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第7話

   7  愛崎の部屋は無駄に広くてモノがない。黒を基調とした、いかにも男らしい部屋だ。  玄関に入るなり、ダイキはすっと距離を取る。 「……じゃあ俺、帰りますね」 背中を向け、ドアノブに手をかける。  だが帰ろうとするダイキの手に、熱い手のひらが重なる。 「……帰るな」 「え?……ッツ!?」 肩をつかまれ、ひっくり返された瞬間、唇に柔らかいものが触れ、すぐに離れていく。 「─ッ……あい、ざきさん? いま、なに─」 困惑するダイキの肩口に、愛崎の額が押しつけられる。  キス、されたのだ。  ダイキは混乱する。 (なんで? どうして? まさか好─) 「忘れたいんだっ……!」 「ッツ……」  下を向いたままの愛崎からは、表情はうかがえない。だが、彼の指は真っ白になるほど、強くダイキの腕をつかんでいて、そのいじらしさに、気持ちがないとわかってなお、身体が彼を求めそうになる。 「っつ、ダメですよ。俺の気持ち知ってて……そんなの、ズルいですよっ」  そんなことをすれば、今度こそ元の関係には戻れないだろう。気まずくなるどころの話じゃなくなる。 「もりやま、たのむからっ……」 「っつ……」  ダイキの肩に額を押しつけたまま、愛崎が緊張気味に言葉をはき出す。その吐息が肩口を湿らせ、頭がぐらぐらしてくる。 「だめですって……ほんとにっ」  なだめる様に肩に触れ、引き離そうとすると、それを拒むように愛崎がダイキの二の腕あたりを強くつかむ。 「こんなこと、お前にしか頼めないっ……!」 「────ッ」  頭が真っ白になるとはこういうことだろう。何かが切れたようにダイキの唇からはっと息が漏れる。気づいたら、ダイキは愛崎の頭を両手で鷲づかみ、かぶりつくようにキスをしていた。 「─ぅんっ! んんっ!」 吐息で湿った唇は熱く、ダイキは歯止めが効かなくなる。 「はッ、ぁっ……」  唾液が糸を引いて離れ、ダイキの口の端から垂れ落ちそうになる。それをべろりと舐め上げてみせると、愛崎の顔が、みるみる赤くなっていく。 (そんな顔をされたら、もう─) 「愛崎さん……泣いてももう、やめませんからね」  ダイキは愛崎の腕を引き、勝手知ったる態度で寝室まで急いだ。 「っつ……!」  広めのベッドに愛崎を押し倒すと、スプリングが大きく揺れる。 「ちょっ……ん、落ち着けってっ!」 キスをしながらジャケットを脱がし、シャツのボタンに手をかけると、それを阻むように手が重なる。 「脱がすな……」  緊張しているせいか、低い声がいつもより掠れている。 「……服着たままやるんですか?」 「─裸で抱き合うのも変だろ?」  恥ずかしいのか、視線を合わせずに横を向く。 シャツとシーツがわずかにこすれ、衣ずれの音がしっとりと暗い部屋に響く。 「自分から誘っといて……」 「なんか言ったか?」  ぶつぶつと文句を言うと、愛崎に聞き咎められてしまう。 「いーえ、なんにも。あ、でも、触っていいんですよね?」 「は!? おいっ……」 シャツをたくし上げ、中にもぐりこませた手のひらで、上半身を撫でる。 「すべすべ……」 「ぁっ、ちょ……っ!」  肌を撫でる手はそのままに、キスをして舌の根元をきつめに吸い上げると、愛崎の体温が上がり、皮膚がやわらかく湿っていく。 「ッツ……そういうの、いいから、─っ!」 「さっさと入れろって? こんなガチガチに緊張してたら無理ですって」  シャツの上から胸元を吸いつつ、緊張で硬い胸をほぐすようにじかに揉みしだくと、愛崎が自分の手のひらで口元を押さえて声を耐える。 「っつ……ん、ぅ、っつ……!」 涙がまつ毛を濡らし、目尻を伝っていく─。 (……色気、やばいなっ─もう) 「─っ!?」  たまらず愛崎のベルトに手をかけ引き抜くと、戸惑う表情を見せる。 「早く、欲しいんですよね?」  意地悪く言うと、愛崎が睨む。 だがいつもは威圧的な瞳も、今は別の何かを期待して濡れている。 ゆっくりと下着の中に手のひらを差し込んでいくと、愛崎が身体をぴくりとふるわせる。 (もしかして勃ってくれないかなと思ったけど─勃たないどころか─) そこはすでに前からの先走りで濡れていて、ダイキはそのまま中指を後ろに滑らせ、根元まで埋め込む。 「ぅんっ!」  腰をびくつかせ、中をふるわせる。指をしゃぶるような動きが、たまらなくいやらしい。 「っつ、ぅっ」  ぐっと奥歯を噛みしめ、苦しそうに眉を寄せているが、シャツを押し上げる乳首や、彼自身の中心が、痛みではなく快感であることをダイキに伝える。 (……感じやすい身体……興奮する) ダイキは誘われるように二本目も埋め、中を堪能しながら拡げていき、時間をかけてほぐしたところで、くるみ大の敏感な器官をつつく。 「アッ! そこ、なんかっ、だめっだ」  極力声を抑え、ダイキの肩をつかんで抗議する。だが、その切羽詰まった声と濡れた吐息ではダイキを煽るだけだ。 「ひっ……ぁ!」  前立腺を優しく押し潰し、トントンとリズムよくたたくと、愛崎は腰をふるわせ、快感に耐えるようにシーツを引っ張り、濡れた瞳で訴える。 「もり、やまぁっ……それっ、だめだって」 「っつ!?」  正直ダイキは限界が近い。仕事に真面目で、こういうことが苦手な上司が、自分の手で乱れ、懇願するような声を出すのだから─。 (もう早く入れたいっ─!) 「んん、っ!」 キスで声を奪いながら、指を三本束ね、前立腺をごりごりとこするように突き立てていく。 「は、─ッツ! ンンッ! ん゛ーーッ」 ちゃっちゃっちゃっとやらしい音を立てて、先走りで尻たぶまで濡れていく。その度に愛崎は舌や腰をびくびくとふるわせ、目尻から涙をこぼし、息を詰め、知らず、昇りつめていく。 「ッツ! はッ、ぁっ~~~~~ッ……!!」 タイミング良く前も触ったせいで、愛崎が耐えきれずにかるく達し、身体をふるりとふるわせる。ダイキは呼吸の整わない愛崎をうつぶせにし、スーツのズボンも下着もはぎ取る。 「わっ、ばか、脱がすなって!」  慌てた愛崎が、シーツをひっぱって、お尻を隠そうとする。 「……下は、さすがにやりにくいですよ」  そう言いながら、今度はダイキが自分の服を全部脱いでしまうと、愛崎が驚いた顔で見る。 「? 俺は脱いでもいいでしょ?」 「そう……だが……」  愛崎の視線が、痛いほど勃ちあがっているダイキ自身に注がれる。 「主任のえっち」 「ばっ……デカすぎるなと思っただけでっ─ッ」  言葉を遮るように裸のまま覆いかぶさると、ぎしりとベッドが軋み、愛崎の身体がぎゅっと強張るのがわかる。 ダイキはごくりと唾を飲み込む。  乱れたシャツにほどけたネクタイ、黒い靴下はつけたまま、下半身だけ丸見えの姿が、逆にひどくそそられる。 「入れますよ……」 「っつ……」 うつぶせになっている背中をシャツ越しに撫で、指とは比べ物にならないほどの質量を丸いお尻の穴に押し当てる。 「─っつ、ぁ、くう゛─っ!」 愛崎の中は熱く、戸惑いながらも絡みつき、半分ほど入ったところで、ぐっとダイキを締め付け、固まる。 (きっつ……) 恋人ではないのだ。忘れるためとはいえ、身体は緊張しているのだろう。 「愛崎さん、ちから、ぬいて─」 「っ、む、りっ─」  一向に緊張が解けない身体を、ダイキは両手でくすぐる様に撫で起こし、四つん這いにさせる。角度を少しずつ変えて探っていると、愛崎の腰がびくりと跳ねる。 「んぁ!」  イイところに当たったのか、愛崎が一段高い声を上げる。その拍子に、ダイキの肉棒は奥まで一気に吞み込まれ、細かく律動した肉襞が絡みついて、ねだるように収縮し始める。 「は、やばっ……」 ダイキはたまらず愛崎の腰を両手でとらえ、丸いお尻がつぶれるほど腰を奥まで打ちつける。 「アッ!? や、ちょ、とま─、は、ぁあっ!」  思わず零れた声が部屋に響き、愛崎の体温がぐんと上がる。 「すごい、あんたのなかっ、やばいっ」  中をこするほどに愛崎の力が抜けていき、ますます抜き差しが速くなっていく。 「ぁ、ばかっ、ばかっ、ここ、までしなくていぃ、ぁ、あ、あっ」 そのあまりの激しさに、愛崎は身体を支えきれず、両肘をついてベッドに爪を立てる。お尻だけが上がった格好に、ダイキは征服欲を掻き立てられる。 「あぅっ!」  愛崎の左腕をつかんで後ろに引き、先ほど感じたところを責め立てる。 