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第7話 神鏡の意味
「そんなに力を入れるんじゃない。自分の爪で怪我をするぞ」
七瀬は、春斗の手を取り、優しく開かせる。
春斗はその手の温もりに涙を堪えることができなくなった。
「っ……」
「泣くな。何も心配はいらない」
春斗は七瀬に縋りつきたかった。しかし、その衝動を抑え、涙を拭う。
「七瀬殿」
その時、七瀬の背後で見知らぬ声がした。
七瀬が小さく息を吐いて振り返る。そして、その声の主を見ると、恭しく礼をした。
里緒と菜緒も深々と頭を下げている。
その男は、肩程までの長髪をきっちりと結わえ、白の着物に紺色の袴、同じく紺色の羽織という正装であった。
表情は無く、感情の読めない男だった。
「大御神様がお待ちです」
「……承知した」
七瀬はその男について行く。
「「七瀬様!」」
里緒と菜緒は焦ったように呼び止める。
「大丈夫だ。お前たちはここで待っていてくれ。しばらく春斗を頼んだよ」
里緒と菜緒は今にも泣きだしそうな表情だった。
春斗は急な展開に状況を理解することができない。
ただ、七瀬をこのまま行かせてはいけない。そう、春斗の直感が訴えていた。
「七瀬さん!」
春斗の不安げな表情に気が付いた七瀬は笑う。
「春斗、どうした? すぐに帰るから、大丈夫だ。帰ったら一緒に湯浴みでもしよう」
そういつもの表情で、いつもの声色で、七瀬は言う。
でも春斗なんとなく悟った。簡単には帰ってこない。何かが起きている。
ただ、そう思っても春斗に七瀬を止める術はなかった。
七瀬が男と屋敷の鳥居を出た瞬間、二人の姿は突如見えなくなった。
「ねえ、七瀬さんはどこに行ったの?」
春斗は里緒と菜緒に尋ねる。
二人は困ったように首を傾げ視線を交わした。そして意を決したように、里緒が口を開いた。
「七瀬様は神界の裁き処に行かれたのです」
「裁き処?」
「はい、人間の世界でいう裁判所です。そこには地方の神々を束ねる大御神様がおられます。七瀬様はそこで裁判にかけられるのです」
里緒の言葉に春斗は衝撃を受けた。
裁判だって? どうして! 七瀬さんは何も悪いことはしていない。巳影だって七瀬さんが倒したのに。
納得していない様子の春斗に、今度は菜緒が続ける。
「この騒動で神鏡が壊れました。神鏡は地方を守護する上級神にのみ与えられます。神界にとって、とても重要なもので、膨大な神力が込められています。それを紛失したり、壊したりすることは重罪なのです」
「じゃあ、神鏡が壊れたから七瀬さんが罰せられるということ?」
「はい。おそらく何かしらの罰は受けられるはずです」
春斗は顔面蒼白になった。全身から力が抜けるようだった。
自分のせいで七瀬さんは裁判に掛けられ、咎められる。俺のせいでしかないのに……なのに七瀬さんは俺を責めることもなく、むしろ安心させるように笑っていた。それに、あの肩。確実に巳影の牙が刺さっていた。邪神の毒は傷を深くする。
春斗は居ても立ってもいられなかった。
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