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二十九話 新たな友情

 小路の演説は、能登川のほとりに立てられたモニターとスピーカーを通して、塀とバリア越しに由利の耳にも届いていた。  由利はそこで初めて五月七日や己波の死を知ることとなった。  由利にとって時折衝突はしたものの気の合う相手だった五月七日が身罷ったことは惜しかったが、一方で母子らしい関わりなど殆ど持てなかった己波についてはあまり感情が湧かず、ただ連座させられた一族が憐れであった。 長ったらしい演説は聞き苦しかったが、新人類が暮らしやすくなるのなら良いだろうと、由利は小路を内心で応援していた。  しかし小路が由利を塔から解放することは無かった。  父曰く、外の世界での由利の立場は、泥家の行動のせいで危ういものとなっているらしい。  今夜も夕食となる二粒のサプリメントと水一杯を持って、小路が塔に上ってくる。  ずっと狭い屋内に居て運動が出来なくなり、日光を浴びることすら叶わない由利の健康を保つための食事らしい。  無味無臭のものばかり口にしていると、つい先日までは当たり前に口にしていたステーキなどが恋しくなるが、仕方ない。 「なあ、由利。お父さんは新人類差別を撤廃する為に、これからどんどん忙しくなってまいそうや。  やから明日から御守を付ける。仲良くな」  温和な笑みを浮かべたまま小路が言った。  『夕食』を三秒で終えてから、由利は答える。 「それは相手の出方次第や」  生意気なまでの台詞と共にコップとトレーを突き返されると、小路はほんの少し俯いた。  ふわふわした髪が、柔和な目元に影を落とした。  その夜以降、小路が塔を訪れる頻度は激減した。代わりに翌朝から来るようになったのが、加賀見だった。 「今日から由利様の身の周りの世話をさせていただく、十市(とおち)加賀見です。  よろしくお願いします」  朗らかに言って頭を垂れる、由利よりも四つか五つばかり年上の少女。  色白で大きな瞳、左目の下には二つ並んだ泣き黒子。  綺麗に切り揃えられた前髪と腰辺りまで伸びた幅広の三つ編みに、セーラーカラーのワンピース。  浄世講の一員である証として服の下にはナノファイバーのボディスーツ、右手には鋼で出来た籠手のエレクトロウェア。  そして赤い腕章を付けている。 「よろしく。えっと、加賀見さん」  由利が立ち上がると、スカートから電子の枷に巻き付かれた細い足首が覗いた。  加賀見はそれを見て大きな眼を更に見開いたが、すぐに平静を取り繕い、御守の仕事に取り掛かる。 「加賀見で構いませんよ。早速ですが、服洗わせてもらいますね」  加賀見は部屋の隅に積んであった衣類を抱え上げ、辺りを見回す。  彼女の表情は次第に困惑に包まれた。 「ええと……」 「洗濯機? あらへんよ」 「ほなどないして洗濯してはるんですか」 「風呂入る時に、服も持って入って洗てる」  由利が示した風呂場へ加賀見が向かうと、生乾きの服が湯船の淵にべっちゃりと広げてあった。  服を吊るすのに丁度良い紐や突っ張り棒など、ここには無い。  後から壁に釘でも打ち込めば物干しが簡単に作れるだろうが、鋼の塔ではそれも叶わない。  暫く考えた後、ちょっと待ってて、と言って加賀見は塔を出て行った。  十分程してから、木製の椅子を抱えて彼女は戻って来る。 「よし、これで多少はマシやろ」  駆けずり回ったせいか息が上がったまま、椅子の背凭れ、座面、貫に湿った衣類を掛けていく。  そして南面の窓に近付けて、陽光と風が少しでも当たるようにした。  乱れた前髪の下で、加賀見は屈託なく笑った。  今まで周りに居たような、何をするにも五月七日や小路にお伺いを立ててばかりで、目の前に居る由利本人のことなどちっとも見てくれていない御守達とは違う。  加賀見は気の良い奴だ、と由利は直感した。 「加賀見はいつ浄世講に入ったん?」  服を丁寧に手洗いしている加賀見の側に屈み込み、由利は訊ねる。 「ついこの間ですよ」 「そうなんや。加賀見くらい真面目で気ぃ利くんやったら、直に出世するで。  分隊とか任せられると思う。