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四十九話※ 二人遊び

 昼のネオ南都を、佐久良は買い物籠を持って食料や日用品の買い出し、野戦築城に関する資料の受け取りの為に歩いていた。  ネオ南都の住人らしく、ヒールが背骨を模したデザインのパンプスを鳴らして颯爽と歩く。  網のストッキングに包まれた脚を見せた大胆な作りのイレギュラーヘムスカートの上にはクリノリンスカート。  編み上げリボンでチョーカーに繋がったタンクトップの上に、培養レザーのライダースジャケット。  毛先を巻いた髪をスタッズのヘアゴムで一つに纏めており、耳には今日も紫色のタッセルが揺れている。  周囲の視線を一身に集めているが、当の本人は脇目も振らない。  いつもに比べて息苦しく、荷物は重く感じる。  由利のドロップが流れ込んできているのだ。  外出にあたって、由利から一つ頼まれ事をしている。  田中家の二階のベランダに設置されている邪機避けの照明を掃除してきてほしいと言われたのだ。  六坊商店街での買い物を終えると、二井市場の田中家を訪れる。  春らしいギンガムチェックのワンピースに赤いボレロ、カンカン帽を身に着けた三善が、店を一旦閉めて昼食の準備をしているところだった。 「佐久良ちゃん。由利は元気か?」  三善は努めて明るく訊ねてくる。  仮の番になったことを言えば三善は安心するだろうが、由利の名誉を傷付ける気がした。 「ゆっくりではありますが、治療は順調です。  今日は由利に頼まれて、邪機避けの灯りを掃除しに来ました」  佐久良は曖昧な返答でどうにか誤魔化す。  そうか、と三善は頷いた。 「そら助かるわ。  はたきも雑巾もベランダに揃ってるから、お任せするわ」  一任され、佐久良はオーオンと交戦した夜ぶりに由利の部屋へ足を踏み入れた。  生活感を色濃く残す無人の和室は、幼き日に味わったあの喪失感を蘇らせる。  仇を討ち、狩りや鍛錬に没頭するようになってからは、忘れることが出来ていた感覚だ。  記憶として両親の死を思い出すことは多々あれど、当時の動悸がそのまま襲ってくるのは久々だ。  これもドロップによる精神への影響なのだろう。    佐久良に負けず劣らず壮絶な経験をしてきた由利が何倍も重いドロップに苦しんでいると考えると、改めてぞっとする。  手早くベランダの掃除を終え、ついでに室内も軽く掃いておこうかと屋内用の箒を探して押入れを開ける。  目当ての物はすぐに見付かったが、取り出した拍子に柄に絡まって出て来た物があった。  低周波パルスを人体に流す為の機械だ。  これは幽閉を脱して間も無く由利がSwitchであったと判明した時、サプレッサーを服用出来ない彼の為に佐久良と夏目が相談して贈ったものだ。  被虐の欲求が出ていなかった当時はぴんときていなかったようで、贈り物に対して不思議そうな顔をしていたが、今では使い熟しているらしい。  機械の使用感が、由利の苦労を忍ばせた。  抑えようのない被虐性を鎮めようと腹や尻にパッドを押し当てて、この部屋で孤独に悶える由利の姿を想像してしまう。  本能のままに自身を痛めつける、決して誰にも見られたくないであろう行為がこの場で繰り広げられていたのだろう。  仮契約を結んでからサプレッサーは飲んでいない。  サプレッサーによるホルモン制御は番及び仮の番との繋がりを阻害する可能性がある、とはパッケージにも記載されている注意事項だ。  服用中止のせいか、佐久良の脳はいつもと異なる反応をしてしまう。  加虐の欲求が濃すぎるのだ。  由利の秘め事を暴きたい。  誇りをへし折り、屈辱で塗り潰し、現し世を忘れさせて二人きりの世界に引き摺り込みたい。  今までは模糊としていた望みが、はっきりと像を結んで佐久良の血を燃え立たせる。  これこそがDomの本来の生態という訳だ。 「プレイに使えそうや……うん、ドロップを治す為にやる価値はある……」  震える声で、珍しく独り言を発しながら、機械を買い物籠に突っ込んだ。  何か持ち出すなら三善に断った方が良いかとも考えたが、物が物だけに黙っておくのが由利の為かもしれない。  声に出してまで自己を正当化しようと試みても、由利とのプレイが待ち遠しくて堪らないということに変わりは無い。  浮かんでくる不埒な想像に困惑しつつも部屋を粗方綺麗にして、三善との世間話もそこそこに帰路に就いた。  