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【慧菜×楓季】暁に咲くレディ・ブルー 3
制服のままでは目立つからと、俺の家に寄って軽く着替えた。
流石に俺のだとサイズがあわなかったが、慧菜はやけに喜んでぶかぶかのパーカーを羽織って見せた。制服のプリーツスカートに、そこから伸びる黒いタイツ姿の細い足。よく似合っていているのは言うまでも無いが、俺の服を着ている慧菜を見ていると、なんとも言えない気分になった。
「さ、まずはカフェ行こ!」
慧菜の案内で、最近出来たというカフェにやってきた。並ぶかもと話していたが、ランチ時を少し過ぎたのもあり、意外にもすぐに入ることが出来た。
落ち着いた雰囲気で明るい店内は、若い女性客が多かった。
席について、売りにしているというパスタを頼んで二人で食べた。慧菜は好物のエビが入ったトマトクリームパスタ、俺はシンプルなボロネーゼを選んだ。
「美味しいね~」
「うんっ」
「今頃みんな授業受けてると思うと背徳感」
慧菜は声を潜めて、そんな風に言うと笑って見せる。
彼の言うように平日の昼間から、こんなにものんびりとできるのは、それだけで気分がよかった。
心配事はできるだけ頭の隅に追いやって慧菜の話に耳を傾け、食事を楽しんだ。
「次はゲーセンいこ」
店を出て、慧菜に手を引かれて次の目的地に向かった。
「これ、対戦しよ!」
慧菜が指さしたのはレースゲームの筐体だった。
「懐かしい。昔、姉ちゃんとやってたな」
「いいなぁ。兄弟とゲームとか憧れちゃう」
「あ……慧菜、一人っ子だもんね」
「そ、パパもママもぼくが可愛くて手加減しちゃうからさ」
そんな話をしながら、席に付くと慧菜は楽しそうにハンドルを握った。
「負けないからね!」
なんて、張り切る彼の横に座ってゲームが始まった。
かなり久々だったが、コースを一周する頃にはだいぶ感覚を掴んで、つい夢中でプレイしていた。
「あーあ、負けちゃった。ふうくんゲームもうまいんだね?」
「たまたまだよ。アイテム運が良かっただけで」
「謙遜しちゃって。負けは負けだから、あとでクレープ奢るね」
「え、そんないいのに」
「いいの! ぼくが食べたいついでだし。あ、来て!」
負けてもなお楽しそうな慧菜は、いつも以上にリラックスした様子で微笑んでいた。彼のはしゃいでいる様子に、ついこっちまで気分が和んだ。
次に来たのは、クレーンゲームのコーナーだった。
「かわいい~!」
遠くからもかなり目立っていた大きな白い猫のぬいぐるみ。
見るからに慧菜の好きそうな、ふわふわしたかわいらしい人形だった。
「もう目が合っちゃった。これはお迎えしなくちゃ」
慧菜はさっそくコインを入れて、真剣にケースの中を覗き込んでアームを動かした。
「取れるかなぁ」
頭を動かし、胴を掴んでと数度繰り返し、かなり惜しい所まで移動したが、落とすまではいかない。
「あとちょっとなのになぁ」
「俺にもやらせて」
数度目の失敗を見届けたあと、我慢できずにそう言うと慧菜に変わってアームを操作した。特別得意なわけではなかったが、せっかくならこうして連れ出してくれた慧菜にぬいぐるみを手に入れてほしかった。
「わ、すごい!」
その思いが通じたのか、身体を持ち上げたあと白い猫は運良く落とし口に転がっていった。
「ほら、取れたよ」
早速慧菜に手渡すと、彼はにっこりと嬉しそうに大きな猫を抱きしめた。
「ふわふわ~! ふうくん、ありがとう!」
「取れてよかった」
「うんっ、大事にするね!」
はしゃぐ彼を見ていると、心がすっと軽くなるようだった。
ゲームセンターで遊んだあと、クレープ屋にやってきた。
慧菜はいちごとチーズケーキの乗ったものを選び、俺は定番のバナナチョコ。
出来上がるのを待ちながらまたちらほらと会話をした。
こうして慧菜とゆっくりと遊ぶのも久々のような気がした。仕事が忙しいからというのもあるが、関係が変わり始めてからは、何となく気まずかったのもある。央華とも慧菜ともそう。
それがまたこうして気を緩めて楽しめている。それが、きっとまた友達としてやり直せると実感を持って感じさせてくれた。
「前から思ってたけどふうくんっていっつも気を張っててさ、疲れそう」
何気ない会話の流れで、慧菜が言う。
「ぼくの前ではふうくんのままでいていいからね」
いつもより少しだけ真剣な声音だった。
「だから、あんまり無理しないこと!」
優しい表情の彼に頷いて見せた。
本気で心配をかけてしまっていたのかもしれない。
思い悩むとうまく発散できずにからまわってしまう。きっとそれはこれからも、例え央華や慧菜との関係が元通りになっても付きまとってくる俺の問題だ。
そんな時にこうして、肩の力を抜いてもいいのだと言って貰えるのはありがたいことだった。
慧菜に促されて、クレープを持って今日の記念に写真を撮った。
大丈夫、きっとうまくやり直せる。
ゆっくりでもまた。
そんな明るい気分で、食べながら歩いていると、ふとすれ違った女の子が小さく悲鳴を上げた。
「え、まって! えなちじゃない?」
「うそ! 隣にいるの、楓季くん?」
声を抑えることも厭わずに興奮を滲ませる彼女達のそんな言葉が聞こえ、向かいから歩いてくる若い女性達も立ち止まってきょろきょろと辺りを見回し始める。
これは、まずいことになった。
慧菜と目を合わせて、足早に人の少ない通りを目指した。それでも追いかけてくる足音が聞こえ、二人で走り出す。
ファンに声を掛けられるのは嬉しいことだけれど、あの様子だと騒ぎになってしまう。
「慧菜、こっち!」
彼の腕を掴んで路地裏に入り、なんとか一息ついた。
「もー、焦ったぁ~」
「ほんとね。めっちゃ追いかけて来るし」
まさか帰り際にこんなことになるとは思わなかった。
「はぁ、でもちょっと楽しかったかも」
慧菜は悪戯っぽく微笑んでみせる。
二人で笑いあって、人目を盗んでなんとかその場を抜け出すことが出来た。
帰りの電車に揺られながら、たまにはこんな無茶をするのもいいかとぼんやりと思った。きっと一人ではこんなことしようなんて思えないんだろうけれど。
慧菜が連れ出してくれたから――。
ふと肩に重みを感じて横を見ると、慧菜が俺に頭を預け寝息を立てていた。
「んぅ……」
白い猫を抱えたまま寝てしまう彼の姿に思わず頬が緩んだ。
「慧菜、ありがとう」
そっと呟くと、慧菜は良い夢でも見ているのか小さく小さく微笑んだ。
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