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七十四話※ 初夜

 佐久良はやすりを置いて、椅子から腰を浮かせると由利を抱き締める。 「恋人が色っぽい格好で初々しく誘ってくれてるのに早寝出来る程、俺は良い子やない」  由利からプレイを切り出されるのはこれが二度目だ。  あの時と決定的に異なっているのは、悲哀が二人を隔てていないということ。  机の引き出しから小型の機械を取り出し、佐久良は由利を腕の中に収めたままベッドへ倒れ込んだ。 「Look(見ろ)」  命令しながら佐久良が機械を操作すると、天蓋から垂れる蚊帳にパッと映像が投影された。  まず目に付いたのは、ツーブロック風に髪を編み込んだ佐久良の後頭部を斜め上から見下ろしている光景。  場所は奥の間だ。 「誓って言うけど、これは自分の欲望の為に撮った訳やない。  ドロップを治すのに使お思てたんや。  でも、由利にこの映像を見せたかったのはほんま。  見せて辱めたかったし、この綺麗な眺めを分かち合いたかった」  囁かれているうちに、由利にも映像の詳細が把握出来てきた。  佐久良の向こうに蠢いているのは、過去の由利自身だ。  パラシュートシャツをきっちり着込んでいるにも関わらずボトムスは穿いていない状態で、アイマスクを掛けられている。 「なっ……」  由利が呆然としている間にも再生は進んでいき、佐久良が無防備な由利の尻を赤くなるまで叩く様が克明に繰り広げられる。  見ているだけでも、打たれる痛みや佐久良に身を預ける喜びを思い出して全身がもじつく。  終いには、佐久良になら何をされても許せるだなんて思考に既に堕ちきっていた当時の記憶が呼び覚まされ、余計に恥ずかしさが増した。 「Hand(お手)」  コマンドに従って由利が佐久良の右手に手を置くと、指がするりと絡められた。 「綺麗やろ?   引き締まった肉が叩かれる度に小さく揺れて、たまに筋肉がぎゅっと収縮すんの」 「そらどうも……」 「この頃にはもう由利のことが好きやって自覚してたから、生殺しで辛かったな」  眼前では過去の由利がスペースに入っている。  そして今も、また。 「俺もっ……こん時、佐久良に責められるの嬉しくてしゃあなかった」  記憶の中と同じ啼き声が喉を裂いて溢れ出した。  絡む指と指に、力が籠もる。 「痛いことされてへんのに、恥ずかしさだけでスペースに入るんや。  どんどん被虐に敏感になってきてる」  そう言う佐久良も、Dom神経が満たされて昂っているようだった。  造り物のように整った顔に熱が灯っている。  心理的に追い詰められるのも好きだが、肉体的な痛みをわざと与えられずにいると焦れてくる。  由利の貪欲な内面が、瞳の僅かな揺らめきとなって佐久良を射た。  繋いだ手を口許に持ってきて、由利の手首に噛み付くことで佐久良は応えた。  明瞭な痛みを与えられ、皮下を走り抜ける法悦に由利の全身が打ち震える。  映像はいつの間にか終わっており、静寂の中、由利の上擦った呻き声と、佐久良の唇が鳴らす微かな水音だけが響く。  手首に透けた静脈の上に欲心の環を刻み付けたのを確認した佐久良は、身体を起こすと由利に覆い被さった。  次の標的となったのは耳だった。  赤い髪を軽く掻き乱しながら、吐息混じりに耳朶を噛み、時折舌を差し入れる佐久良の獣性に、由利は屈服するしかなかった。  手を伸ばした先で触れた蚊帳を思わず握り締めながら、由利は再びスペースに入る。  トランス状態が持続している間、佐久良は歯を突き立てるのを止め、由利の火照った耳朶を舌で撫でていた。  スペースの波が過ぎ去っていく頃合いを見計らって、佐久良は由利の顔を覗き込む。  