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星間歩行 5
義兄が自分を好きだという話は、あまりにも荒唐無稽すぎて信じられなかった。
いままで、結からそんな気配を感じ取ったことはない。明人は結にこの話をするべきか迷った。
翌朝、結は仕事から戻るなり明人に頭を下げた。憔悴した面持ちだった。
「翔磨は冗談を言ったんだ。俺はいま翔磨と付き合ってて、明人と翔磨を間違えたって言ったら、翔磨が面白がって明人をからかったんだ。ごめん」
「兄貴は翔磨さんとほんとうに付き合ってるのか? 翔磨さんは付き合ってないって言ってたぞ」
「明人は翔磨が苦手だろう? だから言い出せなかったんだよ。翔磨がいまいち信用できない奴だってことは、明人も知ってるだろう?」
結は二年前に翔磨と別れていた。
翔磨は、出版社で美術雑誌の営業をしている。その美術雑誌は、公募展の出品者に「あなたの絵を雑誌に掲載する」といって高額な掲載料を取る。詐欺まがいの商売をする出版社だとわかったとき、翔磨は曲がったことが嫌いな結と揉めた。それがふたりの別れた理由だった。
「信用できないって知ってて、何で翔磨さんと付き合うんだ」
結は一瞬息を呑むと、天井に視線をさまよわせた。
「翔磨は俺を否定しないから……」
「それは自分もバイだからだろう。俺が言いたいのは、付き合うならもっと誠実な奴にしたほうがいいってことだ」
結が目元を赤くして黙り込む。
「あんな悪意のある暴露をする奴、兄貴のためにならないよ」
「翔磨とは話をつけるよ……それでも、ここにいていい?」
結の目が磁力を発しているような気がして、明人は目線を外した。吸い込まれそうなガラス質の瞳だった。結の緊張が肌に伝わり、明人は空気が固まったような感覚を覚える。
「絵が完成するまで、ここに置いてほしいんだ」
結のアパートを思い浮かべる。あれだけ油絵のキャンバスで埋まった空間では、結も暮らしていけないだろう。
「ほかのところに行くお金がないんだ。なるべく明人に迷惑をかけないようにするから」
「あんなこと、二度とするなよ」
「ごめんなさい。約束する」
出勤する時間が迫っていた。明人は結にわかった、とうなずくと、スーツに着替えるためにクローゼットを開いた。
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