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【慧菜×楓季】暁に咲くレディ・ブルー 5

 12月に入り、慌ただしく日常が過ぎていった。  午後の仕事に一緒に行くため、学校の昇降口で慧菜を待っていた。だが彼にしては珍しく暫く待っても姿を見せない。  連絡もつかず、何かあったのかと教室まで向かうことにした。  階段を上り、踊り場に差し掛かろうとしたところで人影が見えた。 「いい加減にしろよ、俺が相手してやるって言ってんのに」  背の高い男子生徒は壁際に女子生徒を押しやり低い声で言う。  咄嗟に状況を理解できないまま足を止めると、聞き慣れた声が聞こえた。 「先輩もうやめてください」  影に隠れて見えなかったが、そこにいたのは慧菜のようだった。よく見るとその男子生徒も以前、慧菜に絡んでいた男のようだ。  助けに入ろうと階段を登ろうとして、慧菜の冷たくあしらうような一言につい足がとまってしまった。 「ぼく、男に興味無いんで」  はっきりとした口調で言い切る慧菜。 「は? だったらなんでそんななりしてんだよ。男を誘うためじゃねーの?」  若干馬鹿にしたような調子で続ける彼の言っていることは酷いものだったが、少なからず頭を掠めてしまう自然な思考だとも思った。  俺だってずっと、漠然と慧菜にとっては男も恋愛対象なのだと思い込んでいた。  慧菜は、俺のことが好きなんだと、そう思い込んでいた。 「ぼくはぼくの好きな服を着てるだけです。本当にしつこい。先輩に興味も好意も無いんですよ」 「お前……言ってることわかってんのか」 「先輩こそ何度も言ってるんですから理解してくださいよ。あなたのこと好きじゃないって言ってるんです」  かなり体格差のある男に詰め寄られているのに、毅然とした態度で慧菜は続けた。 「それに、ぼくは実力でここまで来たんだ。先輩とはちがって……」 「お前……!」  とうとう忌諱に触れる事を言ったのか、男が慧菜に向かって手を振りかぶる。 「慧菜!」  慌てて階段を駆け上り、彼らの間に入った。  驚いた様子の男は、整った顔を歪ませて俺と慧菜を睨みつけると立ち去っていった。  ほっとして慧菜を振り返ると、彼も安堵したように息を吐いた。 「平気?」 「ありがとうふうくん。……はぁ、流石にちょっと怖かった」 「ごめんすぐ助けに入れば……」 「ううん。いいんだよ」  弱々しく微笑んで、慧菜は男子生徒が立ち去っていった方をぼんやりと見つめた。 「あの人、ぼくがお世話になってる雑誌の編集長の息子なんだ。モデルとしても先輩で、実力が無いわけじゃないってわかってる。けど、そのこと言われるの嫌がってるのわかってて煽ったんだ。そうでもしないと、一生付きまとわれそうで……」 「そうだったんだ」  モデルの業界も厳しいと聞くけれど、慧菜の苦労は計り知れない。  改めて彼の顔を見ると、つい先程の一言が頭にこだました。 『ぼく、男に興味無いんで』  その言葉が真実なら、俺は……?  慧菜のぱっちりとした瞳と目が合う。  彼はにっこりと微笑んでみせ、俺の腕を引っ張った。 「さ、行こ。こんなとこいたら身体冷えちゃうよ」  慧菜に言われるがまま、一緒に階段を降りて行った。

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