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第19話※モブレシーンあり 何でも許せる人向け

   ⑲ 「すみませんっ! 遅くなりましたっ!」  やまなみハイウェイの入り口に着くなり、短く挨拶をすませ、紅とダイキは、所轄から応援に来てくれている交通課と、さっそく情報を共有する。 「まだ手掛かりはなにも……」  渋い顔で首を振る交通課に、紅が尋ねる。 「圏外の距離はどれくらいですか?」 「ざっと三十キロです」 「三十ッ……」  ダイキはショックを隠せない。所轄の話によると、ここは有名な観光地で、脇道や茂みも多く、隠れられると発見するのはかなり困難だと言うのだ。 「なにか、思い当たるものはありませんか?」  ダイキは必死に問いかける。地元の人間なら、知っていることがあるかもしれない。なんでもいい。ヒントになるようなものが欲しい──。  その様子に、所轄の警察がうなずく。 「開墾のなごりで、いくつか小屋が点在しています。すべてを把握しているわけではないのですが、我々もそこを中心に、今、付近を捜索しています」  その一覧だという地図をダイキたちにも配ってくれる。 「このあたりまで、捜索中です」  まだ半分といったところだが、やみくもに探すよりはマシだろう。 「じゃあ、俺たちはこちらから探しましょう」  ダイキの言葉に、紅も頷く。 「ええ。しらみつぶしに当たるわよ」  二人は車に乗り込み、やまなみハイウェイを突き進んでいく。 (大丈夫、絶対に生きてる、俺が、必ず見つけるっ!) 「ッ、さわ、んなっ!」 「ほーら、暴れない──って言っても、ぜんぜん力入ってないじゃん。くふ、楽勝」 「ッツ!」  再び手首を縛られ、頭の上の柱に括りつけられてしまう。ゆっくりとシャツのボタンが外され、砂や土で汚れた分厚い手のひらが、愛崎の肌を撫でていく。 「ぅっ……」  ぞわりと、全身に鳥肌が立つ。 「いー男になったなあ……鍛えてるだろうとは思ってたけど、昔よりもずっと、えっろい身体……」 「ッツ……!」 男のざりざりとした舌が、愛崎の胸元を這っていく。 「ァッ」  乳首を噛まれ、思わず声が漏れてしまった愛崎は歯噛みする。その反応を見た男が、喉の奥で笑う。 「く、ふふ。ねえ、あの年下の刑事さんに、もしかして抱かれてる?」 「……ッツ!? はっ? なに、言って……」  突然核心を突かれ、愛崎は動揺を隠せなかった。それを見た男がにやりと、唇の端を吊り上げる。 「お互いの家行き来してて、仲いいなあとは思ってたけど──今のでわかった。抱かれてるんだね。くふふ、嫉妬しちゃう」 「だま──ひぁっ!」  いつの間にかベルトが緩められ、ズボンの隙間から、男の野太い指が後ろにぐっと入り込んでくる。そのままくちゅくちゅと中をいじめられ、愛崎は必死に、逃げようともがくが、縛られている柱に頭がぶつかり、これ以上動きようがなくなってしまう。そうこうしているうちに、男の指が根本まで入り、愛崎の中を、不気味なほどやさしく撫でてくる。 「は、ぅ……くっ!」 「いー感じにやわらかいねー。もしかして、昨日もヤッてた?」 「──っつ!」  図星だからこそ答えに窮してしまう。その様子を、男が満足そうに見つめる。そうして、愛崎の下半身を丸裸にし、舌なめずりをしながら自身のジーンズも緩めていく──。 「──ッ」  愛崎は殺すつもりで男を睨みつける。それは、このあと起こることへの精いっぱいの抵抗と、恐怖に萎えそうになる心を奮い立たせるためだ。 「ねえ、男を好きになったのってさ、俺のおかげだよね?」 「……は?」 ナニヲイッテルンダコイツハ── 「だって、ボクのおかげで男が欲しくなっちゃったんでしょ? 感謝してほしいよ」 「ふざっ、ふっざけんなっ! 俺がっ、お前のせいで、どんだけっ苦しんで悩んだと思ってんだっ! 殺すっ てめーだけはっ、う、ぁあ゛ぁっ!」  一息に突かれ、身体が弓なりに反る。だが男は止まらず、そのまま激しく揺さぶられてしまう。 「ッツ! ッツ!」 「こんなに具合良くなっちゃってて、よく言う。気持ちいいだろ? もっと、鳴けよ!」 (く、そっ!) 二度も同じ男にやられ、あまりの屈辱に、涙が出てくることが、また腹立たしい。 「っ! ぐっぅ!」 内臓を突き上げられる度、同じ行為だとは思えない気持ちの悪さに、次第に吐き気がしてくる。 「~~~ぅっ、げぇっ、お゛ぇ!」 「ああ、薬が合わなかったかな……残念。キミにも気持ちよくなってもらいたかったんだけど」 「はっ、冗談だろ……」  薬の影響か──次第にまわらなくなる頭でぼんやりと考える。