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六十三話 新人類の真実
佐久良の暴走を目の当たりにして、由利のドロップは再び悪化した。
酷いデバフは暴走状態から解き放たれた佐久良にも流れ込み、二人とも憔悴しきっていた。
どうにか寝間着を替えると、佐久良は気絶するように眠ってしまった。
それを見届けてから由利は料理房に入り、棚から薬のシートを出した。
青緑色の錠剤――サプレッサーだ。
シートを破り、掌に転がした錠剤を口に放り込もうとした瞬間、低い音が耳を劈く。
「Stop!」
それが佐久良のコマンドだと頭で認識出来るより早く、身体が停止していた。
回廊を渡ってくる佐久良は、この上なく怒気を帯びている。
並のグレアよりも凄まじい気迫だ。
しかし由利だって考え無しにサプレッサーを手に取った訳ではない。
拳に錠剤を握り込んで、佐久良を睨み返した。
「どういうつもりや、由利……」
「俺がサプレッサーで被支配欲を抑えたら、少しはドロップがましになるかもしれへん」
薄暗い料理房を、薄紫色の曙光が少しずつ染め上げていく。
その中で二人は対峙した。
「いかれたんか?
Switchがサプレッサーを飲んだら……」
「ショック症状で死の危険性、やろ?
危険性があるだけや、必ず死ぬ訳やない。
それに、死んだかて構へんと思っとる」
由利の言葉を聞いて、佐久良の瞼がぴくりと震えた。
しかし気にすることなく由利は続ける。
「俺が死ねば佐久良は今すぐにでもドロップのデバフを受けへんくなる。
オーオンの目的かて形無しやろ?
二人してドロップになったままオーオンと戦っておっ死ぬよりは、佐久良だけでも生きとってくれた方が、俺にとっては真の勝利や」
これが最も合理的な判断だと、佐久良だって知っている筈だ。
ただ彼は納得していないだけなのだ。
当然だ。
佐久良どころか、由利以外は誰一人として、新人類という生物の哀れさを知らないのだから。
「あかん、由利。
そんなん、由利を嫌っとる奴らの思うつぼに……」
「新人類は自然が生み出した神聖隊。
プレイに用いるグレアが戦場でも使える、邪機にも効くと知った時、新人類共は喜んだらしいけど、ほんまは逆。
邪機の脅威に晒され続けた人間が戦闘に特化した変異を遂げたのが真実。
……小路が俺に言うたことや。
意味分かるよな?」
初めて、一人で抱えていた秘密を明かしてしまった。
真実を聞かされた佐久良は説得も忘れ、呆然と立ち尽くす。
「グレアが邪機に効くって分かったのは、プレイでのグレアの使い方が確立した後やったから、皆順序を見誤ったんや。
俺達はダイナミクスを戦いに利用しとるんやなくて、戦う為にダイナミクスを背負わされた。
そういう生物」
自身を困らせる本能を利用して戦うことに新人類としてのアイデンティティを見出していたのは、佐久良も例外ではなかった。
余りの内容に衝撃を受けてはいたが、同時に腑に落ちたこともあった。
『強く進化しすぎても、良えこと無いんかな……』
鮫を見た時に由利が溢した一言が、ずっと気になっていた。
由利が強さに対して否定的なことを言うのを、その時初めて聞いたからだ。
しかし今なら分かる――鮫の強さが自ら得たものではなく、進化の過程で自然から与えられたものだったからだ。
まるで新人類のように。
「なあ、Subの腺が何で仮契約のは身体の末端に、本契約の方はうなじにあるか分かるか?
仮契約の腺は、欠けてもどうにかなる所にあるんや。
俺の左手の腺なんかご丁寧に、刀を握るのに一番影響が少ない薬指の辺りに発達しよった。
やけどうなじは傷付いたら命に関わる。
つまり、番を作ってグレアの力を最大限発揮して戦うのが新人類の使命、それが出来ひんのやったら首でも捥がれて死んでまえって言いたいんや。
この身体は」
「……気付いたれへんくて悪かった。
そんな事実を、由利は今まで一人で……」
「せや。
戦えへんのやったら、強くなれへんのやったら、生きる意味あらへん。
哀れやと思うんやったら、死んでも良えからこの本能から解放してくれ!」
喚く由利の手首を、佐久良はきつく掴んだ。
「由利は浪越が死んだ時も、強くなれへん奴は死んで当然やと思っとったんか」
酷い言いように、由利はますます激昂した。
「そんな訳あらへんやろ!?」
「やろうな。
由利が浪越に死んでほしなかったように、俺は由利に死んでほしくない!」
佐久良に叱り付けられ、由利の拳が緩む。
加賀見が死んだ後、誰よりも強くなって剣術を体系化すると誓った。
それこそが人生を賭けた目標であり、叶う見込みが無いなら生きる価値など無いと信じた。
それが今、初めて揺らいだ。
「本能のせいで苦しんできたのに、その上死なせるなんかさせへん」
抱き寄せられ、由利は佐久良の腕の中にすっかり収まってしまう。
呆気に取られている間に、由利のうなじに鈍い痛みが走った。
痛みの意味を悟り、由利は息を呑む。
流れ込む佐久良の遺伝子を、繋がる『番』の結び付きを全身で感じる。
合理性を欠いた佐久良らしからぬ決断が、伝わってくる佐久良の想いが、由利の頑なさを打ち砕く。
いつだって佐久良は、本人以上に由利を見てくれていた。
その視線は決して一方的ではなく、幾度も交わっていた。
ただ、人から機械に至る特異点と評される程に凍り付いた由利の心が、気付かない振りをしていただけ。
一度でも自分と向き合ってしまえば、恋だなんてSwitchにとってはデメリットにしかならない感情に囚われてしまう――それが怖くて封印していたのだ。
夢に見る程に焦がれても、何かと理由を付けて、夢が願望を映していることを否定した。
強くて賢くて美しい佐久良を独り占めしたい、だなんて考えてしまわないように。
佐久良が由利と同じ気持ちでその涅色の目を向けてくれている筈がない。
佐久良程の美しいDomが、Subとして劣る由利を好きになるなど有り得ないのだ。
どうせ叶ったところでデメリットを抱えるリスクがある恋なのだから、当たり前のように振られて友人ですら居られなくなるくらいなら、想いなど告げない方が良い。
由利の掌中から滑り落ちた錠剤が床にぶつかる音と同時に、佐久良が由利のうなじに埋めていた顔を上げた。
突如、佐久良は頽れた。
由利から流れ込んだ酷いデバフによろめいたのだ。
「佐久良!」
慌てて佐久良を支える由利に、震える声で佐久良は囁いた。
「自分が弱くなるより、由利が苦しんどる方が辛い。
由利は大切な……仲間やから……」
「ごめんな。
ドロップが治ったらすぐ番を解消するから」
番の解消なんて永遠にしなくても良いのに、と思ったが、佐久良は黙っていた。
佐久良の判断は合理的ではない。
しかし彼の信念になら命を預けても良い、佐久良の判断はいつだってモノノベを、由利を良い方向に導いてくれたのだから。
『大切な仲間』として、由利は蹲る佐久良を抱き締めた。
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