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二十八話 狂いゆく

 赤い腕章を付けた浄世講の人々が、ネオ南都の至る所に鉄柱を設置していく。  鉄柱には大型の液晶モニターが取り付けられる。  佐久良と入谷、常磐はその様子を、家の二階にある夫婦の寝室に集まって、窓から眺めていた。  他家の者も同様に工事を見守っているようで、白昼のネオ南都は妙な緊張感に包まれていた。  佐久良は人形を抱えながら、両親の間に挟まっている。  幼いながらに異質な雰囲気を感じ取り、瞳孔が開ききっていた。  すぐに浄世講の目論見は判明することとなる。  全てのモニターが一斉に点ったかと思うと、小路の姿が映し出された。  浄世講の中の広場に立っていると思しき彼は、黒いボディスーツ型エレクトロウェアの上に、襟元にファーがたっぷり付いた重々しい打掛を緩く羽織っている。  そして打掛を締める石帯に結び付ける形で太刀『済度』を佩いていた。 『此度はまことに残念なご報告があります』 垂れ眉を更に深いハの字にしながら、小路は沈痛に語り出す。 『まず私の子である蓮見由利が病を発し、歩行や外出がままならぬ身となりました』 「由利が!?」  思わず叫んだ佐久良に、しぃっと常磐が囁いた。  佐久良は人形の後頭部を口許に押し当てて、漏れ出しそうな声も、喉から響いてきそうな心音もどうにか抑え込む。 『蓮見五月七日は由利の廃嫡を言い渡したのですが、由利の生母である己波はそれに納得せず、泥一族の謀により五月七日は電気系統を細工されて暗殺されました』  小路が指を立てて合図すると、カメラが右へ振られた。  床几の上に、半裸で髪が乱れた五月七日が横たえられている。  その左腕は千切れており、炭化した断面が覗いていた。 『そのため仕方なく、私は己波を含む泥家の者十七人を処刑いたしました』  今度はカメラが左へ向いた。  棚の上に、老若男女の生首がずらりと陳列されているのが映される。  中央に置かれている一際色白の女の首が、己波だ。  再び画面の中央に入って来た小路は、打掛を翻して告げる。 『浄世講は私、蓮見小路が引き継ぎます。  そしてネオ南都を変える――新人類が暮らしやすい世界に』  唐突に出て来た新人類という言葉に、入谷と常磐がきょとんとしたのが分かった。  おそらくネオ南都中の人々が同じであった筈だ。 『新人類が生まれて来た瞬間から、Usualは罪を背負うこととなりました。  新人類を差別してしまうという罪を!   Usualこと旧人類はそれを自覚することなく、およそ四十年間傲慢に多数派としての生を謳歌してきた。  全ての命は等しくなくてはならないのに!』  その後も小路は延々と演説を続ける。  言い回しを変えてはいるが同じことを何度も言っているだけだ。    まだ終わらないのか、と不安すら覚え始めた時、俄に窓の外が騒がしくなった。  見れば一〇〇人は下らない人々が各々の家を出て来て、泣きながらモニターを仰ぎだした。  通りに人は刻一刻と増え、異様な光景が広がる。 『今こそ旧人類は、新人類に対して罪を贖う時なのです。浄世講が、私が、導きましょう!』  やっとのことで小路の演説が終わると同時に、往来は嗚咽混じりの歓声で溢れ返った。  新人類に優しくしましょうという、佐久良にとっては朗報とも言えるメッセージであったが、人々の異様な熱狂ぶりを目の当たりにしてしまうと何故か喜びよりも恐怖が勝った。  それに、由利が病気になったという話の方が非常に気になった。  両親がそっと佐久良の肩を抱いてくる。 こうしてネオ南都は狂いだした。  由利が病だということを認めたくないのか、佐久良の足は自然と、結婚の桜や浄世講がある南へと向いていた。  小路の演説から三週間余りが経った。  桜の花弁は遅咲きの種類さえすっかり散ってしまった。  浄世講はあの後、団員を募り、元々七十人程度であった団員は倍以上となる一五〇人程まで急増した。  団員は、あの蒼白く輝く電子バリアに囲まれた敷地の中で家族共々暮らすのだという。  