54 / 76

五十三話 仲間

 由利と夏目が中の間で、邪機の死骸を砕いている。  浄世講崩壊から半年が経ち、由利の生活が激変したのは当然だが、夏目の周辺にも色々と変化があった。  夏目は両親の家で共に暮らすことを断って暦町から南東に一キロ程離れた(さいわい)町で一人暮らしを始めた。  父のことを居ないもののように扱っていた彼だが、心境に変化があったのか、最近は時折暦町を訪れているという。   また、蛍光色に染めた毛先をばっさりと切り、セミロングの黒髪になった。  痛んだ箇所を切ると同時に、気分転換をしたかったらしい。  由利から見て最も変化が大きかったのは、夏目がモノノベのメンバー間で敬語を使うようになった点だ。  年長者は夏目だがリーダーは佐久良だと対外的にも強調する為だろう。  口下手二人が無言で手を動かしていた空間が、一気に騒がしくなる。  栗栖と井斗、浪越の三人が道場から戻って来たのだ。  豊井井斗は十四歳の少年で、ボブカットにヘルスゴス風の黒い臍出しジャージを着ている。  長身と整った顔立ちを誇るような佇まいだ。  Domなのでインナーや手足などにエレクトロウェアを多く身に着けているが、シンプルなスタイルを崩したくないためか、機械特有のごつごつしたラインが出ないように着熟している。  桑山浪越は井斗と同い年の少年で、綿飴のような質感の髪と優しげな顔をしており、井斗よりも随分親しみやすい印象を与える。  パステルカラーのパーカーとブルゾンやチェックのズボンという所謂フェアリー系の服装に身を包んでいる。  訓練の成果としてUsualにしては多くのエレクトロウェアを装着しており、電流は強くないながらも胸に血流の強化パーツ、手にはパワードグローブ、靴も脚力を助けるものを纏っている。 「なあなあ、由利さんと夏目さんはパクチー好き?」  言いながら浪越は椅子に座る。 「普通」 「私は好きですよ」  何のことだ、と思いつつも、浪越が栗栖に負けず劣らず調子外れなことを言い出すのはいつものことなので、二人とも適当に答えてやる。 「あ、夏目さんは好き派? 井斗ってば酷いねんでー、パクチーってアブラムシのジュースサーバーのことやろ、なんて言うねんから」  ぷりぷりとしている浪越の横に、悪びれる様子の無い井斗と、苦笑している栗栖も腰掛ける。 「別にそこまでは良えんやで?   でも井斗がパクチーは美味いか否かこの試合で白黒付けようって言うて僕のことボコボコにしてきてん!   どんな神経してんねん」 「負ける波越が悪い」  井斗が一言、浪越に反論した。  二人は睨み合う。 「はいはい、仲良し仲良し」 「良うない!」  雑に締め括ろうとする栗栖に、井斗と浪越が吠えたのはほぼ同時だった。 「しかし井斗、アブラムシ云々なんてよう知ってましたね。  家で何か育ててはります?」  夏目が何気なく訊ねる。  世界中の農地は汚染されているが、採土場ならば汚染を逃れ、ロトスに埋もれず、また邪機の生息域と被らなかった地もある。  そういった所から採れた土を鉢に入れ、植物を育てるのが流行していた。  安全な食物は全てラボで培養しているので、鉢で育てる行為は育成ゲーム感覚だ。 「別に、何もっ」  軽く訊いただけの夏目に対して、井斗はやけに強く否定した。  しかし井斗がつっけんどんなのは今に始まったことではないので、それを気にする者は無かった。  その時聞こえてきたマリシテンのモーター音に、皆が顔を上げた。佐久良が帰って来たのだ。  バイクと共に土間に入って来る佐久良を五人で迎える。 「今夜は南東。数はそないに多くない」  佐久良が報告した。  陽が傾き始めると当番の者が安良池街道の辺りを一走りして、鹿の反応でホルモノイド濃度を確認しに行くのだ。  そうして邪機の出現を予想する。 「折角全員揃とるし、二手に別れるか。  俺と夏目と栗栖は灯籠遺跡に少し踏み入る。  由利と井斗と浪越は能登川を遡る形で探索してくれ」  佐久良がメンバーの出撃を割り振る。  鍛錬や実戦経験を積んでいる由利、佐久良、夏目と違って他の三人は生まれてから十余年一度も本格的な武器を手にしたことがない。  