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星間歩行 17

 次の日の仕事後、明人は結が待ち合わせの場所として指定してきた店に足を踏み入れた。  シンプルで落ち着いた北欧風の内装の喫茶店だった。うすいベージュの壁に、結の宇宙の絵がかかっている。その下で、結はテーブルについてにこやかに手を振っていた。 「兄貴、絵が売れたのか?」  笑いながら結が否定する。明人は結の向かいの椅子に腰を下ろした。 「絵をレンタルすることになったんだ」  水のグラスを運んできた店員に、結はコーヒーをふたつ頼んだ。 「月五千円だけど、一ヶ月ごとに絵を取り替えて、販売もするんだ」  晴れやかな結の笑みを見て、うれしくなる。四十センチほどの絵だが、深い青と緑の点描が打たれた宇宙空間に、オレンジ色の丸い星団が螺旋を描いてふんわりと浮かんでいる。 「この絵、店長さんに気に入ってもらえたんだ。ボールみたいで、かわいいって」 「絵のタイトルは?」 「希望への道」  結の宇宙らしい、明るい絵だった。ふたりともすこしずつ、自分の希望の道を歩きつつある。明人は自然と頬がゆるむのを感じた。 「いいタイトルだし、いい絵だな」  結は鼻の頭を赤くして微笑んだ。子供のようなあどけない笑顔だ。胸が温かくなる。  コーヒーがふたりの前に運ばれてきた。いつになく和やかな雰囲気で、ふたりはコーヒーを飲んだ。 「絵をレンタルする場所を増やしたいと思っているんだ。そうすれば定期的な収入ができる」 「頑張れよ」 「これ、三万円」  結は道具袋から茶封筒を取り出して明人に渡した。 「明人にもすこしずつ、お金を入れるよ。本代に使って」 「無理しなくていいよ」  明人が茶封筒を結へ押し戻す。結は封筒をふたたび明人の前に置いた。 「俺は明人の作家になる夢を助けたいんだ」  結は大きな目を輝かせてテーブルの上で拳を握る。 「ゴッホは、われわれは星へ行くために死を選ぶのかもしれないって言ってた。辿り着く先は違うけど、俺たちは同じ方向へ歩いていけるんだ。明人は小説、俺は絵だ。俺は明人とふたりで目指す星まで歩いていきたい」  結に煽られて、自分の身体も熱を帯びてくる。 「俺はゴッホみたいに才能のある人間じゃない。でも、俺は明人といっしょに生きていける。だから、その……」  結は急に目の光を弱めて、テーブルに視線を落とした。すぼめた肩が小刻みにふるえる。 「……そばにいさせて」  小さく呟かれる結の本音に、胸が痛くなる。結は自分が離れていくのを、心の底から恐れているのだ。  結は翔磨に聞いて明人が自分を拒絶したのを知っているのだろう。だから何も言わずに、ただ自分のそばにいたがるのだ。  茶封筒を鞄に入れる。目元を和ませて明人を見上げる結に、明人は力強くうなずいた。

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