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二十六話※ 春風の中で

「うん。やけど、欲しがるままに与えとったら、いくら鞭言うてもお仕置きにならへんな」  わざと困ったように肩を竦めながら、佐久良は一旦寝台を出て行った。  そして窓を開け放つと戻って来る。 「今から十五回、尻を嬲ったる。  由利は打たれた回数を数えろ。  数字以外に余計な声を上げたら、一回追加。  それなら罰として成立するやろ」 「分かりました」 「ん。行くで」  佐久良は、由利の浴衣の裾を捲り上げると、勢いよく腕を振り下ろした。  合皮のチップが鋭い音と共に由利の肌を打つ。  掌を叩かれた時と同様に、痛みは大したものではない。  ただ部屋中に響く、下手すれば開け放った窓の外にまで届いてしまいそうなこの音が、自分の肌、しかも普段は秘すべきところによって鳴らされているのだと思うと頬が熱くなってくる。 「っ……いち……に……」  回らない舌でカウントする。  佐久良が音を大きく出す叩き方と、痛みを与える叩き方を使い分けているのが感覚で分かり、その的確さに少し怖くなる。  六回を数えたところで、佐久良は再び由利の腕を引っ掴んだ。 「なんか余裕そうやな。  もうちょっと苦しい体勢とった方が、お仕置きらしい……何よりプレイとして効率が良い」  効率が良い、という言葉に由利はぴくりと反応する。  ドロップをさっさと治して戦線に復帰する為とあらば、モチベーションは上がる。 「苦しい体勢……?」 「ああ。由利に任せるから、Present(晒せ)」 「……こう、とか……?」  由利は仰向けになると、膝をぐっと抱え込み、下腿を浮かせて臀部を晒す。  単に維持が辛いという理由で取ったポーズであった。  しかし、挿絵の少女のようにDomに押さえ付けられるのとは真逆に、服従しきってSub自ら辱めを待ち望むような姿は、今までとは別種の倒錯を感じさせた。 「……Goodboy(良い子)」  佐久良は再び、由利に鞭を振り下ろす。  回数を重ねるうちに、与えられる感覚を敏感に拾い上げるようになっていく皮膚。  その奥では、内臓を揺り上げられるような衝撃が由利を苛んでくる。  脚に滲み出した玉の汗が打擲と同時に弾け飛ぶ。  悪い子への罰という体で叩かれている筈なのに、身体はむしろ何かを解放しようとしている気がする。 「十……いっ……」  途端、心地良い痺れに支配された由利の身体は軽く引き攣れ、それが終わると弛緩してしまう。 「ぐあっ、うう……」  意味を成さない呻きが漏れる。  快楽を逃そうと悶え、体勢が崩れた。  横倒しになり、むずかるようにシーツに頬を擦り付けて、浅い息をする。  纏めて持ち上げていた脚はばらばらに落ちてきて、晒すべき臀部を隠してしまう。 「軽めのスペースに入ったか」  佐久良が呟く。  Domの支配に酔いしれたSubが肉体的にも精神的にも高揚した状態はスペースと呼ばれている。  スペースの起こりやすさは、Subのプレイ経験値や、DomとSubの信頼感に比例しているらしい。初心者の由利が、恋愛関係にない友人に対して見せる反応としては、この程度の軽いスペースが妥当だろう。 「由利、そのだらしない股を締めろ。  罰はまだ終わってへん」  冷ややかな声と共に、由利の喉元に鞭が突き立てられた。 「あっ……ごめんなさい……」  口を開けば媚びたような声しか出ないことに、由利自身が最も驚いていた。 「残り四回と、余計な声上げたから追加の一回。  いけるな」 「はい……」  由利が脚を抱え直すと、ウィッピングが再開される。  生まれて初めて味わうスペースは、由利にとっては今までのどんな戦いよりも恐ろしいものだった。  燃え立つように疼く身体は鞭に怯んで逃げを打つのに、同時にその疼きを求めて留まろうとする。  その後も由利は打たれる度に呻き、追加の打撃をどんどん増やしてしまう。 「っ……二十二ぃ……」  そこまで数えたところで、やっと佐久良は鞭を置いた。 「Goodboy(良い子)……よう耐えたな」  プレイが終わり、由利は縮込めていた手足をベッドに投げ出す。  スペースの余韻に呆けている由利に、オペラグローブを脱いだ佐久良が手拭いを持って近付いてくる。  アフターケアで汗を拭いてくれるつもりなのだろう。  汗が垂れた膝窩や脹脛を向けようと、横臥して佐久良の手を受け入れる。  みっともない所を見られてしまった、でもこれはドロップを治す為だから、と柔らかな布が脚を拭うのに任せていた。  しかし突如、尻臀を生温いものが明確な意志を持って撫でてきた。  佐久良の、掌だ。 「ぬおわああああああ!?」  由利は、確実に外にまで聞こえたであろう絶叫を上げてベッドを転がり出る。  そして佐久良を睨み付けた。 「な、何や……!?」  頭に浮かんでいたのは、枕本にあった交尾の図解であった。  あのプレイをしてしまうのは友人の範囲を逸脱している、と言った筈なのに、まさか。  当の佐久良はいつもの無表情のまま、少し目を瞠って驚いている。 「ごめん、アフターケアのつもりやってんけど……」  これ、と佐久良は枕本を指で示す。  由利はそろそろとベッドへ戻って行き、本を覗き込んだ。  そこには先程の続きらしく、令嬢が赤らんだメイドの尻を撫でている挿絵があった。  佐久良はこれを見て、鞭打った箇所を撫でなくては、と思ったのだろう。  内臓を拓かれるのではないと分かり、由利は胸を撫で下ろした。  落ち着いて考えてみれば、佐久良は人の了承無しに物事を推し進めるような輩ではないし、そもそも由利と交わりたいなどと思う者がこの世に居るわけが無い。  自意識過剰か、と内心で自分に呆れた。 「いや、こっちこそ悪い。  ちょっと驚いただけやから」 「うん……アフターケアも難しいもんやな」  佐久良は俯いて考え込む。  由利は肌蹴た浴衣を整え、佐久良に背を向ける形でベッドに寝転んだ。  そして頭以外をすっぽりと肌掛け布団で包むと、佐久良の方をちらりと振り向きながら呟く。 「止めろとは言うてへんやん」 「ああ、うん……じゃあ」  佐久良は布団の上から、打ち据えた由利の身体をぽんぽんと撫でた。  由利の肌に浮き出ていた赤い線も痛みも引き、アフターケアの心地良さの中に漂う。 「乗り物の図鑑読んでたんか」  部屋にそっと吹き込んで来る春風に乗せるかのように、佐久良が静かに語り掛けてくる。 「ああ」 「そうか。何か気に入ったもんはあったか」 「ん……どれも興味深いけど、やっぱりマリシテンが一番恰好良えわ」 「せやな」  口に出してしまうと、再びマリシテンに跨って駆けたい、そして戦いたいという思いが募ってきた。  こんな本能に呑まれて強さを、夢を失うくらいなら、死んでもいい。  佐久良ならきっと、由利を殺してくれる。

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