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第2話
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「森山っ! 大丈夫か!?」
「いっつ~~!!」
パトロール中に立ち寄ったコンビニで、愛崎とダイキは強盗に出くわしてしまった。
逃げる店員に、ジャックナイフを振りかざす男に、愛崎が後ろから強烈なカカト落としをお見舞いしたが、店員をかばうために間に飛び込んだダイキの腹に、男のナイフが刺さってしまったのだ。
「もうすぐ応援がくる! 傷は!? 見せろ!」
慌てた様子でシャツを脱がされ、傷の具合を確認した愛崎に頭を小突かれる。
「無傷じゃねーか! ビビらせんな!」
「へ!? あれ!? ほんとだっ! 痛くないです!」
「痛くないです! じゃねーんだよ」
完全にやられたと思ったが、どうやらオモチャのナイフだったようだ。愛崎が拾い上げ、ナイフの先端を押し込んでカシュカシュと音を出す。
「ったく、心配させやがって。命拾いしたな!」
そう言って愛崎がダイキの頭をわしゃっと撫でる。
「ッツ──!」
ダイキは戸惑う。愛崎はわかっているはずなのだ。ダイキがゲイで、愛崎のことをそういう目で見ていると──。
(俺……今、上半身、裸なんですけど──)
そのせいか、よけい愛崎を近くに感じてしまう。
「あーまじビビった。焦って救急車呼んじまったじゃねーか」
そう言って背中をばしっと叩いてくる。
「あ、愛崎主任が無茶するからですよ」
ダイキの言葉に愛崎はまいったなと頭をかく。
「今日は冷静だったろ? ちゃーんとナイフの当たらない距離で蹴り入れてんのに、お前が間に入ってくるから……」
「へ?」
言われてハッと気づく。確かに、ナイフは店員には届かない距離だった。
「はあ!? じゃ、俺、まじで犬死の可能性あったってことですか!? そんなんとっさに判断できませんって! 愛崎主任がまた無茶する前に止めなきゃって思うじゃないですか!」
そう食ってかかると、愛崎は怒るどころか困ったように優しくふっとほほ笑む。その笑顔に、ダイキは勢いをそがれてしまう。
「そ、そういえば、なんで今日は冷静なんですか? いつもなら、ボッコボコにしてるでしょ」
あれからまわりにも確認したところ、愛崎はかなりの問題児だということが判明している。犯人を見ると、百パーセント殺しにかかると──。
そんな彼が、今さら改心するとは到底思えない。疑念に満ちた瞳を向けると、今度は頬をかき、困ったように笑う。
「それは……お前に幻滅されたくないから、かな?」
「ッツ──それって……」
「ん?」
「……いえ」
ズルい、とダイキは思う。
(誰も手がつけられない問題児だったくせに、俺に幻滅されたくない、なんて理由で冷静になるとか──)
「森山? おーい。らしくねーな! なに考え込んでんだよ」
そう言ってダイキの膝を膝で小突き、バランスを崩したダイキの腕をとって笑う。
「っと、わり。ふざけすぎた」
「……ッ」
ここ半年で、ダイキは痛いほど身に沁みている。愛崎は確かに喧嘩っ早いところがあるが、とにかく面倒見がよく、部下からの信頼も厚いのだ。
(ただのパワハラ上司なら、こんなに悩まねーのに……)
彼がすぐに手が出るタイプでなければ、とっくにダイキは口説きモード全開だったに違いない。ノーマルだろうがなんだろうが関係ない。それがダイキのいつもの恋愛スタイルだ。
(もういっそ、いつもみたいに後先考えずにいくか?)
