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第17話※ 第三章 試される絆 社内バレ
⑰
月明かりがキレイな夜だ。寝室から、湿った声が響いている。
「んっ、ダイキッ……」
「イキましょ、一緒にっ」
そう言って彼を揺さぶりながら、動きを速くしていく。
「んッ、ぁ、あ!」
白いうなじが、月明かりにキラキラと光るのを見て、ダイキはぞくりと身を震わせる。舌で味を確かめながら、奥に突き入れると同時に強く噛む。
「痛ッ──ッ~~~ッツ!」
ぐっと愛崎の身体が硬直し、ダイキの肉棒を搾り取る様に収縮する。
「ッツ……薫さっ……くっ!」
「ハアッ、ハッ……」
まだ落ち着かない身体のまま、愛崎が噛み痕に指で触れる。
「イッテぇよ……血、出てんじゃねーか?」
言いながら指の腹を確認する。
「すいませんっ、ついっ」
「まあいいけど」
ほほ笑む彼に、ダイキもほっとする。
「……薫さんが許してくれるから、助かります……」
甘えるように彼の胸に頭を預けると、ちゅっとキスが降ってくる。
「寝るか。明日から忙しくなるし」
「そうですね」
だが愛崎が寝入る中、ダイキは目を閉じたまま、息を殺す。
今日の夕方、〇×河川敷で女性のレイプされた遺体が発見された。日が落ち、暗くなったこともあり、捜査はいったん打ち切られ、明日から合同捜査が始まる予定となっている。
そして、管内でレイプ事件が起きた日は、愛崎は、必ずうなされる。
「っつ……ぅ、くっ!」
寝入ってからしばらく、はあ、はあと苦しそうに身をよじり、何度も寝返りを打ち始める。
「薫さんっ!? 大丈夫ですか!?」
ダイキは急いで肩をつかむ。
「薫さんっ!」
強く揺さぶると、ひどい汗で目を覚ます。
「ッツ、ハアッ……ハッ──ダイ、キ?」
「大丈夫ですか?」
「……あ、ああ……」
どこか状況を呑み込めない様子で、のそりと上体を起こし、片手で顔を覆うようにする。
「水、飲みます?」
「ああ……わるい」
ダイキはそっと台所に向かい、コップに水を汲む。
ザーーーーーーーーッ……キュッ
どんな風にされたのだろうか、とダイキはふいに頭に浮かんだその考えを打ち消す。
「何考えてんだ……」
足早に戻り、彼に水入りのコップを手渡す。
「ありがとう……ごめんな、起こしただろ?」
「いえ、俺もちょうど目が覚めたんで」
そう言って愛崎の隣に潜り込む。本当はすぐに起こしてあげたくて、起きていたとは言えない。
(気、遣われるの、嫌いだしな……)
そう思っていると、愛崎が確認するように聞いてくる。
「……俺、うなされてたか?」
「……少しだけ」
「ハハ、〝かなり〟だろ? 嘘が下手だな」
そう言って自嘲気味に笑う。
「いい加減、忘れねーと……」
苦しそうに眉を寄せる愛崎に、ダイキは手を伸ばす。だが、愛崎の身体が強張り、逃げるように身を引く。
「あ……」
「だ、大丈夫です! 今は無理ですよね。すみません」
犯人と同じ男なのだ。無理もないとダイキは明るく振る舞う。
「ダイキ、違う、今のは」
「無理しないでください。ほんと、大丈夫なんで──」
そう言いながら、ベッドを下りようとするダイキの腕を、愛崎が掴んで止める。
「いてくれっ」
「──ッ……」
その瞳は、真剣そのものだ。
「ちゃんと、分かってるから。お前は違うって……ちょっと、混乱して……」
「ッツ……」
違わない、とダイキは思う。
(俺は今、安心させたくて手を伸ばしたんじゃなくて──)
──どんな風に抱かれたんですか?
──感じました?
──男なら、誰でもいいんですか?
(さいってーだっ……)
きっと、勘のいい愛崎だから、劣情が透けて見えてしまったのかもしれない。
「ダイキ? 大丈夫か?」
黙ったままのダイキに、愛崎が心配の目を向ける。
「え? あ、も、もちろん」
「ごめんな。慰めてくれようとしたのに」
「い、いえ、全然」
そう言って無理やり笑顔を作る。
「さ、今度こそ寝ましょ、明日早いし」
「……ああ」
ダイキが布団を持ち上げると、今度は甘えるようにダイキの胸におさまり、背中に腕をまわしてくれる。
「今度は、よく眠れそうだ」
そう言って目を閉じる愛崎に、ダイキは微笑み、頷くことしかできなかった。
この劣情がバレたら、きっと終わってしまう。
(デリカシーないとかの問題じゃない……こんなの、異常だ──ッ……!)