「あ、や! これ、やめっ!」  突き上げると切なげにダイキを締め付けてくる。愛崎の中心もすでに痛いほど張りつめているのに、最後の最後で弾けることが出来ないようだ。 「愛崎さん、俺もう、いきそうっ、愛崎さんも、イッて」 「お、れはいいってっ……おまえだけっ……」 「どうしてですか? スッキリしないでしょ?」  ぱんぱんに張りつめた前を、指で撫でると、愛崎が腹筋をふるわせ、射精を耐える。 「っつ、ぁ、はず、かしいから、いいっ……」 「っつ!」  かっと全身の血が沸騰する。 「あんた、もう……ほんとかわいい」  抱き起し、互いに膝立ちの状態で、後ろから思い切り抱きしめる。 「好き……っ」 「……ッ……」  驚いて振り返った愛崎の目は、困惑しているように見える。それでもダイキは口にする。これが最初で最後なら、もう全部、ぶつけてしまいたい。 「好き、愛崎さん、好きですっ」  言いながら無理やり後ろを振り向かせ、キスをして舌を絡める。 「はっ、もりやまっ……そういうの、やめろっ……俺は、ただ─」 「わかってます。忘れたいだけなんですよね? でも、そうしたいなら、今は俺の事だけ、考えて──」 「もり……んんっ」  もう一度ちゅっと口づけをし、戸惑う愛崎を後ろからきつく抱きしめたまま、ゆっくりと抜き差しを再開する。前立腺を優しく押し潰すと、中も外もふるわせて、精液をねだるように肉筒がうごめく。 「は、ぁあっ……」 「えっちな身体、かわいい……」 「言う、なって!」  涙目のまま、赤面した顔で抗議され、ダイキは三度、唇を重ねて舌を絡める。 「ぅっ、ンンッ」  汗で透けたシャツと、溶けそうなほど熱い身体に、ダイキももう余裕がない。愛崎を太い両腕で抱きしめたまま、腰を深く突き上げる。 「ア゛ッ!?」  ぐぽっと奥まではまりこむと、ぢゅうっと先端をきつく締めあげてくる。そこを半ば無理やり一気に引き抜いて、また突き上げるを繰り返す。 「はあ゛っ、うそ、あ゛、だめだっこんなのっ、もうっ」  ダイキの腕を外そうと愛崎が爪を立てるが、それにすら興奮してしまう。  快感に逃げをうつ身体と一緒にベッドに倒れ込み、きつく抱きしめたまま、腰を振る。 「ああ゛っ、あ、ア!」 皮膚と皮膚がぶつかり合う音に、ぱちゅぱちゅとやらしい水音が混ざり始める。滑りが良くなったそこは、なお激しさを増していき、腰を打ちつける度、形がつぶれ、波打つ臀部がいやらしい。 「ぁ、あ゛ッ、もう、や、あぅ、やだ、もうっ、だめ、だめだ、てぇっ─ッ!」  激しくシーツをつかみ、愛崎が声を詰まらせる。 「愛崎さんっ、好きです。俺でイッて─」  シャツの襟の中に舌を這わせ、首筋を舐めあげ、耳朶を噛む。 「好きっ」 「ぁッツ~~~~─!!」  愛崎の全身に電気が走ったように痙攣し、その締め付けでダイキも達する。 「っ、はあっ、はっ……」  達した波がひくと、ぐらっと愛崎の身体から力が抜け、ダイキの両腕にずしっと体重が乗っかる。 「愛崎さん? やば……やりすぎた……」  気をやってしまったようだ。  愛崎の身体を支えつつ、ゆっくりと仰向けにベッドに寝かせ、身体を清める。 「……ん」  眠ってしまった愛崎の頬を指でなぞり、唇にキスをする。 「愛崎さん……俺の事、やっぱり好きでしょ……」  そうぼそりとつぶやいてみる。  酔いつぶれるのも、弱った姿を見せるのも、ダイキの前だけなのだ。挙げ句の果てに、忘れるためとはいえダイキに抱かれることを望んだ。 「俺にしか頼めない、なんて─」  期待するなという方が、無理な話だ。 「もしくは、今から好きになってくれたり……なんて……」  夢見るくらいいいだろう。ダイキは名残惜しむように唇を指でなぞる。 「って言っても、明日っからどうしろと……」  笑顔も変だろうが、うそがつけないダイキにポーカーフェイスも向いていない。 「忘れたフリは、したくないしな……」 最悪な賢者タイムだが、いつまでも悩んでいても仕方がない。ダイキは身支度を整え、そっと愛崎の部屋をあとにした。
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