俺ならそうする」 「どうでしょうね。私あんまり強くないから。  戦ったことあんのは、小さい邪機を追い払ったのが二回だけやし」 「え、ほな何で浄世講に入れたん?」  由利の疑問に、加賀見は曖昧な笑みを浮かべた。 「私、ここで刀鍛冶しとる十市雪村の娘なんです。  当主が小路さんにならはってから方針変わって、浄世講に出入りする者とその係累は皆、浄世講に住み込むことになったんですよ」 「ふうん」  新人類が出現して間もなく、旧人類と新人類の間で激化した諍いはネオ南都全土を巻き込む紛争となった。  不良仲間を率い、揃いの紅蓮の特攻服を纏って紛争に介入し、見事に新人類を鎮圧したのが五月七日である。  戦の半ば頃から不良達は自警団『浄世講』を名乗り始め、人々を邪機や浄世講から守ることを誓約した。  武力強化を理由に人々からエレクトロウェアや刀剣を全て取り上げ、機械工や刀鍛冶を食客として招き実質的に占有して、五月七日の手腕により浄世講はじわじわと権力を付けていき、誰も逆らうことの出来ない存在となったのだ。  勿論五月七日を良く思わない者達が徒党を組むことはあったが、全て呆気なく鎮圧された。  腕っ節の強い者ばかりを集めて兵の質を落とさなかったことと、多少権高になっても最初に掲げた理念を曲げなかった点が支持され続け、敵に付け入る隙を与えなかったのだ。  由利の御守だって、熟練の兵士ばかりが務めてきた。  それなのに頭が小路になった途端戦闘経験など無いに等しい加賀見が連れて来られた。  碌な戦力にならない者達を施設内に増やして、小路は何をしたいのだろう。 「その方針ってどんなんなん?」 「えっと……ネオ南都を平和に導く為にはまず浄世講の構成員が絆を深め合わなくてはならない。  家族ぐるみの付き合いをして、浄世講そのものが一人の家族になれるようにって」 「はあ!? しょーもな」  反射的に吐き捨てた由利に、加賀見はくすくすと笑った。 「私も正直、そんなことの為に施設拡大さすくらいやったら、鎮守の森との防衛線でももっと強うした方が良えんちゃうかとは思いました。内緒ですよ」  由利は加賀見に懐き、彼女が塔に来てくれることが、退屈でひもじい塔での暮らしの楽しみになっていった。  加賀見はUsualだったが、新人類を見下す様子は無く、以前はUsualとして周囲に認識されていた由利が実は新人類であったことにもいちいち言及してこなかった。  そのお陰で、幽閉生活にも多少の慣れを覚え始めた。  しかし時折、外の世界やそこに残してきた友人――佐久良のことを思い出して、また彼と話したいと考えることもあった。 「洗濯物掛けてたせいで腐ってきてしもたなあ。  木やのうてプラスチックか何かで物干し代わりになる物探してこな」  表面がふやけて黒ずんできた木製の椅子を見て加賀見が独り言つ。  二人出会ってから半年が経とうとしている。 「ステンレスやったらその辺にあるんとちゃうの?」  由利が訊ねると、加賀見は頭を振った。 「この塔の入り口と窓は、登録されてへん金属が通過すると警報が鳴るようになってんねん。  私のエレクトロウェアは登録されてるから、着たままでも警報が反応せえへんけど、他の金属が塔に出入りしてしもたら大騒ぎになるんやって」  浄世講の一員にも関わらず加賀見が帯刀しているのを見たことが無いのは、そういう訳だったのだ、と由利は納得する。  足首に結ばれた電子の枷に、金属探知。  この厳重なセキュリティの塔から出られる日はいつ来るのだろう。 「どないしたん? 何かある?」  再び窓の外へ視線を遣った由利に、加賀見が近付いて来た。  しかし窓の外には、能登川のせせらぎと、電子の壁にぼんやりと透ける小規模な堤並木ばかりだ。 「一ぺん会うて仲良なったきり、会えてへん子が居んねん。綺麗で物知りで……」  彼との出会いによって自分が新人類として覚醒した、ということは敢えて口に出さなかった。  佐久良について語る時にその言葉を使ってしまうのは、彼に対して不義理のような気がしたのだ。 「そっか。同じやね」  隣で、加賀見は寂しげに微笑む。 「同じ?」 「私も、浄世講に来てから全く会えてへん友達が何人も居るんよ。  