唇を噛み、己の中の怪物を抑え込む。
付き合い始めた時、ダイキはもう、彼のトラウマは解消されたのだと思っていた。だが、現実はそう甘くはなかった。
(俺に抱かれて寝ても、他の男の夢を見るなんて……)
それも、二十年以上も前のことを──。
それに気づいた時、ダイキは自分でも信じられないほどドロドロとした感情に支配されてしまったのだ。
嫉妬、独占欲、支配欲──
(ああ、気が狂いそうだ……)
滲んでしまった目元を手のひらで拭い、寝ついた彼の髪に触れる。
(やさしくしてもダメなら、いっそ──)
その男よりもひどく抱いて、嫌な記憶もすべて、俺で塗り替えたい──!
(どうしよう。抑えきれなくなってきてる……)
ダイキは悟られないように、噛み痕にそっと、爪を立てた。
朝、早く目が覚めたダイキはそっとベッドを抜け出し、先に家を出る準備を始める。なんとなく、どんな顔をしていいのかわからない。
(薫さん、まじで勘いいから、バレちゃうかもだし……)
もう半年近く、ダイキはこの劣情を飼い殺している。
(前にも、こんなことがあった……)
それは、ダイキが初めて付き合った相手だった──女と話した、ただそれだけで嫉妬に狂って抱いてしまったのだ。
『お前……怖いよ──別れよう……』
「ッツ……」
あんな想いを、もう二度とさせたくない──。
ダイキはネクタイをきゅっと締め、気持ちを切り替える。
「……いってきます」
すーすーと寝入っている愛崎に小声で呟き、あ、と思う。
(そういえば、ここ最近は必ずいってきますのちゅーしてたっけ……)
互いの家に泊まったときは必ず、だ。
さすがに一緒に出勤は出来ないが、先に出る愛崎を玄関まで見送ると、くるりとこちらを向いて、キスをしてくれるのだ。
(アレ、すっげーかわいんだよな~……)
やはり起こして、声をかけてからの方がいいかと思ったダイキだが、首元の噛み痕を見て、やめる。
(まあ、寝てたから、起こさなかったって言えば、不自然じゃない、よな……?)
ダイキはそっと、警視庁に向かった。
早々に雑務を片付け、合同捜査会議に向かうと、ちらほらと人が集まってくる。
その中に愛崎を見つけるが、ダイキは思わず目を逸らしてしまった。
(やっば、いやでも、関係がバレないようにって言えば、大丈夫……大丈夫……)
「今日、早いな」
「へッ、え!?」
好きな席に座っていいとはいえ、まさか愛崎が隣に来るとは思わなかったダイキは、心臓が飛び出るかと思うほど驚いてしまう。
いつもの彼なら、関係がバレないように、仕事中、必要以上に距離を詰めてこないというのに──。
「え、あ、め、目が覚めたんで……っ」
しどろもどろになるダイキを愛崎がじっと見つめる。そして、そっと小声で耳打ちしてくる。
「俺、なんかしたか?」
「い、いえ、そういうんじゃなくて、ほんとに、寝かせといてあげたくてっ」
用意していた言い訳がうまく言えない。案の定、愛崎は釈然としない顔をしている。
「なんかあったら言ってくれよ? 俺、お前を困らせたくねーから」
深く追及せず、心配しながらもほほ笑んでくれる彼に、ダイキは罪悪感で胸が苦しくなってしまう。
(不安に、させちゃったんだ……)
大事な会議の前に、確認せずにはいられないほどに──だが、
(言えない──言えるわけがない……)
この劣情は、すり潰し続けていくしかないのだ。
会議後、それぞれ三つの班を束ねる班長が決められる。蛇山班含む三つの班の指揮は、愛崎に決まった。
(本当に、大丈夫かな……)
今までもレイプ事件はいくつかあった。だが、今回は殺人が絡んでいる。愛崎はここ最近落ち着いているとはいえ、犯人を憎む気持ちは、他の刑事の非じゃない。また暴走しないとも限らないのだ。
だが、それが余計なお世話だということも、分かっている。
──森山、俺はかわいそうか?
──お前には、そう見られたくなかったな
(ッツ! しっかりしろ! 俺! 薫さんなら大丈夫!)
頬を両手ではつり、気持ちを引き締めたところで、愛崎に名前を呼ばれる。
「森山、お前はこいつらと一緒に聞き込みを頼む。目撃者がいたらすぐに似顔絵を描いて所轄や捜査本部と連携、頼むぞ」
「はい、いってきます!」
いつも以上に気合を入れて返事をすると、愛崎が満足そうに微笑む。
「ああ、いってこい」
そしてふいに、ダイキの首にあたたかい手のひらが重なり、唇に、彼のが触れる。
────ッ
え──?
