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第10話 帰宅

 大御神がいなくなったことで、すっと場の空気が軽くなった。 「「七瀬様!!」」  里緒と菜緒が、駆け寄り七瀬の身体を支える。 「……屋敷で待っていろと言っただろう」  そうは言うものの七瀬に怒っている様子はなく、三人を咎めるつもりはないらしい。  春斗は、遠く木の陰から動くことができなかった。  七瀬は、そんな春斗に柔らかい視線を送る。肩で息をし、苦しいはずなのに微笑む七瀬。  春斗は様々な感情が嵐のように自身の内をかき乱し、手足が震える。  自分の身体が自分のものではないように感じていた。 「帰りましょう」  里緒と菜緒が七瀬の立ち上がるのを支える。  来た時には気が付かなかったが、春斗の後ろに小さな赤い鳥居があり、そこを抜けると屋敷の鳥居に繋がっていた。  里緒と菜緒は手際よく、布団を敷き七瀬を介抱する。  七瀬を横向きに寝かせ、菜緒が持ってきた傷薬を七瀬の背に塗っていく。  七瀬の背は、赤く腫れあがり出血し、目を当てるのも辛いほどだった。右肩付近には巳影の噛み跡がしっかりと残っており赤黒く変色していた。  春斗は、三人の様子をどこか現実から切り離されたようにぼんやりと眺めていた。 「……春斗。おいで」  手当てを終えた七瀬が春斗を呼ぶ。  里緒と菜緒はそっと退室した。気を利かせたのだろう。 「……」  七瀬の側に膝をついた春斗は何も言わない。 「春斗。私は大丈夫だ。……そんな顔をするな」  横になったまま伸ばされた手が春斗の膝を擦る。  どこまでも優しく温かい。 「何で……」 「ん?」 「何で怒らないんですか。全部俺のせいなのに……」  そんなことを言いたいわけではない。七瀬を気遣う言葉を掛けなければならないのに、そんな言葉しか出てこなかった。  しかし、そんな春斗にも七瀬は優しい。 「なぜ怒る必要がある? 春斗は、あやつに騙されただけだ。邪神は狡猾だ。春斗も被害者だろう?」 「でもっ、俺が巳影を屋敷に招き入れたからこんなことになったんだし……七瀬さんにこんな怪我をさせて、その上懲罰だなんて」  春斗は溢れてくる涙を拭うこともせずに、食いしばる。  七瀬はそんな春斗を困ったように見つめた。 「春斗、怪我が治ったら一緒に湯浴みをしよう。約束しただろう? それに、花見にも行こう。桜は散ってしまっているかもしれないが、菜の花が綺麗な場所を教えてやろう。弁当を持っていくのもいいな」  春斗は止めどなく込み上げてくる涙の気配に言葉を紡ぐことができなかった。ただ、何度も頷いて答えるばかりだった。

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