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四話 桜色のグレア
「あいつも俺らに気付いとって、環陣遺跡を戦場に指定してきよったか。
やったら派手にいくで」
「せやな」
栗栖が由利に同意したのを皮切りにバイクは加速する。
そして二人の駆るマリシテンは門の敷居を軽々と飛び越え、遺跡の境内へ進入していく。
「え……ちょ、ええ!?」
相馬は困惑しつつ、一旦バイクを降りて機体を敷居の向こうに追い遣り、相馬も敷居を越えてから再びバイクに腰を据えた。
左右から迫り出す低木のせいで鬱蒼としているが、よく見れば正面に一本、石造りの路がある。
それを追って木々を抜けると、剣戟の音が迫り、戦場の光景が流れ込んできた。
三メートルはある蟷螂のようなロボット。
しかし実際の昆虫とは造りが大きく異なり、体を支える為に用いる脚だけでも六本ある。
攻撃用に振り回す前肢は人間の腕に酷似している上に、これも六本。
前肢は全て武器を持ち、本堂の屋根の上で暴れ回っている。
頭上から雷のように振り下ろされる刃、銃から雨のように注ぐ高出力レーザーを躱しながら、バイクを置いて屋根に上った由利と栗栖はロボットに肉薄する。
栗栖がリストバンドから真鍮の棒を外し、ボタンを七つ押せば内部で装置が展開して棒の長さが八倍になる。
更にスイッチをオンにすると十文字の刃が飛び出し、鎗が出来上がる。
名は『池月』なる可変十文字鎗だ。
そして由利は打刀を抜く。
ネオンライトに満ちた世界で純度の高い玉鋼が放つ、一条の穏やかで澄んだ光。
『清 けし雪村』なる雪村銘の刀。
「そこまで強そうやないけど、武装が厄介やね!」
「他にも潜んどるかもしれん。気ぃ抜くな」
無線から栗栖と由利の落ち着き払った声が降ってくる。
「は、はい……!」
相馬は身の丈よりやや短いくらいのレーザー銃を担ぎ、地上から屋根の上の敵を狙う。
しかしただ撃つだけでは意味が無い。赤黒く輝いている通信機を破壊しなくては。
一五〇年前、世界中で一斉にAIが反乱を起こした。
ロトスの中の人々は既にバイオテクノロジーによる人体強化で脳のリミッターを解除し、その頭脳を共有することでAIを必要としなくなっていた。
そのため反乱の影響を受けたのはさすらいの地の住人ばかりであった。
快楽を求め人間を殺すAI、或いはAIが通信によって遠隔操作するロボット。
それを、AIに接続する機能の無い普通の機械と区別するために『邪機 』と呼ぶ。
奴らは、昼間はネオ南都の東部を占める広大な原生林に潜み、夜になると殺戮を楽しむ為に人里へ下りてくる。
基板が熱くなりやすいにも関わらず、防水を優先して放熱孔が設けられていない邪機達はボディから徐々に放熱するしかなく、自ずと体表が熱くなりやすい。
昼間に日光の下で活動すればオーバーヒートしてしまうので、夜にしか活動しないのだ。
夜でも邪機を防ぐ方法はある。奴らはAIに接続する機能の無い機械――自らの支配下に無い機械を本能的に嫌う。
そのため人間は夜も町を明るく照らし、機械の存在を誇示している。
また人間を襲う時も本能が働いて、生身の肉体よりも機械であるエレクトロウェアを優先的に攻撃してくる。
エレクトロウェアは鎧でもあるのだ。
それでも単に迷い込んだだけなのか、殺人を我慢出来ずに本能すら超越した蛮勇を発揮するのか、人里へ下りて来る邪機は居る。
危険を冒して邪機を積極的に狩り、資源となるその死骸を金に換える。
法の無いネオ南都では何人たりとも他者に権力を行使することは出来ず、また他者に対して義務を負うことも無い。
害を退治して人々を守る責任のあるヒーローなどではなく、戦いのセンスを生かして荒稼ぎをするいかれ集団。
それが『モノノベ』だ。
邪機の持つレーザー銃が乱射されるのが邪魔で、なかなか本体を叩けない。
すると、由利が突如として打刀を邪機に投げ付けた。
これだけ斬り合っていて勝てないのだから、適当に放った刀で敵に傷を負わせられる筈も無い。
刀は邪機のアームにぶつかって敢え無く跳ね返り、宙へ舞い上がる。
「は……」
何やってはるんや、と相馬は呆ける。
敵の前で得物を手放すなんて狂っている。
案の定、丸腰になった由利へ銃口が向けられる。
その時、相馬は反射的に引き金を引いていた。
邪機が由利に狙いを定めたことで銃を支えるアームが静止した一瞬を、彼は見逃さなかった。
補償光学技術を結集した銃『笠塔婆』には、出力されたレーザーの威力を空中で落とすことなく敵に届けるためのセンサーや計算機、可変形鏡が搭載されている。
更に、担いで扱える限界まで加速器などの強化装置を積み込んである。
笠塔婆の性能と相馬の技術が、邪機が引き金を引くより速くそのアームを吹き飛ばした。
飛び道具を失った中型邪機など、由利と栗栖の敵ではない。