邪機や不穏分子からネオ南都を守るという五月七日の掲げた目的に、新人類差別を撤廃するというものが加わった。  エレクトロウェアに刀、赤い腕章という出で立ちを見かける回数が多くなった。  浄世講がそれ以外の人々から徴収する『管理料』も増えたと入谷が嘆いていたが、これでも塔院家はましな方らしい。  理由は、佐久良が新人類であるからだ。  小路は浄世講当主として就任後すぐ、『戸籍』というものを作らせた。  戸籍とは一七〇年前までは存在した、人の氏名や父母の名前、生年月日などが書かれたものを機関が管理するという制度らしい。  それを模倣して小路が作らせた戸籍には、一七〇年前には無かった項目、新人類か旧人類かという項目がある。  そして新人類の居る家庭の管理料負担は軽減し、新人類が居ない家庭には重い管理料を課すのだ。  また浄世講以外の者が着ている防刃、耐熱布で作られた衣服を強いラムダ線に曝露させて機能を奪い、反乱を防ぐというあからさまなことまでやり始めた。  未練がましくうろついてみても由利に出会えはしなかった。  仕方なく帰路に就いた時、進行方向にいじめっ子達の姿が見えた。  人形を奪ったり犬をけしかけたりしてきた、いつもの奴らだ。  たじろいだ佐久良がその場で足踏みしたのと、彼らが佐久良を見付けたのは同時であった。  次は何をされるやら、と思ったが、意外なことに彼らは佐久良のために道を空けてくれた。  罠かとも思ったが、新しい嫌がらせを企んでいるにしてはあまりにも少年達の顔は沈んでいた。  恐る恐る、佐久良は彼らの間を通り抜けていく。  すると少年の一人が手を差し出してきた。 「あの、佐久良さん。これどうぞ」  その手には心を砕いて改造したであろう沢山のベーゴマと、ベルラインのドレスを纏った少女の人形があった。  戸惑う佐久良に、少年は更に告げる。 「佐久良さんみたいな人に使てもろた方が玩具も喜ぶやろうって言われて……俺のと妹のを持って来たんですけど。  気に入りませんでしたか」 「言われたって……誰に?」 「父ちゃんも母ちゃんも、浄世講の人も、皆に……」 「それに、僕みたいな人って、どういうこと」 「……新人類……」  少年の言葉を聞いた時、佐久良の腹の奥底から言い知れぬ苦々しいものが湧き上がってきた。  いじめられる理由も新人類なら、遜られる理由も新人類。そんな事実に嫌気が差した。 「――そんな理由で貰ても、嬉しくない」  佐久良は走り去り、家に帰り着くと欝々とした一日を過ごした。  落ち込んでいた佐久良に気付いたのか、その夜も三階の窓からぼんやりと星を眺めていた佐久良の元に、入谷と常磐がやって来た。 「またいらんことされたんか?」  訊ねる母に、佐久良は頭を振った。 「ううん。今日は丁寧に話し掛けられて、玩具くれようとした。  やけど……それは僕が新人類やからやねんて」  そう説明しても、両親は驚かなかった。  昨今の情勢から察するものがあったのだろう。 「そうか、そら腹立つな。  佐久良のことをほんまに好いて親切にしとるんとちゃうもんな」  常磐は溜め息混じりに言って、佐久良の背中をぽんぽんと叩いた。  その手が腹に溜まった澱を追い出してくれるようで、佐久良は星を眺めるのを止め、母の不愛想だが優しい横顔を盗み見ながら微笑む。 「佐久良、こんな時代やからこそ覚えといて欲しいことがあんねん」  入谷が徐に話し始める。 「偉い人が何と言おうと、佐久良が心から仲良くなりたいと思う人が現れたなら、それがUsualでも新人類でも、壁の向こうの人でもロトスの人でも、好きになって良えんやで」  心から仲良くなりたい人と言われて、真っ先に思い浮かんだのは由利であった。  いつか由利と再会して、互いをもっと知れる日は来るだろうか。  そして他にもそんな出会いが、訪れるだろうか。 「うん、覚えとく」  夢想を抱きながら、佐久良は無邪気に答えた。

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