家の玄関を開けると、見世の間と中の間にわたって身を投げ出し、倒れている由利が居た。  ドロップのせいでこうなっているのかと焦ったが、物音に気付いた由利は、佐久良の心配を余所に緩慢な仕草で起き上がる。 「おかえり。変なところ見せてしもたな、疲れてうとうとしてたわ」 「疲れたって……何したんや」 「佐久良にしんどいのなんぼか持って行ってもろたから、スクワットとかプランクとか久々に軽くやっててんけど、やっぱりまだきついわ」 「当たり前やろ」  自分を大事にしない由利の性格は、強さの根源でもある。  それを否定するつもりは無いが、苦しげにしている彼を見てしまうと不安になる。  上がり框に籠を下ろしながら、ぽつぽつと由利を問い詰める。 「何で筋トレなんかしたんや」 「近くに佐久良が居らへん時はグレアの練習したらあかんって、佐久良が言うたんやろ」 「そらグレアよりは危なくないけど……」  新人類の生態については未知の部分が多い。   Dom神経を使ってドロップに悪影響を及ぼすよりは体性神経を酷使する方がましだ。  とはいえ由利の行いは褒められたものではなくモノノベのリーダーとして監督しなくてはならない。  ただ、これ以上叱り付けると、不安にさせられたことへの怒りが滲み出てしまいそうだったので佐久良は口を噤んだ。 「無茶はするな」  それだけ言い残し、手を洗いに洗面まで行く。  表情は変わらずとも内心は乱れきっている佐久良を心配するかのように、鹿島が中庭からこちらを見上げていた。  うがいをする佐久良の背後を、買い物籠を持った由利が通り過ぎて行く。  食材を冷蔵庫に入れておくつもりなのだろう。  暫くすると、料理房の方から野太い悲鳴が聞こえた。  そういえば低周波機器が買い物籠に入ったままだった。  料理房へ行くと案の定、機械を手にした由利が紅潮した顔を顰めていた。  鋭い眼光が、佐久良を睨み付ける。 「さくっ、佐久良、これ……!」  戦場では何があっても冷静な由利だが、Subとしての本能に触れられると人並みに慌てる姿も垣間見える。  それが可愛くて仕方なかった。  誇り高く恥の意識が強い気質のSubだなんて、最高に甚振り甲斐がある。  華奢なSubには魅力が無いという言説など、由利の前では崩れ去る。 「それ持って奥の間で待っとけ。Go(行け)」  反射的にコマンドを出していた。  機械を持ったままぎくりと跳ねた由利を見て、佐久良は我に返る。  由利に見惚れるあまり、欲望のままにコマンドを出してしまった。  しかしSubが動揺して脳がまともに働いていない時こそ、深いスペースに入らせることが出来る筈だ。  この失敗は利用出来る、と佐久良は即座に判断を下した。 「はい、佐久良様」  佐久良の内心など知らない由利は、突然始まったプレイにやや戸惑いつつも、ドロップを治すという目的の為に従順に奥の間へと消えて行った。  不審な人間共を見た鹿島が短く鳴く。  買ってきた食材を冷蔵庫に放り込み、日用品はその場に放置したまま奥の間へ向かう。  いつも使っている事務机の側で裸同然の由利がタオルで汗を拭っているのを見てしまった佐久良は、敷居の上で思わず足を止めた。  きょとんとしている由利に、縺れそうな舌を必死に回しながら、言葉責めの振りをして疑問を投げ掛ける。 「それ使う時はいつも、こんな際どい格好して悦んどるんか?」 「いや、電気流すのに金属付いてたら危ないから脱いだだけ……やねんけど、そんなに際どいやろか」  指摘された途端、由利は眼を泳がせる。   確かに由利が着ていた服は、例によって金属パーツが多用されたパンキッシュなものだった。  新人類は、Usualなら感電してしまう程のエレクトロウェアを身に着けられる。  その新人類が痛いと思える電流を扱うのだから、使用には注意を払わなくてはならない。  由利はドロップで一時的に電気への耐性が少し低下しているので尚更だ。  一緒に風呂に入る日々が続き、裸なら何度も見ている。  なのに、ウエストと後ろは紐同然、前身頃は赤いシースルー生地の下着を穿いた由利が、普通であれば服を脱ぐことなど無い仕事部屋に居る――それだけで誘惑されているかのような錯覚に陥ってしまう。  スキニーパンツに線が浮き上がらないようにソングを穿いているというのは重々承知している。  