさ、ぼくとか央華のこと責めたらいいのに」
「そんな……」
責められるくらい一方的な関係でもなかった。嫌なら嫌ともっと拒絶出来ていたはずだから。拒否出来ずに関係を続けることを選んだのは俺だから。
それに、どこかで、彼らに求められることで一種の安心感を得ていた節もあった。
与えられる快感を求めてしまうときだってあった。
今だって揺れ動いてる気持ちが誤魔化しきれないくらい膨れてきている。
「あーあ、ぼくもあの先輩と同じだよね。無理やり、さ……嫌だっただろうに」
慧菜は自嘲気味にそう言う。
「……その、嫌では、なかったけど」
「え?」
ついまたそんな風に言ってしまうと、慧菜は驚いて俺を見た。
「や、その……ほんとに無理だったらもっと拒絶しちゃってたと思うし」
「へぇ……ふーん、そんなこと言われると……でも、うん。ふうくんのこと大好きなのは、そういう意味でだけじゃないから、友達でいられたらそれで嬉しいよ」
「慧菜……」
ぼそぼそと独り言のように言う慧菜は、ふと何か思いついたように表情を明るくした。
「そうだ、お腹空かない? お昼まだでしょ」
「うん、まだだけど」
「最近できたカフェに行ってみたくてさ。一緒に行かない?」
「え? でも学校は」
「ふうくん、学校もお仕事も大事だけど、たまには息抜きもしなくちゃ、ね?」
「ねって……え、慧菜!」
返事をする間も無く、手を引かれ身体を起こされる。
「ほら、行こ!」
ベッドから起き上がり、そのまま廊下に飛び出した。
慧菜は楽しそうに微笑む。
しっかり者で真面目な彼の、それだけじゃない部分を忘れていた。
本当はこんなことしちゃダメだって分かってる。けれど、何もかもから目をそらして慧菜に手を引かれるまま、何となく流れに身を任せてしまいたくなった。
小春日和の午後、先生に帰る旨を伝えて荷物を持って俺と慧菜は二人で学校を抜け出した。
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