ざわっとまわりの視線が一気に二人に集まる。
だがあまりに自然な動きに、ダイキも理解が追い付かない。
「え……かお……愛崎さ……ここ、」
「ん?」
職場ですという声が驚きすぎて出てこない。
「え? え? 今、え?」
「え、なになに?」
「あ、愛崎主任が、森山先輩に」
キスしたという声が届くか届かないかくらいで、愛崎がようやく自分の過ちに気づく。
「あ──……ッ…………う、そだろ、まじか、俺……ッ」
そう呟いて顔はもちろん、耳も首も赤くなっていく。
「え、まじでなに? セクハ」
「違いますっ! 俺たち、付き合ってますっ!」
愛崎を守る様に抱きしめてそう叫ぶと、一瞬水を打ったように静まり返る。直後、キャーだのわーだの思い思いの驚きを上げ始める。
それに負けじと、五分で戻りますと大声で伝え、茹蛸状態で固まっている愛崎を連れ出して、隣の会議室に引っ張り込んだ。
「……死にたい……マジで……」
出しっぱなしの長机に腰かけ、真っ赤な顔を両手で覆ったまま、愛崎が項垂れる。その隣に、ダイキが寄り添う。
「……だ、大丈夫ですよ! 今時、社内恋愛とか男同士だからって、そんな言われないですよっ! それに、愛崎さんがうまくやっても、そのうち、俺からバレただろうし」
できるだけ明るく慰めたつもりだったが、愛崎は力なく、首を横にふる。
「……ご、めんっ……」
その声は、普段の彼からは想像もできないほど弱々しく、涙を耐えるように握りこまれた拳も、かすかに震えている。
「俺かお前……異動になるかもっ……せっかくお前、仕事慣れてきたのにっ、俺の、せいでっ──」
捜査一課は警察署内でも花形部署だ。愛崎がそう思うのも無理はない。
ダイキはゆっくりと、固く握りこまれた拳に自身の手のひらを重ねる。
「心配いりませんよ」
「そんなのっ、わかんねーだろっ……」
「そうじゃなくて」
言いながら、安心させるように、愛崎の拳を両手で包むように抱きしめる。
「俺は、強くてかっこいい恋人が欲しくてここに来たんです。俺の願いはもう叶ったんで、異動になっても、大丈夫です」
「……は? ほんとに?」
そんな理由で? と言いたげな瞳で、ゆっくりとダイキを見る。
「フフッ。顔、ぐちゃぐちゃじゃないですか」
そう言ってハンカチを取り出し、愛崎の涙で濡れた顔を、やさしく拭っていく。
「だから俺、さっきのキス、めっちゃくちゃうれしかったです」
ダイキの言葉に、また泣きそうになってしまったのか、そのハンカチを掴み、目元を押さえる。
「あーもー……」
「……ちなみにそれ、ずいぶん前に主任に借りたやつです」
「え? あ……」
ちらりとハンカチを確認し、表情を和らげる。
「はっ……ゲロってた時のかよ。おっそ」
「返しそびれてたっていうか、お守りみたいに、持ってました」
「…………」
「薫さんとの繋がり、なくしたくなくて……」
あきらめきれなかった。どうしても──。今でもまだ、両想いになれたことが、信じられない──そう感じていると、愛崎がぽつりと話し出す。
「……今日朝起きて、お前がいないって気づいた時、ショックでさ」
「ッツ……」
ちくりと、ダイキの胸が痛む。やはり、不安にさせていたのだ。
「……でもさっき、お前がいってきますって言った時、すげー頼もしく見えて、今朝、キスしてなかったなとか思い出して、つい──」
そう言って顔を覆ったまま、天井を仰ぐ。
「一瞬まじで、お前しか見えなかった……」
「ッツ!」
顔が一気に熱くなる。こんな気持ちになったのは、生まれて初めてかもしれない。
仕事一筋の彼が、ここが職場だということも、レイプ事件のこともすべて忘れて、自分だけを見てくれたことが、愛おしくてたまらない。
「ハハッ、真っ赤じゃねーか、おそろ──」
肩を抱き、引き寄せる。
「もう、ケッコンしよ」
「ッツ!? はあッ!?」
腕の中の愛崎が硬直するのがかわいい。
「な、おま、あれか? 〇×区に引っ越すとか、するのか……?」
「ぶふっ」
「なんだよっ、なんで笑うんだよっ!」
どこまで本気なんだと怒る彼を、しばらく抱きしめる。
「みんながみんな、そうするわけじゃないですけど──うれしいんです。本気で考えてくれたから」
「…………」
離れがたい……とても──。だが、そろそろ行かなければ──。
「っし。そろそろ戻りますか」
「ん……ダイキ」
少し身体を起こし、ダイキの頬に触れる。
「言い忘れてた。さっき、守ってくれて、ありがとな。俺も、すげーうれしかった……」
「ッツ──」
大切にしたい──
守りたい──
絶対に、傷つけたくない──!
「とりあえず、〝お騒がせして申し訳ございません〟かなー……課長か人事に呼び出しくらうだろうし……」
気が重い、と嘆く愛崎を、持ち前の明るさで励ます。
「大丈夫ですって! かお──愛崎主任の異動だけは阻止します!」
「ハハ、ありがとな」
愛崎の横に並び、一緒に向かっていると、オフィス内が騒がしいことに気づく。みな真剣な顔で、一つのパソコンを注視している。
「なにか、わかったんですかね?」
「……──」
なにかを察したのか、愛崎がすっと中に入っていく。
「あ、愛崎さんっ」
人だかりをかき分け、先を行く愛崎に続き、ダイキもパソコン画面を確認する。
(ッツ、ウソだろっ──!?)
ダイキは一瞬目を疑う。それもそのはず、モニターには、過去に愛崎をレイプした男の顔と名前が、でかでかと映しだされていたのだ──。
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