なおも丸腰の由利を狙って繰り出された斬撃は、擦れ違う相手に道を譲るかのような小さな動きで躱された挙句、そのアームもいつの間にか切断されていた。
通信機で邪機が見たものを受け取っているAIも理解が追い付いていないのか、カメラアイのレンズが激しく前後して由利を睨め回している。
由利の右手には清けし雪村と入れ替わりに、脇差『ハネカヅラ』が握られている。
抜刀から斬撃までの動きを追えた者は居なかった。
「相馬、お手柄!」
「ようやった、相馬」
栗栖と由利の、声色は対照的であるがどちらも相馬を褒める言葉が無線から聞こえる。
二人を押し留める力は、もはや邪機には残っていない。
懐に潜り込まれ、池月とハネカヅラに通信機を破壊される。
するとその体は短いノイズを発した後、ぴたりと停止した。
丁度、落下してきた打刀を由利は見事にキャッチする。
自分も役に立てた。
嬉しさのあまり、敵を前にした時以上に相馬の脚は震える。
優しく根気もあるけど、何をやってもどんくさい番條相馬――そう言われ続けてきた相馬に射撃の才能を見出したのは由利だ。
才能を活かす為に、恋人である心優しい少女が生きるこの地で危険を狩る為にモノノベに入りたいと告げた時、
うちはいかれた奴らの集団で、お前みたいな分別ある優しげな人間がやっていける職とは思えない、と由利は相馬を突っぱねたが、
厳しい訓練を積んでから戦場に出るという条件付きで相馬の望みは受け入れられた。
「まだや!」
由利が叫ぶ。
ビスチェが流す電流で上昇した触覚が何かを捉えたのだ。
矢庭に中型の胴体が割れて、中から語源通り蜂のようなドローンが数体舞い上がり、小銃を向けてくる。
五十発撃てるかどうかという小さなバッテリーしか搭載していない、奇襲だけを目的とした隠し球だ。
呆気に取られる相馬の視界に、銀色の光が乱入した。
パチパチと鳴る破裂音と共に、光は由利から放たれている。
これがグレア。
Usualである相馬は、初めて目にする新人類特有の攻撃に――その煌びやかさに見入る。
光そのものも、中心で静かに佇み敵に鋭い眼を向けている由利も、何もかもが美しかった。
ドローンのプロペラは停止し、一度も引き金を引くことなく墜落していく。
池月を勢いよく旋回させた栗栖が、その通信機を全て砕いた。
間髪入れずに本堂の周りの木々が揺れ、赤い光がちらつく。
それを見た由利と栗栖は、屋根の上から下りてきて相馬と合流する。
「私らを挟み撃ちするつもりで来たみたいやけど、さっきあの中型が斃 れたから挟むもんがあらへんで困ってはるみたいやで」
栗栖は意地の悪い笑みを浮かべた。
「それでも、勝率が八割から六割くらいまで下がっただけやと判断して――あいつらは数で圧そうとしてくる筈。気ぃ付けろ」
由利が言い終わらないうちに複数の小型邪機が姿を現し、三人を包み込むように駆けて来る。
相馬が銃で迎え撃ち、それを潜り抜けて接近してきたものを由利と栗栖で仕留めていく。
何体かの邪機は三人を素通りして、こそこそと本堂に入って行く。
三人が疲弊するのを待ち、背後から飛び出て襲い掛かるつもりなのだろう。
当然、それを見逃すモノノベではない。
「あっち潰してくるわ!」
栗栖は鎗を振り回しながら本堂へ入って行く。
屋内での戦闘に一見不向きな長柄武器は、ボタンを押すと柄が縮んで短鎗になる。
乱戦の輪は屋内外へ広がり、邪機の屍が積み重なっていく。
しかしなかなか決着は付かない。
由利は立ち止まって地脈を読み取ろうと何度か試みたが邪機の猛攻に妨害されて上手くいかず、
更に悪いことには、相馬と分断させることを狙っているかのように敵がどんどん二人の間に割り込んでくる。
「うわぁっ!」
相馬の悲鳴が聞こえた。
彼のガスマスクが叩き壊され、間近に噴霧器を備えた邪機が迫っている。
あの型のものは機体内部でわざと人体に有害なカビを増殖させていて、そのカビの胞子を吸わせた人間を巣へ持ち帰り、苦しみながら死に絶える姿を眺めて楽しむという。
「ライト点けろ!」
由利が叫ぶが、相馬は銃のフラッシュライトを点灯させない。
「目の前……なんか、おかしいんです……!」
相馬の手は、何度もライトのスイッチの周辺を懸命に掻いている。
しかし、全てあらぬところを空振りしている。
同時に周囲の邪機達には、別の異常が起きていた。
皆一様に、ぴたりと静止したまま攻撃出来ないでいる。噴霧器もカビを放とうとはしない。
大気の中に、桜色の光がちらついた。
「――佐久良」
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やっと攻め「佐久良」の登場だ……!
戦闘シーン書くのは大好きです。他作品でも熱いバトルを沢山書いていますので、良ければそちらもお楽しみください!
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