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星間歩行 27

 その夜、結は熱を出してナイトフロントの仕事を休んだ。 「明人の邪魔になって、ごめんね」 「頑張りすぎたんだろう。今日はゆっくり休めよ」  結は落ちくぼんだ目元をやわらげて、情けないなと力なく笑う。 「明人が俺のお兄ちゃんみたいだね」  結が布団を引き上げながら、明人に目を細める。  明人はふとこの構図に既視感を覚えた。小学校の二年生のときのことだ。明人は風邪を引いて、結が明人の看病をしていた。  結は明人の面倒をかいがいしく見て、優しかった。きゃしゃで女の子のような義兄だが、頼りになる人だと思った覚えがある。 「兄貴はよく俺の看病してくれたよな」 「俺、いつも絵を描いて家にいたから。お母さんは働いていたしね」  結の虹彩が頼りなげに揺れる。結は頬の削げた顔に涙を滲ませると、布団のなかに顔を埋めた。 「明人……ごめん、ごめんね……」  結は布団で嗚咽を殺しながら肩をふるわせている。 「明人はぜんぶわかってて、俺に優しくしてくれる」  自分の想いをすべて呑み込んでいた結の、それは告白だった。 「明人の想いはわかっているから、これ以上は何も望まないから、明人が俺を邪魔だと思うまでそばにいさせてほしいんだ」  明人はふるえる結の髪の毛をゆっくりと撫でた。さらりとした髪に指を絡ませる。 「いつから俺のことが好きだった?」 「……小学生のころから」 「俺を忘れようとして、ほかの奴と付き合ったのか?」 「うん。だけど、ぜんぶうまくいかなかった」  結がふるえる声で明人に答える。 「ずっと、忘れられなくて……」 「俺が彼女と別れたとき、チャンスだと思った?」 「明人は一途で頑固だから、ぜったいひとりの人しか好きにならないと思ってた。だから彼女さんに振られたときは、内心ほんとうにうれしかった」 「それで俺にフェラをしたのか?」 「我慢しようとしたけど……できなくて」  明人はふとおかしくなった。以前結は自分のことを頑固者だと言っていたが、結こそが一途で頑固だ。平静を取り繕おうとしても、顔の赤みがひどくなっていく結がかわいいと感じる。 「明人を好きになって、ほんとうにごめんなさい」 「俺が兄貴を好きにならなくても、俺のそばにいたいと思うのか?」 「そばにいたい」 「一生苦しむかもしれないぞ」 「自分のせいだから、それでいい」  結は澄んだ目をまっすぐ明人に向ける。結は子供のころからずっと覚悟を決めていたのだ。どれだけの寂しさを胸に抱えて、結は自分に笑っているのだろう。 「疲れただろう。そろそろ寝ろよ。俺も寝るから」  リモコンで部屋の明かりを消す。明人は熱を持った結の気配を感じながら、ベッドに入って目を閉ざした。

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