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三十話 喪失

「よし、出来た」  佐久良の髪に編み込んだ青いリボンを結んで留め、常磐は納得がいったように頷いた。  土間では入谷が、仕事の手を止めて二人のことを見つめている。 「今日も佐久良は可愛いなあ」  でれでれとしている入谷とは反対に、凜とした表情の常磐が言い付ける。 「お出掛けして良いって約束した範囲と時間をちゃんと守ること。良えな?」 「はあい。行ってきます」  佐久良が向かったのは、結婚の桜に程近い空き地であった。  曲がり角で、バイクと共に立って秩序維持を目的とした監視をしている浄世講の男と会釈を交わし、目的地へ駆けて行く。  色水を作る為に、舞い落ちた寒椿の花弁を一枚一枚、硝子瓶に集める。  ふと、美しく丈夫そうな落枝のある一帯が目に留まった。  スワッグを作るのに丁度良いと思い、土の上に瓶を置いておき、枝を拾いに空き地の奥へと進んで行く。  楽しいことをしていると、由利が隣に居てくれればもっと良かったのに、と思ってしまう。  今だってそうだ。  由利の髪のように赤い実を付けた七竈を手に取った時、背後から甲高い悲鳴が聞こえた。  振り向くと、空き地の真ん中で先程会釈を交わしたあの男が、年端もいかない少女の腕を捻り上げていた。  訳が分からず、恐怖を感じた。  佐久良の鼓動が速くなる。  しかし、由利がここに居たならば、あんな光景を見て黙ってはいない筈だ。  佐久良は深呼吸一つすると、二人に駆け寄る。 「何してるの、放したって」  強めの口調で佐久良が叫ぶと、男は手を緩めはしなかったものの、佐久良の方を見た。  そして意外にも優しく落ち着いた声で話してきた。 「この瓶は君のか」  男は、きつく掴んだ少女の右手をぐいっと差し向けて来る。  その手の中には、佐久良が地べたに置いておいたあの瓶があった。 「そう……ですけど……」 「やっぱりな。  旧人類のくせに新人類の物を盗むとは、なんて餓鬼や」  確かに少女はUsualであった。  彼女に侮蔑の言葉を吐き掛ける男もまた同じであったが。  少女から分捕った瓶を佐久良に押し付けると、男は少女を引き摺って空き地を出て行こうとする。  その背中に、佐久良は叫んだ。 「待って、その子をどないするつもり!?」 「浄世講に連れて行く。  家族諸共、罰が必要や。  命で償わせる」 「そんな……あの、僕怒ってないです!   ほったらかしにしてたから、ほかしてあると勘違いしたんかも。  それやったら僕も悪いし」  約一五〇年前までとは異なり、現代のネオ南都に法律は無い。  私闘や私刑は当たり前の時代だ。  それでも、少女の行為の代償が数人の命というのは、あまりにも重い気がした。 「旧人類はまだ自分の立場を理解しとらん。  新人類の物なら盗んでも良いと思っとる。  まだネオ南都にはこんな差別が横行しとる。  真の平等の為には必要な罰や」  男は佐久良の言い分を全く聞き入れることなく、電子の枷でバイクの荷台に少女を縛り付けると、そのまま浄世講の方へ走り去ってしまった。  佐久良は暫く呆然と立ち尽くしていたが、我に返ると家に走り出した。 「女の子が、浄世講に連れてかれてしもた!   僕が置きっぱにしてた瓶を持って行こうとして、盗みやって言われて……その子の家族諸共、殺される!」  帰り着くなり、土間で仕事をしている両親に向かって助けを求める。  息も絶え絶えで纏まりを欠いた説明、そもそも理解し難い浄世講の行動を、両親は一度の説明では理解してくれなかった。 「殺される? 女の子とその家族が、浄世講に?」 「盗みをしたから? それが理由?」  入谷と常磐は立ち上がって、佐久良を問いただす。 「その子はUsualで、新人類の僕の物を盗んだから。  わざとやないかもしれへんのに、罰やって、それで」  佐久良が半べそを掻きながら答えると、入谷の顔が青褪めた。  常磐の方は、表情こそ変わらなかったものの、怒りのせいか、綺麗に切り揃えられた前髪がぶわりと広がったように見えた。 「まだ家族を浄世講に集めて来とる最中かもしれん。行こう」  入谷は証人である佐久良を抱えると、常磐と共に高田の町並みを南へひた走った。  車両も浄世講に接収されてしまったため、エレクトロウェアによる強化もされていない足で地を蹴る。 「偉いで、佐久良」  普段無口な常磐が唐突にそう告げたのが、やけに印象的であった。  途中、遺跡の中で開かれている市場に集まっていた人々に向かって入谷が呼び掛けた。 「うちの子の物を持って行こうとした子どもが、悪意があったのか勘違いやったのかも分からへんのに浄世講に捕まって、Usualやからって理由で不当に重い死刑を受けそうになってるんです!   このままやと彼女は家族諸共殺されます!   一緒に訴えて、助けてください!」  それに応じて付いて来た者達には、色んな思惑があった。  佐久良と同じく浄世講のやり方に疑問を感じた者、興味本位の者、浄世講を擁護したい者。  佐久良達が浄世講の正門前に辿り着くのと、少女の親きょうだいやそれより遠い縁者が詰め込まれたブロンズカラーのマイクロバスが到着するのは、ほぼ同時であった。 「おい、お前ら何考えとんじゃ!   