何なら佐久良も似たようなものを穿いているが、慕う相手の肢体というのは別格だ。  自律神経にまで性的興奮が伝わらないため二人には不可能だが、布の奥に秘された器官をどう用いて交わるかは本で学んだ。  布越しにそれをちらつかされ、いつか由利の内臓までをも蹂躙出来たら、と有り得ない想像が過る。  低周波で彼を虐めるというだけでも一杯なのに、あらぬ妄想まで加わって佐久良の心ははち切れそうだった。 「服脱いで汗拭いてたってことは、俺の意図は伝わっとるようやな。  当たり前やんな、その機械で散々やってきたことやもんな」  書類や文房具を端に寄せ、木目の艶やかな机の上に由利を座らせる。  まだ覚悟の決まっていない彼の前に立ち、低く告げる。 「多くは言わん。  ただ、いつも通りの由利を……Present(晒せ)」  たった一つのコマンドが、由利の心理の間隙に刺さる。  恥じらいの抜けきらないぎこちない仕草でパッドを太腿に押し当てると、流れる電力を徐々に引き上げていく。  痛みを受け取った脚の筋肉に力が籠もる。  それを見た佐久良の全身を、ぞくぞくとこそばゆいような感覚が通り抜けた。  佐久良のDom神経がグレア以外で活動するのは初めてのことだ。  暫くして由利の息が乱れてくる。  パッドの位置は先程よりも脚の付け根に近付いている。  あと数分も続ければスペースに入るだろうと佐久良が考えていた矢先、由利は低周波の電源を切った。 「終わりました……けど」 「え、あ、うん」  これには佐久良も戸惑った。  悶える姿を見せたくなくて嘘を吐いているのではとも考えたが、真剣にドロップを治そうとしている彼がそんなくだらないことをする筈が無い。 「いつもそんなはよ終わってんのか」  想像していた光景を見られなかった落胆を隠しながら訪ねる。  由利は首肯した。 「ああ」 「場所は、脚だけ?」 「せや。  あ、俺の『いつも通り』やとプレイに都合悪かったか」 「まあ……そういうことや」 「SubでもUsualでも、何やったらDomでも、低周波で自慰行為する人が居るってのは知ってるで。  やけど俺は痛めつけられてる雰囲気がSub神経に伝われば十分って感じでやっとったから、これ以上続けても気持ち良くなれへんと思うわ」  機械を片付けようとする由利の動きを、佐久良がコマンドで止めた。 「Stop(止めろ)」  コマンドに縛られた由利は、驚きを含んだ眼で『支配者』を見上げた。 「確かに、電流だけで善がるには習熟が必要や。やけど今の由利には俺が居る。  命令を聞くだけで身体は疼くし、スペースに入ることも出来る。そうやろ」  由利の両膝を掴んで脚を開かせ、再び命じる。 「Do it(やれ)。今度はもっと、脚の付け根に近付けて」 「はい……」  由利は言われるがまま、急所すれすれにパッドを押し当てて電源を入れる。  不随意に響く痛みはSub神経を慰めはすれど、直接的な快感を生みはしない。  それなのに由利の表情が蕩け、息が乱れてしまう原因は、全て佐久良の存在にあった。  電気刺激のせいで意志を関係なく跳ねる脚は、心地良さに打ち震えているのだと屈辱的な誤解を受けかねない。  急所を掠める電流や、無防備な体勢には、生物的な不安を煽られる。  そんな様が全て、佐久良の涅色の瞳に収められているのだ。 「ほら、股開きながらやったらこんなに気持ち良い。  もう脚揃えてお行儀良うなんか出来ひんな」  憐れむように佐久良が言った。  程なくして由利がスペースに入ったのを見届けると、腿を撫でてやる。  戦場から暫く遠ざかっていても数多の傷が癒えずに残る、生熟れの果実のように硬い脚だ。 「由利、今度はこっちやろっか」  佐久良は指先を滑らせ、由利の尻を突いた。  由利は軽く膝を立てると、示された箇所にパッドを当てる。  あまり豊かではない丸みに痛みが走ると、由利の顔が切なげに顰められた。  どうしても乗馬鞭の打撃と比べてしまい物足りなさが湧き上がる。  鞭と違って、被支配欲を満たすあの乾いた音が鳴らないのも原因だ。  電気よりも鋭く突き刺さる佐久良の視線に恥じ入りつつも手を伸ばし、機械の出力を上げた。  自ら苦痛を貪る由利の頭上で、怒っているとも笑っているともつかない形に佐久良は眼を細める。 「あと二回スペース入るまでContinue(続けろ)」 「はい……」  由利は自身の中で非常にまずい現象が起こりつつあることに気付いていた。  