5 / 39

星間歩行 5

 義兄が自分を好きだという話は、あまりにも荒唐無稽すぎて信じられなかった。  いままで、結からそんな気配を感じ取ったことはない。明人は結にこの話をするべきか迷った。  翌朝、結は仕事から戻るなり明人に頭を下げた。憔悴した面持ちだった。 「翔磨は冗談を言ったんだ。俺はいま翔磨と付き合ってて、明人と翔磨を間違えたって言ったら、翔磨が面白がって明人をからかったんだ。ごめん」 「兄貴は翔磨さんとほんとうに付き合ってるのか? 翔磨さんは付き合ってないって言ってたぞ」 「明人は翔磨が苦手だろう? だから言い出せなかったんだよ。翔磨がいまいち信用できない奴だってことは、明人も知ってるだろう?」  結は二年前に翔磨と別れていた。  翔磨は、出版社で美術雑誌の営業をしている。その美術雑誌は、公募展の出品者に「あなたの絵を雑誌に掲載する」といって高額な掲載料を取る。詐欺まがいの商売をする出版社だとわかったとき、翔磨は曲がったことが嫌いな結と揉めた。それがふたりの別れた理由だった。 「信用できないって知ってて、何で翔磨さんと付き合うんだ」  結は一瞬息を呑むと、天井に視線をさまよわせた。 「翔磨は俺を否定しないから……」 「それは自分もバイだからだろう。俺が言いたいのは、付き合うならもっと誠実な奴にしたほうがいいってことだ」  結が目元を赤くして黙り込む。 「あんな悪意のある暴露をする奴、兄貴のためにならないよ」 「翔磨とは話をつけるよ……それでも、ここにいていい?」  結の目が磁力を発しているような気がして、明人は目線を外した。吸い込まれそうなガラス質の瞳だった。結の緊張が肌に伝わり、明人は空気が固まったような感覚を覚える。 「絵が完成するまで、ここに置いてほしいんだ」  結のアパートを思い浮かべる。あれだけ油絵のキャンバスで埋まった空間では、結も暮らしていけないだろう。 「ほかのところに行くお金がないんだ。なるべく明人に迷惑をかけないようにするから」 「あんなこと、二度とするなよ」 「ごめんなさい。約束する」  出勤する時間が迫っていた。明人は結にわかった、とうなずくと、スーツに着替えるためにクローゼットを開いた。

ともだちにシェアしよう!