浄世講に入った子も居るみたいやけど……上手いこと会われへんくてなあ」 「親父に――小路に頼んで会わしてもろたら?」 「ああ、うん。でも小路さんもそないに暇やないみたいやから」 「俺が大将やっとったら絶対会わしたるのに!」  枷が付いた足で由利は地団太を踏んだ。加賀見は破顔する。 「由利は優しいなあ」 「せやろか。部下を労わるのは、性格とか関係無しに、人の上に立つ者として当然の仕事やろ?」 「それが出来ひん大人も、世の中には沢山居るんよ」 「信じられへん! 組織運営しとるって意識が無いんやろか」  由利は小路のことを、普通の優しい父親としか思っていなかった。  しかしいざ権力を握った小路のやり方を聞いていると、五月七日が彼のことを大将に向いていないと評した意味が分かる気がした。 「由利はちゃんと色々考えとるんやね」 「当然! やりたいこといっぱいあるもん。  歴史に名を残すやろ、金持ちになるやろ。  それから、頭が切れて、見てて飽きひん面の相手と結婚すんねんから」 「けっこんって何?」  いつかの由利と同じ疑問を口にした加賀見に、受け売りの言葉を放つ。 「昔の人がやっとった、貴方が好きですって約束することやで」  それを聞くと、加賀見は大きな瞳をほんの少し由利から逸らした。  それを由利の視線が不思議そうに追い掛けて来たのを感じると、加賀見は癖とも言える曖昧な笑顔で受け流す。 「加賀見には叶えたい目標とかあんの?」  なおも無邪気に由利が訊ねた。 「目標って程やないけど、続けていきたいことはあるで。趣味でやっとる手芸やねんけどな」 「しゅげい?」 「服とか小物とか作るんやで」 「凄いな! 見たい見たい」  はしゃぐ由利に、加賀見はポケットをまさぐり、鏡裏文様のがま口財布を取り出して見せてくれる。  がま口には、サテンを繊細に折り畳んで作られたピンク色の根付が揺れている。 「財布と根付は自分で作ったやつ」 「加賀見ってほんまに器用やなあ。これは何の花?   桜とはちょっとちゃうな」 「秋桜やで。色んな花の根付作ってて、季節ごとに付け替えてんねん。やから今はこれ」  説明する加賀見の前で、由利は真剣な眼差しをつまみ細工の秋桜に向けた。  どうかしたのかと加賀見が口を開きかけた時、由利は呟いた。 「秋桜か、覚えとくわ」  その不自然な物言いに、加賀見は気付く。  生まれてから殆どの時間を鋼の中で過ごし、外出した回数など片手で足りるような由利は、草花をあまり知らないのだ。 「他にも色んな花作っとるから、今度持って来たるよ」 「うん、楽しみ」  待ちきれないといった感じで揺れる赤髪の頭が可愛らしくて、加賀見はポケットから一冊のメモを取り出した。  「思い付いたものはこないして絵にしとくねん」  メモ帳は、華やかなドレスの絵で半分以上が埋め尽くされていた。  加賀見が描いたデザイン画だ。 「綺麗、これ全部加賀見が描いたん?」 「うん。最近は布が手に入りにくくて作れてへんねんけどな」 「あ、これ特に好み。着てみたいくらいやわ」  由利が指したのは、黒い打掛を着崩した少女の絵であった。  帯の代わりに打掛を締めているコルセット、紙に全体像が収まらない程パニエで広がった裾。   櫛や笄を挿した丸髷まで丁寧に描かれている。 「浄世講に住まわされてへんかったら、手芸のお店したかった?」 「うん……お父さん見てたら、好きなこと仕事にするのって憧れるで。楽しいことばっかりやないやろうけど」  加賀見の根付が秋桜から寒椿に替えられた頃、由利の知らない所で、佐久良は最大の艱難に遭うこととなる。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー  加賀見は由利のお姉ちゃん的存在で、互いに全く恋愛対象としては見ていない設定です。  過去編になってキャラも増えてきたので、是非登場人物一覧も併用しながらお楽しみいただけると嬉しいです。  推しキャラを書いていくだけでも良いので、感想いただけると泣いて喜びます。

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