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三十一話 パレード
浄世講正門前での虐殺は、反乱に対する正当な鎮圧としてその日のうちにネオ南都に知れ渡った。
中には、遠巻きに一部始終を見ていて小路の行動に疑問を抱いた者も居たが、そのような囁きは多数派の声や浄世講への恐怖に掻き消されてしまった。
目撃者や近所の人に手伝ってもらい、塔院家の裏庭、蔵の側に、入谷と常磐の墓を作る。
目印となる岩を置いた時、玄関の方で呼び鈴が連打された。
「佐久良ちゃんはここで待っとき」
近所の小母さんが玄関へ向かってくれた。
すぐに来訪者の叫びが聞こえてくる。
「大変や、塔院と氷室の縁者があちこちで浄世講に処刑されとる……」
親族の中で新人類は佐久良一人だ。
つまりはそういうことか、と縁側に座っていた佐久良は項垂れた。
同時に、常磐が編み込んでくれたリボンが解けて、脚の上に落ちてきた。
「なんぼ新人類と旧人類の平等の為や言うても、不憫やわ……」
「五月七日さんは勿論、小路さんも新人類差別に関心なんか無かった筈やのに。
急にどないしはったんやろ」
「人気取り?」
「そんな可愛い理由ちゃうで。
何せ、由利さんが絡んどるっちゅう話や」
近所の人達のひそひそ話の中に由利の名を聞きつけ、佐久良はその会話に意識を向ける。
「由利さんは幼いけどしっかりしてはって、五月七日さんみたいな当主になるやろうって前々から言われとったんよ。
それに新人類問題にも関心が高くて、旧人類に虐められてる新人類を助ける姿を見たことがあるって人も居って……」
「つまりどういうことやねん」
「小路さんの裏には由利さんが居って、浄世講を急に方向転換させたんちゃうかって話」
両親を死に追い遣った原因が、由利だと言うのか。
信じたくはなかった。
しかし浄世講の不自然なまでの方向転換と、あの日の約束がそれを邪魔する。
『大丈夫、何かあったら俺が佐久良を助ける! 約束や』
正義の熱量が反転して独善に変わるのが、恐ろしい光景と共に想像出来た。
「八つかそこらの子どもにそんなこと出来るんか?」
「何歳でも残虐な者は居るやろ。
あの十歳の殺人鬼を忘れたんか?」
「ああ、新人類が四回目の暴動を起こした時期と殆ど重なってるから、出来事自体忘れ取ったわ。
殺された子の親が報復してひとまず終わったんやっけ?」
子どもは人を殺さないなんて思い込みに過ぎない。現に佐久良は今、そのことだけを考えているのだから。
復讐の二字が過る。
死んだ人が戻って来る訳ではないし、善人として多くの人々に祭り上げられている小路の評価を覆す力が佐久良一人にある訳でもなく、一族の名誉を回復することも出来ないだろう。
それでも佐久良は、胸の内にある絶望をネオ南都に知らしめたかった。
小路を、そして由利を――この手で殺さなくては。
「知っとったか? 隊長クラス以上の兵士とその家族を、小路様が清須美園での花見に連れて行ってくれるらしいで」
「そら良えな」
塔の近くは人気が無いだけあって、仕事の合間に兵士が駄弁る恰好の場所だ。
由利の元まで話し声が聞こえてくる。
花見か、と由利は溜め息を吐いた。
佐久良と出会い、塔に住むようになってから――病気という体で幽閉されてから約一年が経つ。
本当の病人のように細くなった手足を見つめる由利の顔からは、数えで九つの少年らしいあどけなさは消え失せていた。
加賀見が御守に就いてから、小路が塔を訪れることは一度も無かった。
何らかの事情で自分は父に見捨てられたのだと確信していた。
兵士達が立ち去って数十分してから、加賀見が塔に入って来た。
朝食となる錠剤と水を手渡しながら、彼女は嬉しそうに言う。
「今度、小路さんが高官を連れて清須美園にお花見しに行くらしいねんけどな、由利も連れてってもらえるって。付き添いで私も」
「そうなんや」
加賀見の前では今まで通り、無邪気な少年の振りをしていた。
