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第11話 九重の教え
それから五日が経った。
やはり七瀬の薬は効き目がいいようで、敲きによる傷は腫れも引き、少しの赤みが残る程度になっていた。
問題は巳影による噛み傷だった。赤黒く腫れていた部分は広がり、当初の倍以上にもなっていた。
邪気による傷には、神力が必要だ。しかし春斗にはその神力がない。里緒と菜緒にも多少の神力があるが、力は弱く巳影の邪気を祓うには至らなかった。
春斗は焦っていた。
七瀬は邪気による衰弱が激しく、いまだ起き上がることができない。しかも、高熱が続き食事をまともに取ることもできなくなっていた。
このままでは、七瀬は消えてしまう。そんな予感に春斗もまた苦しんでいた。
「ごめんください」
そんなとき現れたのは九重だった。
春斗は泣きそうになりながら九重に助けを求めた。
「九重様! 七瀬さんが大変なんです!」
「ええ、ええ。風の噂で耳にして、様子を見に来たのよ」
「巳影……邪神に嚙まれた部分の傷が治らなくて、七瀬さんが苦しそうなんです」
九重は、いつもの穏やかな声色ではあったが、真剣な表情で春斗を見る。
「普通の邪気であれば、七瀬様のもつ力で祓うことができるはずよ。でも回復の兆しがないのよね?」
「はい……むしろ酷くなる一方で……」
「そう。それは相当危険な状態ね」
「俺にできることはないですか? 何でもします!」
春斗は祈るように九重に縋りついた。
九重は、しばし考えた後、重い口を開いた。
「春斗ちゃん、本当に何でもする?」
「はい! 七瀬さんが元気になるのなら何だって!」
「そう……ねえ、春斗ちゃん。神様の寿命って知っているかしら」
突然そんなことを言われ、春斗は首を傾げた。
「神様はね、寿命というものはないのよ。例えば今回みたいに邪気に侵されて消滅することは稀にあるの。でもね、こういったことを除けば永遠に生きるのよ」
春斗は九重の言葉を一言一句逃さないように聞き入る。
九重も、ゆったりとした口調で続けた。
「つまり、どんなに辛く苦しいことがあっても死ねないのよ。この意味わかるかしら?」
春斗は考えた。
人間の寿命はせいぜい八十から九十年。それか頑張ってもう少し。人生に見切りをつけて自ら命を絶つ人もいる。
それはもちろん推奨されることではないし、ない方がいいことなのだけど、神様はそれを選ぶことさえもできない。死にたくなるほどの出来事が起こっても耐えるしかないというわけだ。
死にたくなるほど辛いこと。
春斗にも覚えがあった。人間界にいた頃、実行はしなかったとはいえ、消えてしまえたらどんなに楽だろうか。と考えたことも正直なところあった。
「それは……とても苦しいですね」
春斗は胸が締め付けられ、そう答えることが精一杯だった。
「そう。寿命がないということは逃げたくても逃げられない。言わば生き地獄とも言えるの」
そこで九重は一度大きく息を吐いた。
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