一ぺん下りて来い、ほんでお前らん所の頭を呼べ!」  群衆に怯んだようにのろのろと徐行した後停止したマイクロバスのドアを常磐は殴る。  運転席の窓が薄っすらと開き、赤い腕章を付けた女が目線だけを寄越す。 「旧人類は黙っとけ」  女が常磐に吐き捨てた。  常磐はますます食い下がる。 「お前もUsualやろが」 「私は自分の罪を知っとる、償おうとしとる!    Domの母親のくせに新人類への偏見に関心が無いなんて、子育ての資格あらへんのとちゃうか!」 「償いがしたけりゃ勝手に一人で死ね!   餓鬼の揉め事をデカい面して裁いて、偉くなったつもりか!」  喧嘩腰で言う常磐に、入谷も加勢する。 「うちの子はDomで、そのことでUsualに嫌な思いをさせられたこともあります。  やけども、Usualの血が徒に流れるのを喜ぶような子やないです。  貴方達のしとることはエゴに塗れた虐殺とちゃいますか」  入谷の『虐殺』という言葉に反応した見物人の一人が、遠くから野次を飛ばす。 「せやったらお前は新人類の為に何か出来るんか?   能力も無いくせに、小路様の批判ばっかりしおって!」 その言葉に更に応える形で、皆が口々に思っていることを叫び始める。  入谷はぐっと佐久良の肩を抱き寄せた。  その時、正門が開き、その周りの電子バリアが一部解除された。 「なかなか来おへんと思たら、何の騒ぎや」  風に翻る長い巻き毛と打掛の美丈夫――小路だった。  彼を取り巻いていた護衛達が武器を振り回し、バスの周囲から人々を追い払う。  常磐も仕方なく退き下がったが、小路を睨んだままきつく言い放つ。 「お前が殺そうとしとるUsual達のことや!」  すると小路は困ったような顔をした。 「殺すなんて人聞きの悪い。  これは平等と平和の為に必要な、正当な処罰です。  折角ですから見て行かれると良い」  小路が手を上げると、敷地の奥から先程の男が少女を連れて来た。  少女を縛る電子の枷は先程よりも厳重になっている。 「この旧人類は、自らの置かれて来た恵まれた環境に感謝することなく、有ろう事か新人類から略奪を行った。  これは許し難い犯罪です。  しかし私は彼女にも贖罪の機会を与えましょう。  この済度で行儀の悪い腕を斬り落とします。  悪いものを切除して生きていれば、善良な人に変われた証。  無罪で帰してあげます」  小路は済度を抜くと、佐久良達の制止を無視して、少女の右肩から先をばっさりと斬り落とした。  浄世講の舗装された無機質な地面に、生々しい赤が迸る。 「こいつ……!」  常磐は小路に向かって駆け出した。  当然、刀を手にした小路の配下が阻むが、常磐は近くで油断しきっていた別の配下の首根っこを掴むと彼を盾にして、自身に向けられた刃を防いだ。  エレクトロウェアや防刃布で受け流された刀は、配下の手を離れて地面へと滑り落ちる。  すかさず常磐がそれを拾い上げ、小路の首を狙って突きを繰り出す。  しかし小路の傍らに立っていた長身の男がバリアを張り巡らせて小路と自身を包んだことで、常磐の攻撃は届かなかった。  長身の男は入谷や常磐と同年代で、面識がある。荷方(にかた)久遠(ひさとお)だ。  知らぬ間に浄世講に入っていたらしい。  入谷も浄世講の者から武器を奪い、常磐の背後に迫っていた配下の、エレクトロウェアの隙間から出ている素手を斬り付けた。  悲鳴を上げる彼を突き飛ばし、入谷は常磐と背中を預け合って刀を構える。 「貴方の考えは過剰や。  今から医者に見せればその子は助かるかもしれへん!   考え直してくれ、小路さん――」  入谷は叫ぶ。  それに呼応するように、共に正門前に集まって来た人々の多くが浄世講に刃向かい始め、乱戦が巻き起こった。  じっとしているよう父に言い付けられた佐久良は、争いから離れた所から、垣間見える両親の姿を追っていた。  その時、佐久良の首根っこが背後からいきなり掴まれる。 「べつ……たっ……!」  別動隊が駆け付けたことを叫ぼうとしたが、大人の手で首を絞められてしまい、声が出ない。  白日の下、数条のレーザー光線が瞬いた。  音も無く接近していた別動隊の存在にやっと気付いた人々は蜘蛛の子を散らすように正門前から逃げて行く。  しかし当の別動隊がそれを阻んだ。  正門の辺りには、あの少女をはじめ幾つかの亡骸が横たわっている。  その中に入谷と常磐の姿もあった。  二人は胸や腹をレーザーで撃ち抜かれていた。  呆然としている佐久良の視界の端で、浄世講に立ち向かった者達の中からUsualだけが集められ、銃殺されていく。  マイクロバスの中に閉じ込められていた人々は、装置で車内の酸素濃度を急速に下げられたことで、藻掻き苦しみながら息絶えて行く。  そのどよめきが、膜を一枚隔てたように遠く聞こえていた。  辺りが沈黙に包まれてから、佐久良はやっと解放された。  佐久良を押さえ付けていた、顔の右側に入れ墨のあるUsualの男は、仲間達と連れ立って去って行く。 「教育に悪いご両親は始末しといたった。  君は、良い大人になるんやで」  ずっとバリアの中に籠っていた小路は、明らかに佐久良に向かってそう言うと、踵を返して敷地の奥へ消えて行った。

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