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第16話 本音
七瀬はゆっくりと上体を起こして座る。
「私は春斗のことを手放せない。私が消滅すれば春斗は心置きなく人間界に帰られるのだぞ」
どういうこと? 俺が人間界に帰る? 俺はもう帰りたいと思うことは決してないのに。
春斗は、七瀬の意識が戻ってほっとしたのも束の間。思考は混乱してしまう。
「ちょっと待ってください。俺が人間界に帰った方がいいということですか?」
「ああ。そうだ。」
「どうして! 俺は人間界に帰りたいとは思いません!」
口から溢れ出た声は、思いの外大きく、悲痛を含んでいた。
「私が春斗をここに連れてきてから、いろんなことがあっただろう? 危険なことも多かった。人間界にいればそんな命に係わる危険に晒されることはなかったのだ。……神力を持つ必要もなかった……」
七瀬は気づいていたのだ。
春斗が七瀬を助けるために、大御神の神殿で神力を授かった事実に。普通の人間に神力を授けられるのは大御神のみ。しかし、人間が簡単に神力をもてるはずはない。
それには死に値するほどの身体的精神的苦痛を伴うということも七瀬は知っていたのだ。
自分のために春斗が苦痛に耐えていたという事実が七瀬を苦しめた。
「またそんなことを考えていたのですか」
春斗は滲んだ涙をそのままに呆れたように笑った。
「以前も言ったでしょう? 俺は自分の意志でこの世界に来たんだって。七瀬さんと暮らしてとても幸せなんですよ? 今更人間界に戻れなんて拷問ですか?」
泣き笑いの春斗に、七瀬はどう答えたらよいものかと眉をひそめた。
「七瀬さん、俺、言葉にするの苦手なんですよ。……恥ずかしいし。でも、わかってないみたいだから……俺、七瀬さんとずっと一緒にいたいと思ってるんです。確かに神力を得たのは七瀬さんを助けるためです。でも、それだけじゃない。七瀬さんは神様だから、今回みたいなことでもなければ、死ぬことはない。そうでしょう?」
七瀬は肯定の意味を込めて頷いた。
「それに対して人間の俺は長生きしても九十前後で死んでしまう。七瀬さんを残して俺だけ死ぬなんて、そんなの嫌ですよ。だったら、七瀬さんと同じように永遠に生きればいい。そう思ったまでです」
「いや、しかし……」
七瀬はまだ納得いかないと首を振る。
「どうしたんですか。七瀬さんらしくない。俺がいいって言ってるんだからいいじゃないですか。永遠の命は辛いことも多いって言いたいんでしょう? だったらそれを一緒に共有すればいいじゃないですか。一人で耐えるより二人で耐える方が心強いでしょう?!」
啖呵を切るように言い切った春斗に、七瀬はしばし黙った後、声を立てて笑った。
「……何を笑ってるんですか」
「ははっ、いや、すまない。鼻息の荒い春斗が珍しくてな。……そうだな。私が悪かった。病んでいた故の弱音だとでも思って許してくれ」
「もう……心配したんですからね。だいたい、俺のせいで七瀬さんが消えちゃった、なんてなったら、たまったもんじゃないですし」
「だが、春斗のおかげで助かった。それに……」
「それに?」
「永遠に私と共にありたいと思ってくれているのだな?」
「そ、それはっ!」
ニヤリと人の悪い笑顔を浮かべる七瀬に、春斗は顔中に熱が集まるのを感じた。
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