ダイキたちは、今頃必死になって探してくれているに違いない──見つけてほしい気持ちと、こんな姿を見られたくないという気持ちが、愛崎の中で入り混じり始める。 「くふ。年下の刑事さんが、この姿見たらどう思うかなあ?」 「ッツ……!」 今まさに不安に思っていることを突かれ、愛崎は怒りが顔に出てしまう。それが余計、男を調子づかせていく。 「くふふ! 動揺してる、中がすごいうねって、気持ちいーよっ!」 「ぁっ! ぅぐ、ハァッ、ア゛ッ!」  再び動き出され、ぐちゅぐちゅと抉られる度に、勝手に腰が跳ねてしまう。 「ぁぐっ、う!」  頭のどこかで、快感を拾って楽になれという声がする。だが、それだけはしたくない。ダイキに、どんな顔をして会えばいいのかわからなくなる。死んだ方がマシだと思ってしまう。 「必死になっちゃって。かわいいなあ。もう目を閉じてさ、その刑事さんに抱かれてると思った方が、いいんじゃない?」 「だ、まれっ……ッ!」  だが、愛崎の鋭い眼光に、男は舌なめずりをしたかと思うと、動きがより激しくなってくる。 「ッツ、ハァッ、アぁッ! やめっ」  中を激しく擦られ、ついに、嬌声交じりの声が出てしまい、愛崎は奥歯を噛み締める。 「く、ふふふ。かわいい声出るんじゃん。もっと聞かせてよ」 (──ッツ、サイ、アクッ!)  薬の影響もあるだろうが、愛崎は肉体的にも精神的にもかなり追い詰められていた。恐怖と苦痛から、早く楽になってしまいたい──だが、そこへ男が追い打ちをかけてくる。 「どのみち生きて帰ってもさあ、痛々しくて、もう抱いてもらえないと思うよ? だから、ね、ボクと一緒に死のう」 「──……ッ」  そうかもしれない。この男の言う通り、ボロボロになった姿を見られてしまえば、今までのように愛し合うことは難しくなるのかもしれない。  だが、例えそうだとしても、その言葉が逆に愛崎のプライドを奮い立たせる。 「ッ……地獄なら、一人で行けよ!」 「──ッツ」  その瞬間、男が顔を真っ赤にしたかと思うと、愛崎の首を両手で絞めてくる。 「ぅッぐツ──!」 「なんでだ? なんでまだそんな目ができるっ!? 生きて帰ったところで、ボクに二度も犯されたキミに居場所なんてないっ! みんな腫れ物扱いだっ! 死ねよっ! 一緒にっ! ここでっ!」 「ッツ、ッツ──!!」  苦しい──男の首を絞め返そうにも、手首は柱に括りつけられていて、到底叶いそうもない。下半身はまだなんとか動けそうだが、力が入らないせいで、蹴り飛ばすことも難しい。 (しまったな。大人しくやられてりゃ、まだ時間稼ぎできたってのに……殺されたらもう──) 〝煽らないでくださいよっ〟 (そういえば、ダイキにもしょっちゅう言われてたっけ……こいつと違って、かわいい反応するけど、あいつは──)  愛崎の脳裏に、まるで走馬灯のようにダイキとの楽しかった日々が思い浮かぶ。 (俺特製のタンパク質飯にドン引きしてたのも面白かったな……初めてのデートで緊張して、うまくUFOキャッチャーできなかったのも可愛かったし……不器用なくせに真っすぐで、いつも俺のそばにいてくれた──)  愛崎の意識が、次第に遠のいていく──。 (──ああ、もうダメかもな……まあでも、あいつは大丈夫だろう。悲しむだろうけど、ちゃんと前に進んで、新しい恋人だってつくって──)  でもきっと、一生引き摺る──!!! (ッツ!)  意識が切れる直前で愛崎は踏みとどまる。 (あぶねえ! 死んだらダメだっ! 死ねねえっ!) トラウマがいかに厄介なものか、愛崎は身をもって知っている。だからこそ、恋人のひどい死体を見て、自分自身を責め続けるなんて、そんな思いを絶対にさせたくない。  例えそのあと、別れることになったとしても──。 「ッツ、ぅっ!」 何かないかともがいてみると、靴の裏に砂利があるのがわかる。男にバレないよう、残りの力を振り絞りながら、踵を地面に擦って靴を脱ぐ。 「死ねっ! 死゛ねえっ!」 「ッツ──!」 「死──ぐぁっ!?」 足の裏で床の細かい砂利を掴み、腰をひねって、男の目に思いっきり擦り付ける。ガラス片も混じっていたのか、男の目からわずかに血が出る。 「ぃあ゛っ!」 「は、げほっ、おえ、げほっ! ハッ、柔軟性は俺の勝ちっ!」  残る力を出し切り、怯んでいる男の腹を思い入り蹴り飛ばす。 「ッツぐッ!」  男がもんどりうち、しばらく転がっていたが、ふいにガラス片を拾い、愛崎の方へ向かってくる。 「シネエ゛ッ!」 「ッツ──」  パンパンッとその瞬間、銃声が響いた。  ダイキが小屋のそばを通りがかったとき、すぐに愛崎と男がいることがわかった。小屋の中から外に〝死ねえっ〟という罵声が、何度も聞こえていたからだ。 (いる、ここだっ!)  危機的状況だが、紅に、先に行きますとジェスチャーを送り、素早く小屋の扉をぶち破って中に入る。  パンパンッ!  間一髪とはこのことだろう。あと一歩遅れていれば、愛崎は、ガラス片で喉をやられて殺されていたに違いない。 「薫さんっ!」 「ダイ、キ……」 「よかった、無事……」  と言いかけて、ダイキは息を呑む。 「……まあ、とりあえず、いきてはいるよ……」  声は掠れ、手首は縛られていて、頭から血を流し、首には絞められた跡、乱れた服に、剥き出しの下半身は、ダイキに十分すぎるほどのショックを与えた。 「少し……待っていてください」 ダイキは素早く自分の上着を愛崎にかけて、男に向き直る。 「ぐぅっっつ!」  指を吹き飛ばされた男が床から立ち上がろうとしている。そこに無言で近づき、すでに萎えている男の中心を蹴り上げる。何度も、何度も──。 「うあっ、あ゛あっ」 「コロス」  すでに、ダイキの頭の中は殺意と憎しみで沸騰している。男の顔が真っ赤に染まろうと、悲鳴が聞こえなくなろうと、ダイキは拳を振り下ろし続ける。まるで自分が自分ではなくなっていくような高揚感すら感じながら──。 「っ……すな」  だが、かすかに聞こえた声に、動きが止まる。 「ダイキ、ころ、すな。無茶するのは、俺だけでいい……」 「ッツ……」  その言葉に、じんわりと、人としての感覚が戻ってくる。ダイキはなんとか踏みとどまり、しばらくしてから、ゆっくりと頷く。 「……手錠、かけてください。薫さんの手で」 「ああ」  愛崎の手首の戒めを解き、満身創痍で動けない彼の下へ、男をズルズルとひきずっていく。 「〇月×日、えーっと何、時だ?」  血でよく見えねーという愛崎の代わりに、ダイキは自分の腕時計を確認する。 「十四時二十三分です」 「十四時二十三分、公務執行妨害、及び強姦、殺人未遂に殺人容疑……あーあと誘拐と傷害? 罪状多すぎだろってことで逮捕する。あーしんどっ!」  そう言って、最後に一発ぶん殴る愛崎を、ダイキは複雑な気持ちで見守る。 (今は大丈夫そうだけど……このあとは──) 「……ダイキ……引き継ぎして、先に戻りたい。お前と一緒に──ッツ」 乱れた衣服をなんとか身に着け、愛崎が立ち上がろうとする。 「薫さんっ」  肩を貸して支えるが、立っているのがやっとのようだ。 「……ほかのやつには、見られたく、ないっ……」 「大丈夫です。救急車、裏に回しますね」 「……さんきゅ」  そのままふらついて倒れる愛崎を慌てて受け止め、外で待っていてくれた紅に引き継ぎ、病院へ運び込んだ。 「命に別状はありません。極度の疲労で眠っています。血液検査も問題ありませんが、しばらくは、検査入院したほうがいいでしょう」 「あ、ありがとうございます」  医者からの説明に、とりあえずダイキはほっとする。額の傷は深く、痕が残るかもしれないということだが、骨折などもしておらず、身体は比較的すぐに回復するだろうとのことだった。あくまでも、身体は──。  ピッ、ピッ、ピッ……  夜の病室で、電子音が静かに時を刻んでいる。二人きりの空間に、ダイキはようやく安堵する。  愛崎の手を両手で握り、額に押し当てる。あたたかい──生きてるっ! (生き……てた。生きてたっ、生きててくれたっ!) 「ふ、ぅう゛っ、ぅああ゛っ!」 ダイキの想像をはるかに超えてひどい現場だった。裏を返せば、それだけ愛崎が抵抗していたということ──もし、他の誰かであれば、とっくに殺されていたに違いない。 (俺は、バカだ……あの男よりもひどくしたいなんて、できるわけがない。あんなこと──) だが、これでまた、愛崎はあの男のことを忘れられなくなってしまっただろう。そう思うと、苦しくてたまらなくなる。 「……っつ……ぅっ……」 手首の青痣にそっとキスをし、頬を撫で、絞められた首の痕に、自分の指を重ねてみる。 (俺より、ほんの少し大きい──)  この痕が、また彼の心に深く刻まれてしまう前に、嫌われてもいいから、俺で上書きしたい。あの男の残像に苦しむくらいなら、いっそ──。 「ッツ……」  だが、縫った額にガーゼが当てられ、今はただすやすやと眠っている彼を見ると、どうしたって、指に力が入らない。 「ばかかよっ……そんな勇気、ないくせにっ……」  目を覚ましたら、俺はただ、そばにいてあげればいい──それ以上、なにも望まない。望んじゃいけない!  自分の中の獣を無理やり抑え込み、ダイキはずっと、愛崎の手を握り続けていた。

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