愛する人の望みならば何でも聞いてやる、その代わり死んでも逃す気は無い――そんな、包容力という形の檻が心に宿っているのを隠そうともしない視線が、由利には心地好い。 「由利。今一番由利に喜んでもらえそうなアフターケア、当てて良いやろか」  恋人を傷付けまいと悩んでいるうちにおかしな思考に陥ってしまった佐久良のことだ。  由利の意識がはっきりするのを待ってからお伺いを立ててくるなんて、いかにも彼らしい。  その割には、由利がどう返事するかについて妙な確信を抱いている表情だが、そんなところも愛おしい。 「ああ、やってみて」  由利は挑発的に、掴んでいた蚊帳を手繰り寄せて自身の顔を覆った。  すぐに蚊帳は捲られ、二人の目線が正面から交わる。  佐久良の方から、そっと唇が重ねられた。  鶯山で佐久良の本心を知った時に匹敵する多幸感に酔いしれ、由利の口角は上がる。  恭しく触れるだけのくちづけを終えた佐久良は、微笑を目敏く捉えると、それに今度は貪りついた。    突如として舌と舌を絡められ、想定していたキスの定義を大きく逸脱した行為に由利は悲鳴を上げる。  心地良さで力が抜けていたせいで、悲鳴は嬌声にしかならなかった。  舌の裏や上顎まで執拗に蹂躙され、再び佐久良が離れた時には由利は惚けていた。  佐久良は少し体勢を変えて伸し掛かり、由利の鎖骨を食もうとする。  しかし物理的な違和感に阻まれ、由利はぎくりと固まり、佐久良は飛び退いた。  二人とも目を丸くして、ベッドの上に座り込んだ佐久良の下腹部を見遣る。  新人類の脳はDom神経やSub神経に優先して指令を出すので、自律神経の管轄となる陰茎の拡大や子宮の弛緩は起こりにくい。  ただしそれは、プレイに慣れるまでの話。 「あ……ごめん、変なところ見してしもて。  怖い……やんな。  溜まっとるもん捨てに行くから、ちょっとま……」 「なあ佐久良」  気まずそうに立ち去ろうとした佐久良を、上体を起こした由利が引き止める。  由利の表情はもう落ち着いたものになっていた。 「それってさ、どんな感じ? 痛い?」  淡々と訊ねられ、ベッドに座り直した佐久良は未知の感覚を表現しようと言葉を選ぶ。 「痛くはない……なんか、心臓が股座にもう一つ出来たみたいで……由利を見てると腰骨の奥まで切なくなる」 「へえ。せやったら、その切ないのを俺の狭くて柔らかいここで扱き上げたら最高やと思わへん?」  由利は片膝を立てると、玉茎の陰になった窄まりを自らなぞってみせた。  されるがままから煽情的に転じた由利を前に、佐久良はどぎまぎする。 「思うけど……由利は良えの?」  枕本を囲んで出来るプレイを探していた時には、この距離感は伴侶と行うものだと思って避けた行為。  しかし当時とは違い、二人は紛うことなき伴侶になれたのだ。 「俺かて佐久良と繋がりたくて、苦手な字ぃ読んで勉強しとってんからな。  まあ、尻の使い方を解読するのに時間掛かりすぎて、キスに種類があるってことすら知らんまま来てしもたけど」  由利は架子床の床下から、刀の手入れで使う丁子油の小瓶を取り出して佐久良に渡した。  抱かれるつもりで用意周到に隠してあったのだ。 「準備言うても綺麗にしてきただけやから、拡げるのは佐久良がやってや」 「喜んで」  ベルベットの枕を引っ掴み、ベッドの中心に置いてから佐久良は命じる。 「Roll(転がれ)」  由利が寝そべると腰の下に丁度枕が宛がわれ、秘所を佐久良の眼下に晒す体勢を取ることとなる。  由利は今、褥に君臨した王に捧げられるだけの肉でしかない。 「Present(晒せ)」 「はい……」

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