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星間歩行 21
結は明人の動作を目で追うようになった。自分の目で明人の姿をデッサンしているようだった。
結が精度を上げて明人を描こうとしている。結の顔が痩せてきて目が大きく目立つようになると、明人は結が心配になった。
「ちゃんと飯食べてるか? 最近顔色悪いけど」
結は笑って、大丈夫だよ、と手を振るだけだった。
結が明人をスケッチするようになった三日目の夜、ノートPCに向かって小説を書いていた明人は、行き詰まっているようすの結に口元を曲げて振り返った。
「俺がモデルやるよ。兄貴は指示してくれ」
「お願いしてもいい?」
「好きなだけ描いてくれ」
明人が絵と同じ角度でポーズを固定すると、結はスケッチを始めた。
鉛筆が紙に擦れる音だけが、あたりに響く。
「最近、明人はどんな小説を書いているの?」
「兄と異形の妹の恋愛もの」
鉛筆の音が一瞬止まった。が、結はふたたび絵を描き始める。
「イギョウって何? どんな話なの?」
「妹に化け物が取り憑いて、兄を誘惑するんだ。人を惑わすように美しくなった妹と兄が交わってしまうけど、兄は妹と関係を持ったことに苦しむようになる」
「何で化け物は妹に取り憑いたの?」
「子供のころに兄が化け物に優しくしたからだ」
「続きはどうするの?」
「まだ結末は考え中」
「やっぱり化け物でも優しくされると好きになっちゃうのかな」
そこまで深くは考えていなかった。化け物も人間と同じ心を持っているのだろうかと明人は小説家の頭に戻って思案する。
「兄貴はどう思う?」
「化け物は人の情に弱いんじゃないかな。人と違って、優しくされることが少ないから」
ポーズを取っているので結の顔は見えない。が、明人は何となく結が寂しげな顔をしているように思えた。義弟を愛するという重荷を背負った結にも化け物と重なる部分があるのだろう。
「兄貴はどうだった? 優しくされると好きになるか?」
自分が結に優しくした覚えなどなかった。ため息のように笑う気配が湧く。
「好きになったきっかけがそうだったな」
結の微妙な領域に踏み込んでいるのを空気で感じる。明人は話を変えようとしたが、その前に結が口を開く。
「子供のころ苛められたときに助けてもらったんだ」
結が鉛筆を止めて思いにふけるように沈黙する。これは自分のことだろうか。明人は記憶を辿ったが、結を苛めから助けた覚えはなかった。
結は明人にポーズを解いていいと言うと、目元を赤く染めてユニットバスへ向かった。
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