由利が病人と偽らされた上で幽閉の身になっている事実を加賀見が知れば、彼女は小路に一言物申さずには居られないだろう。
外の様子を殆ど知ることが出来ない由利にも、兵士達の口に上る管理料や戸籍についての話題から、父が絶大な権力を握り続けていることは分かった。
加賀見に、権力者の不興を買わせたくはない。
「由利は病気のこともあるから、私と一緒に庵の中からの花見になるけど。
それでも気晴らしにはなると思うよ」
「うん」
先の見えない不安な日々。
それでも一年ぶりの外界に少しは心が躍った。
二日後、朝から豪奢な衣装を抱えた加賀見が塔に入って来た。
「小路さんが用意してくれた服やで。綺麗やなあ」
加賀見は笑顔で着付けをしてくれる。
まずは重ね着した衣の上に、短いフレア袖付きの背子と裙。
背子の身頃と衣の袖口には鳳凰の文様が刺繍されており、薄暗い塔の中でも輝いていた。
裙の上からは、色とりどりのレースを何枚も重ねて複雑な色合いを出したオーバースカート。
赤い髪で宝髻を結ってもらい、花や水引の飾りを挿され、最後にサークレットを着けられてそこから垂れた水色のベールで顔を隠す。
すると生意気そうな雰囲気は鳴りを潜め、神秘的な『為政者の子息』が完成した。
「着替え終わりました」
加賀見が無線機に呼び掛けると、塔の内壁がブンと唸った。
まさかと思い見下ろすと、足を縛っていた枷が消えていた。
「行こう」
加賀見が由利に手を貸してくれて、塔の階段を下って行く。
小路がこんな豪華な衣装を由利に着せた理由ははっきりしている。
病身の息子を大事に想っているというポーズだ。
「加賀見が描いてた服の方が可愛いわ」
そう一言だけ文句を零してから、約一年ぶりの外界に足を踏み出した。
全身に陽の光を浴びるなり兵士に囲まれ、二階建ての馬車の二階へ加賀見共々押し込められる。
それを遠巻きに見ていた小路は、側近の久遠と共に一階に乗り込んだ。
そして花見の行列が浄世講を出発し、泥梨大路をゆっくり北上していく。
最短距離を行こうと思えばこの道を通ることは無いが、それでも小路が敢えて泥梨大路を選んだのは、人通りが最も多く、権威を見せ付けるには効率が良いからだろう。
由利の乗る二階建ての馬車と共に、深紅の旗を靡かせて凛と歩む兵士、駕籠の中から紙吹雪や花弁を撒く兵士の家族達。
沿道で拍手や歓声を送る人々の衣類が一年前より確実に見窄らしくなっているのとは対極の、絢爛なパレードだった。
衣傘 と呼ばれる町に差し掛かった時、人混みの中に一際身形の悪い子どもの姿が見えた。
ぼさぼさの長い黒髪、皴だらけの小袖で、懐を掻き抱きながら前屈みに突っ立っている。
少年の涅色の瞳が、馬車の二階を睨め付けてきた。そこでやっと由利は少年の正体に気付く。
「――佐久良」
半歩踏み出した佐久良の胸元から覗いたのは包丁と、爆弾と思しき筒であった。
殺意は明らかに由利を向いている。
何故、と由利が呆然としていると、真下の駕籠から子どもの甲高い話し声が聞こえた。
「さかなつりって何?」
「水の中に居る生き物をな、針に引っ掛けて陸に揚げるんや」
父親らしき男が教えてやる声もした。
「えー、なんか怖い」
「大丈夫やって、教えたるから」
瞬間、佐久良は凶器を懐に押し込んで、逃げるように群衆の中に紛れてしまった。
「どないしたん?」
加賀見が心配そうに言ったが、由利は何も答えられなかった。
泥梨大路を離れた佐久良は、安良池まで走って来ていた。
数か月掛けて材料を掻き集めて作った爆弾を池に投げ捨てる。
防水機能を付けるまでの余裕は無かったため、火薬は濡れて使い物にならなくなった筈だ。
波紋が凪いでいく水面をぼうっと眺めた後、その場に泣き崩れた。
殺せなかった。
浄世講の奴らなんて全員死んで当然だと思っていた。
しかし無邪気に話している父子を見た時、揺らいでしまったのだ。