だが、めずらしく思いとどまってしまう自分がいる。
「お、応援きたから、引継ぎして戻ろーぜ!」
そう言ってこちらに向ける笑顔がまぶしい。
「服……そろそろ返してください」
「え、あ、わり!」
そう言って乱暴に投げ返してくる。
ダイキは思う。
この関係を、まだ壊したくないと──。
(ぶしょーひげ……まじ性癖……)
数日後、いつものように報告書をまとめながら、ダイキは上司の愛崎を盗み見る。あごのところに少しだけだが、ある時とない時がある。とくに、休日明けはないことが多い。だが、仕事が立て込むと余裕がなくなるのか、たいてい、生やしたままになっている。
(あーさわりてえ~……)
今の距離感を大事にしたいと思いつつも、下半身は男の子なのだからある程度は仕方ない。
そんなこんなで見つめすぎたのか、気づいた愛崎がウィンクし、形の良い唇が〝しごとしろ〟と動く。
(!? やばっ……)
顔に熱が集まる寸前で慌てて視線を逸らす。
(うぅわ、なに今のっ、めっちゃくちゃかわいいんだけどっ)
動画か写真に納めておきたかったと思うくらいには、ダイキの心を鷲づかみにした。
(こう、眉が太くて、キリッとした感じで……唇は薄くて色気があって─)
忘れないうちに描きとめようと、メモ用紙の端っこにペンを走らせる。
「俺はそんなにイイ男か?」
「うわあっ! しゅ、主任っ!? な、なんっ」
「サボってんじゃないかと思って」
ダイキの肩に腕をのせ、愛崎が感心したように描いたメモを取り上げる。
「こ、これは、そのっ─」
言い訳が思いつかない。本人に見られるなんてどんな罰ゲームだと、ダイキはしどろもどろになってしまう。
「紅、これ、誰かわかるか?」
「ちょっ、主任っ」
今度こそ顔が赤くなる。まさか気になっている本人だけじゃなく、他の先輩にも見られるとは思わない。
「あんたでしょ。ちょっとカッコ良くなりすぎだけど。それ森山くんが?」
面倒そうに仕事の手を止めた紅が、絵を見て興味を持ったようだ。
「主任っ、ほんとやめてくださいって~」
背も体格もダイキの方が上なのに、なぜかひらひらとかわされ、泣きたい気分になる。
(うう……ぜったいあとでもっとからかわれる~)
だが予想に反して、愛崎は宝物を見つけた少年のようなキラキラした目で振り返る。
「森山、お前さ、似顔絵捜査官目指さないか?」
「へ?」
急に言われ、頭がついていかない。
「にがおえそーさかん……? 目撃者の似顔絵描いて、犯人逮捕するっていう?」
戸惑うダイキを、愛崎が期待のこもった目で見つめる。
「そうだ。これだけ描ければいける!」
「いや、いやいやいや、業務とは別に勉強いるでしょ? 試験もあるし、俺、そんな余裕ないっすよ?」
確かにデッサンは得意な方で、学校の先生の似顔絵を面白おかしく描いては、友達同士で遊んだりはしていた。
だが、絵を描くのがそこまで好きという訳でもないし、ましてや仕事に活かそうなんて思ったこともない。
それになにより、捜査一課に配属されてまだ半年弱、日々の業務を覚えることで手一杯だ。
「やり方は紅に教えてもらえばいい。こいつは似顔絵捜査官として、第一線で活躍しているからな」
そう紹介された紅が、よくわかってるじゃないとばかりに、大きく頷く。
「いや、でも、似顔絵捜査って、検挙率一パーセントにも満たないですよね? 百枚描いて成果でるかどうかって、今AIもあるのに、ちょっと、ダサくないっすか?」
言ってしまった瞬間、紅の目が据わる。
「愛崎、ギロチンチョーク」
「ふっ」
聞いた愛崎が悪い顔でにやりと笑い、ダイキに近づく。
「え、ちょっ えっ? えぇっ!?」
腕を引かれたかと思うとフェイントで逆に押し込まれ、ダイキはぺたんとその場に尻もちをついてしまう。その状態で逃げる間もなく、首に愛崎の腕が絡まる。
「ちょ、ちょちょちょっと待っ──」
流れるように顎に指が引っかかり、頭をロックされる。そのまま愛崎の脇がぐっと締まり、首が極まる。
「~~~~ッ!」
あまりの痛みに意識が飛びかける。慌てて背中をタップするが、ダイキは立ち上がれない。
