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星間歩行 10
『天使の苗床』は結をモデルにした小説だった。
小説を書くときに、日常の自分の思いから話を膨らませることがある。それは結が同居を決めたさいに生活費を払わなかった不満から着想した話だった。
ある男の体内に寄生虫が入り込む。肛門から入って内部の肉をすこしずつ食べていく虫だ。虫が強力な鎮痛成分を出しているので、寄生された男は、自分が内部から食べられていることに気づかない。
男はどんどん弱っていき、成虫になった虫は男の心臓を食い破って外に出てくる。虫の発する成分で、男は自分の胸から天使の羽が生えてきたと錯覚する。自分は天使の苗床だったのだと、男は多幸感を味わいながら死んでいく。
天使は自分が食べた肉で男に化け、男としてそのまま生活する。が、男を構成していた記憶が天使にはなく、男の家族や友人の感情をいっさい理解できないことに苦しむ。天使は男の記憶が欲しいと願うが、自分のなかの空洞に気づいて、誰かがこの空洞を埋めてくれないかと考えるようになる。そして、自分の内部をひっそりと蝕む存在が肛門から入り込んだことを悟る。
天使は虫が成長するのを待ち焦がれる。自分の空洞を埋めてくれる新たな天使が、自分を苗床にして巣立っていく瞬間を夢見ている。そんな話だった。
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