表皮が鋭敏に低周波を拾い、Sub神経とは無関係な所で喜悦に変換し始めたのだ。  佐久良に調教されて、この短時間の内にも肉体が変化してきている。  ドロップを治しきって元の生活に戻った時、従来のやり方で欲求を鎮められるのか不安になる――それ程に、佐久良はDomとして鮮やかに君臨していた。  そのまま二度目のスペースを迎え、パッドを腹部に当てて暫くしてから三度目のスペースに入って命令されていた回数を熟した。 「Good boy(良い子)」 「うう……」  由利を机から下ろしてやろうと、佐久良は彼の手を取る。  しかし由利は卓上に留まったまま、佐久良に尻を向けて丸まった。 「アフターケア? するんやったら……ちょっとぶって欲しい」  リーダーをやれだの刀に名前を付けろだのと、今まであらゆることを無遠慮に押し付けてきたあの由利が、か細い声で哀願してくる。  弱々しい力で、佐久良の手は由利の腰に導かれた。  アフターケアはDomが無条件にSubを可愛がる時間のことだ。  撫でたり好物を食べさせたりするのが基本動作とはいえ、Subが喜ぶことをしてやるのが本質である。  佐久良は深呼吸一つすると、由利の尻臀を平手で打った。  四回も叩けば、燻っていたものが爆ぜたかのように由利の喉から呻き声が漏れる。  痺れと心弛びで脱力した由利を、ドロップによる弱体化のせいでもたつきながらも抱えると、畳に横臥させた。  脱ぎ捨てられていた服を集める佐久良に、由利は気怠げに話し掛ける。 「桜は咲いとるか」 「早い種類は満開や。  大抵は満開寸前ってところやな」 「そうか……」  今年の花見は諦めようと言わんばかりに沈んだ由利の顔を、佐久良はじっと見下ろしていた。  上体を起こして服を着る由利に、佐久良が言う。 「低周波の機械、役立ててくれてたようで何よりや」  すると由利は、少しむくれた表情で佐久良を睨んだ。 「人がせっかく話題逸らしとったのに。  まあ確かに、あれ貰てたお陰で、初めて欲求出た時に慌てんと済んだから感謝はしとるで。  幽閉脱してすぐは、まさか自分が買い物でこないに不便被るとは思てへんかったし……」  その機械も、佐久良とのプレイのせいで物足りなくなりそうだけどな――とは言わずにおいた。 「せや、コマンドを疑似体験出来る音声みたいなやつあるやん。  そういうのも買うてよ」 「あかん」  ドロップが治って仮の番の関係が切れた後、佐久良が残した穴を埋める為に音声作品を使えば良いと思い立って言ったのだが、佐久良には何故か食い気味に拒否された。  由利から不審そうな目を向けられ、やらかした、と佐久良は内心焦る。  由利が自分以外の「Strip(脱げ)」だの「Crawl(這え)」だのを聴いてそれに従う様を連想してしまっただけで、世界中の音声作品を破壊してやりたいと考えてしまったのだ。  完全に嫉妬している。  しかしそんなことを正直に告げる訳にもいかない。 「録音されたもんやと二回目以降はどんなコマンド下されるか覚えとるやろ。  それやと、次は何されるか分からへんっちゅう不安がどんどん薄れてまう。  不安は支配被支配にとって重要な構成要素。  つまり音声作品はコスパが悪い」  適当にそれっぽい理由を並べ立てたのだが、由利はすっかり納得してしまったようだった。  ころっと騙された彼が憐れになり、代わりに佐久良の方から提案してやる。 「タイマー付きの手錠とか、肌に垂らす用の蝋燭とかなら買うたるけど」 「いや、いい。  一人でそういうの使て事故ったら周りに迷惑掛けてまうし」  単身で拘束や目隠しをした状態で火を扱ったりするのは、いざという時に動けないので確かに危険だ。  結局、低周波以外に由利が使えるものは何も無いということになった。 「実用的な贈り物は思い付かんけど、困った時は真っ先に俺に相談しろ。  オーオンを倒した後でも頼ってくれて良い」  好意を明かしてはならない佐久良が望める最大限のものがそれだった。  しかし由利に、そんな複雑な想いは届かない。 「おう、部下の健康管理に熱心で素晴らしいリーダーやな。  さすが、俺が見込んだだけある」  鑑識眼を誇るように背筋を反らす由利を、それ以上何も言えずに佐久良は眺めていた。

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