復讐すべき相手はすぐそこに居た。なのに馬車の手前を通ったあの父子の間に流れていた時間はあまりにも穏やかで――両親や由利と過ごした時間に似ていて――そこに爆弾を投じることを躊躇ってしまった。
自分の復讐への覚悟は、その程度のものだったのか。
淀んだ水面を眺めていても時間は無為に過ぎていくだけだ。
パレードはとうに終わった。
重い足を引き摺って高田の家に帰り着くと、玄関の戸を閉め切る寸前で近所の人が声を掛けてきた。
「佐久良くん、良かったら食べて。
鮭のクリーム煮」
「……ありがとうございます……」
紙のフードパックを受け取って頭を下げ、再び扉に手を掛けると、慌てて呼び止められた。
「それだけやないねん。ちょっと土間入らしてもろてええかな」
「はあ……」
言われるがまま男を土間に迎え入れる。
両親の仕事場であった土間には、工具や作りかけの家具がそのままになっている。
男はそれらからは目を背け、抱えていた日用品を式台に置いて行く。
「佐久良くんが留守の間に、浄世講の人が来てはってん」
「ああ……どうも……」
両親の死後、浄世講は定期的に佐久良の元に生活必需品を送り付けてくる。
謝罪の意図が無いことは分かっていた。
『自らが行った虐殺による孤児』ではなく、『孤児となったDom』に施しをして正義に酔っているだけに過ぎない。
事実、浄世講はこれを善行として喧伝している。
敵からの施しを受けて育つ身体は、どんどん汚れていくかのようだ。
腹に入れば出処など知ったことではないという強がりと、もっと父や母の作った料理で育った自分でありたかったという本音が交互に現れて佐久良を苦しめる。
滅ぼされた親類の土地や遺産を整理してもらい、佐久良の手元には有り余る財産が渡ってきた。
それを管理料に喘ぐUsualに渡そうとしたこともあったが、怯えた顔で固辞された。
ならば匿名で、とも考えたが、また浄世講がUsualに盗みだの強請りだのと罪を擦り付けることが容易に想像出来たので、如何ともし難かった。
Domであるというだけで環境はどんどん恵まれていく。
しかしそこに浄世講が奪って行った人々が居てくれなくては何の意味も無い。
皆、佐久良をいじめた連中と同じUsualではあったが、彼らは佐久良のことは勿論、余所の新人類を見下す素振りも無い優しい人達だった。
なのに何故、由利は。
陰鬱な表情で黙り込んだ佐久良を見て、男は気まずそうに去って行く。
そのまま上がり框にへたり込んだ佐久良は何時間も屍のように沈黙していた。
しかし父の言葉が甦ってきて、見開いた眼に光が戻る。
『偉い人が何と言おうと、佐久良が心から仲良くなりたいと思う人が現れたなら、それがUsualでも新人類でも、壁の向こうの人でもロトスの人でも、好きになって良えんやで』
狂気から抜け出た頭で考えてみれば、浄世講の人々が皆漏れなく悪人という訳ではないだろう。
兵士の家族に一切の責は無い。
兵士にだって、虐殺に反感を抱いた者は居たかもしれない。
浄世講だからといって無差別に殺傷するのは、小路と同じ虐殺をしているだけなのではないか。
大人達が、急速な改革の黒幕は由利だと疑っている。
そういった説が出るだけの理由はある。
だから佐久良も由利を、小路と同じくらい憎んだ。
殺そうと決意した。
しかし復讐で塗り潰された心の奥に答えは有った。
由利と友達で居たい。
せめて話をしなくては。
そして彼が無実だと分かったなら今日のことを謝って、由利が病床でも退屈しないよう色んな話をしたい。
そしてもう一度あの強気な笑顔を見せてほしい。
佐久良が爆弾と包丁を手に近付いた時に見た、あんな絶望に染まった顔は、二度とさせない。
夕暮れの町を駆け抜け、佐久良は清須美園へ向かう。
しかし辿り着いた頃には浄世講の宴は撤収された後で、無人の庭園には、かつて両親と共に見た桜の花弁が音も無く降っているだけだった。
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