その三人にも実力差はあり、本人曰く野生の勘なるものが優れている栗栖の戦闘センスはずば抜けて高く、一方の井斗と浪越は四カ月の猛特訓の果てにやっと戦場に出せるまでになった程度だ。  なので邪機の巣に片足を突っ込むことになる灯籠遺跡での狩りには佐久良と夏目が援護する形で栗栖を連れて行き、ただの人気が無い川沿いの道には由利が井斗と浪越を率いるという采配となったのだ。    体を動かすのは好き、武器が浄世講に占有されていた時でも鉄パイプで邪機を殴り付けて追い払った事なら何度もある。  好きかつ得意なことをして高い収入が得られる最高の仕事じゃないか――それが、井斗がモノノベに入った動機であった。  快楽主義でドライな井斗に対し、浪越がモノノベに入った理由は、浄世講を倒した佐久良達に憧れて自分も強くなりたいと思ったからという可愛らしいものだった。  そんな二人を連れて、由利はマリシテンを詰所の南東へ走らせる。  右手に能登川と廃屋、左手には鎮守の森から覆い被さるように伸びる木々という寂しい道は、入るなり邪機が襲い掛かって来る。  カノエサルという名の大太刀を抜いて、行く手に群がる邪機達へ突入しようとする井斗に、由利は無線で呼び掛ける。 「井斗、戻れ!」 「……へーい」  さほど多くも大きくもない邪機の群れを相手にするのなら、こんな狭い道に一人で突っ込んでいくよりも、他の場所に誘い込んで三人で連携する方が優位を取れる。  呼び止められれば井斗も由利の考えを汲み取ったらしく、ガスマスクで半分隠れた顔をつまらなさそうに曇らせながら急転回してきた。  撤退する振りをしながら、三人は広い庭を持つ廃屋に逃げ込む。  元は何かの施設があったそこで、バイクから下りた浪越はすぐに屋根に上り、笠塔婆による狙撃を始める。    井斗はバイクに乗ったまま庭を駆け、走行の勢いとカノエサルのリーチを生かしながら邪機を叩き斬る。  由利は遊撃隊として縦横無尽に動き回り、井斗と浪越をレーザー銃で狙うものやカビを撒こうとするものを破壊していく。  すぐに辺りは静かになった。  死骸を集めながら由利は話す。 「浪越の狙いはどんどん良うなっとるけど、やっぱりまだ迷いがある。  もう少し自分の判断とか実力を信じた方が良い。  難しいとは思うけど、このまま訓練と実践を積んでいけば良うなるから」  浪越の最大の弱点は、心配性な気質だ。  最近の彼が道場で行っている練習は、機械で空中に射出されたディスクのうち無地のものだけを撃つという内容だ。  無地ではないものには栗栖が可愛らしい動物の絵を描いてくれており、そのため心優しい浪越は的確な判断と瞬発力で無地のものに狙いを定めようと強く意識する。  それでもまだ「猫ちゃんを撃ってしまうのではないかと躊躇している間に、無地のディスクを一つ撃ち漏らした」ということがある。  因みに絵を描く担当が栗栖になったのは、由利が動物を描いても浪越がそれと認識してくれなかったからだ。  「井斗は、周りの敵と仲間がどこに居るか、何しとるかちゃんと見ろって忠告は聞いてくれとるようやな。  ただ地形を考慮して戦う能力はまだまだや。  過去の戦闘データと狩場の地図をもう一ぺん頭に叩き込もか」  自身の勘に頼ってひたすらに前進する井斗の戦い方は、モノノベの中で最も由利と似ている。  ただ由利と比べると狡猾さが無いため、戦術的な穴に足元を掬われて怪我を負うことが時折ある。  なので剣やグレアの鍛錬以上に、佐久良や夏目が纏めてくれた資料を共に読み込んで戦闘のシミュレーションをすることに重点を置いていた。 「はーい、由利兄ちゃん」 「うっす。なあ、もうこの辺には邪機は湧かへんやろ?   はよ佐久良さん達に合流して暴れ回ろや」 「はいはい」  にこにこしている浪越と、まだまだ戦い足りない井斗の視線を受けながら、由利は佐久良と無線で連絡を取った。  彼らに指導している由利にも、勿論他のメンバーにも欠点はある。だからこそ、この六人で補い合える仲間になれると思っていた。

ともだちにシェアしよう!