「げほっ、うぇほっ」
「おい、大丈夫か? そんな強くしてないだろ?」
心配そうに背中をたたく愛崎をよそに、ダイキは邪な思考に支配されていた。
(顎クイからの脇圧が、抱きしめられているみたいで、なんか良かった……)
ダイキはぼんやりと考える。一体自分はどうなってしまったのだろうか。手が出る男なんてありえないはずだったのに、いつの間にか癖になりつつある自分に驚く。
「……締めすぎたかな」
ぱやぱやと天国にいるような雰囲気に、愛崎がまた引く。
「いっそオとしてやればよかったのに」
物騒な言葉が聞こえ、ダイキはハッと我に返る。
「ってか、自分でやったら良くないですか?」
だがその言葉に愛崎があー、と微妙な顔をし、紅が首を横に振る。
「あーだめだめ。一回描かせたけど、脳みそに割り箸が刺さってる絵描いて、〝りんご〟って自信満々に言われた時はさすがに引いたわ」
「脳みそに……割り箸……?」
りんごのどこをどう描けば、そうなるのか、壊滅的な絵心のなさにダイキが初めてドン引きする。
「まあ、そういうわけだが」
愛崎がこほんと咳払いをし、紅を改めて紹介する。
「聞いて驚け。こいつの似顔絵は、月に一回は検挙につながってるんだぞ」
「月一!?」
ぐっと魅力的なものに聞こえてくるから不思議だ。
「紅の似顔絵は犯人の内面まで描きだす。そういうのはAIには難しいんだ。形だけ似せても、見た時にピンと来ないからな」
そう褒められた紅がドヤ顔でダイキを見る。
「生意気言ってすみませんでした」
ぺこりと頭を下げると、その肩を愛崎が抱く。
その重みと高い体温に、ダイキはスイッチが入りそうになって焦る。
「ちょ、あのっ」
「な、やってみてくれよ! お前の描いた一枚が、被害者の立ち直るキッカケになるかもしれないんだぞ」
ぱちんとウィンクされ、断る理由がなくなる。
「まつげ長……いえ、まあ……いいっすけど……」
「なんだよハッキリしねーな」
「……主任、ちょっと」
そう言って愛崎の手を引っ張り、誰もいない会議室に引っ張り込む。
「話ってなんだ? わざわざこんなとこ」
そう言いながら、電気をつけようとする手に、ダイキは自分の手を重ね、いぶかる愛崎の顔を覗き込む。
「なん、だよ……」
薄暗い部屋はまるで時が止まったように静かで、愛崎の瞳に映る自分も、どこか現質感がない──。
「──愛崎主任。もうちょっと、警戒してもらっていっすか?」
「は……?──」
──……
ただ触れるだけのキス──ゲイだと分かっていてべたべたしてくる愛崎に、ちょっと思い知らせてやるつもりだった。
だが触れ合った瞬間、ダイキの心臓はドクンッと強く跳ね上がり、体中の毛穴から汗が噴き出す。
(な、んだっ、これ──!?)
ダイキは愛崎の顔を見ることができず、そのままくるりと背を向ける。
「その……こういうことなんで……あんま、べたべたしてこないでください……じゃ……」
そう言って愛崎を残し、逃げるように会議室を後にした。
「はぁー……もう、なにしてんだ、おれ──……」
ダイキは戻る途中にしゃがみこみ、壁に顔を押しつけ、頬を冷やす。
今の関係を大事にしたいと決意した矢先にこれだ。
「突っ走るなって……」
さすがに恋心を自覚せざるを得ない。だが相手はノーマルで、それ以前に恋愛よりも仕事を選びそうだ。
「……俺がゲイって知ってるくせに──」
愛崎にも非があるとダイキは思う。
大きくて武骨な手のひらが頭を撫でる感触、肩を抱かれたときの体温──。他意のないその行動に、ダイキはここ最近、ずっと振り回されているのだ。
「……タバコ……苦いの吸ってんだな……」
触れた感触をなぞるように、自分の唇に触れる。少し乾いていたがやわらかく、舌で潤したいのをダイキはぐっと耐えたのだ。
キスされた愛崎は、一体どんな顔をしていたのだろうか──。
(ぜってーありえねーけど、真っ赤になってんの想像したら──勃つ……)
ダイキはしばらく、その場にうずくまっていた。
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