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星間歩行 8

 雑誌の発売日、明人は心を弾ませながら駅前の本屋へ行った。雑誌の表紙に小さく自分のペンネームが載っているのを確認して、胸が高鳴る。初めて自分の小説がお金を出して買えるようになったのだ。明人は誇らしい気持ちで雑誌を買って帰った。  家では結が明人を待っていた。テーブルの上には、シャンパンのボトルと明人が手にしているのと同じ雑誌が置かれていた。  結の口元が引き歪んでいる。 「明人の小説は『天使の苗床』って話だろ」  結が猫のような目を吊り上げて自分を睨みつけた。 「天使って、俺のことだろう? 俺は明人にそんなに迷惑をかけてたのか?」  結は寂しがり屋で、いつも誰かに寄り添っている。が、その誰かにけなされるのをものすごく嫌う。 「俺はお前の寄生虫だったのか?」 「これはあくまでもお話で、兄貴のことを書いたわけじゃない」 「だってこれは俺じゃないか! ゴッホみたいに弟に生活費をたかるしか能がない男だよ、俺は。でも、俺が絵で稼げるようになったら、明人も小説で食えるよう応援する。だから、それまで俺を見捨てないでくれ」 「翔磨さんに何か言われたのか?」  ゴッホの名前が出てきたところに、明人は翔磨の影を感じた。 「俺たちがゴッホとテオみたいだって。でも、ゴッホは馬鹿だった。ゴッホはテオのお荷物になりたくなかったから自殺した。テオもショックですぐ後に死んでしまったし」  明人もゴッホとテオの評伝を読んでいた。ゴッホは弟のために必死で絵を描き、テオは文句ひとつ言わずに兄を支え続けた。が、自分は結にテオのような崇高な愛情は持てないし、結もゴッホほど才能のある人間ではない。 「テオもゴッホがお荷物だと最初から言っておけばよかったんだ。美しい兄弟愛なんか持っていないでさ。ふたりとも本音を言い合うことができずに自滅した」  結は唇を歪めてゴッホの批判をする。明人に頼っている結も人のことは言えないだろう、と一瞬イラッとする。 「俺ならテオを永遠に手に入れる……あんな惨めな死に方はしない」  腹に不快感が湧き上がった。自分はテオではない。結に自分の夢を託す気はない。  結はこの先ずっと自分に寄生しつづけるつもりなのだろうか。結の罪悪感のなさに苛立ちが募る。 「俺はテオみたいに身体を壊してまで兄貴の面倒を見る気はない」 「明人はやっぱり俺を寄生虫だと思っていたんだ」 「そう思われたくないなら、俺に生活費を払えよ」 「……お金はない。ぜんぶ画材に使ってしまった」  明人は翔磨の言葉を思い出していた。『文化を育てるには金が要る』、たしかにそうだ。しかし、自分を育てる費用を他人に稼がせようとするのは、甘えだ。冗談じゃない、と明人がギリッと歯を噛みしめる。 「弟に金を稼がせて絵を描くのはさぞかし楽しいだろうな、兄貴?」  結が息を呑んだ。明人を睨みつける。興奮で耳まで真っ赤になっている。  結は黙って立ち上がると、玄関のドアを叩きつけて部屋を出ていった。  ――弟に金を稼がせて絵を描くのはさぞかし楽しいだろうな、兄貴?  怒りに任せてひどいことを言ってしまった。明人は閉ざされたドアを見つめたまま、しばらく呆然と立ち尽くしていた。

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