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星間歩行 28
結の熱は一晩で下がった。絵に自分をのめり込ませすぎたのだろう。
明人は次の晩、結といっしょに仕事をしていた。結は水彩絵の具で星雲の模写をして、明人はノートPCで兄と異形の妹の小説を書いている。
「小説、どこまで進んだ?」
「兄が妹と付き合うことに悩むところまで」
「異形の妹は人間に化けているの?」
「兄には妹に見えているけど、他人には化け物に見えている」
「何か、悲恋っぽいね」
結は筆で絵の具をぼかしながら、切なげに目を細めた。
「化け物は退治されるんでしょ?」
「そうだな」
「化け物は悲しいね。ほんとうは愛されたいんだろうに」
結が化け物に同情するのは、自分も義弟を愛してしまった異端者だからだろうか。明人が話を続ける。
「化け物にも人間と同じ心があるんだ。自分が異形の者だから余計に愛されたいんじゃないかと思って、小説を書いているんだけど」
「異端者はなかなか愛されないよ。受け入れてはもらえない」
結が手を止めてぽつりと呟く。
「受け入れてもらえないんだってわかってるほうが、気が楽」
「期待したくないからか」
「そうだね」
自分と結の話をしているような風向きになってきた。明人は小説を書く手を止めて結を振り返る。
「期待せずにそばにいるのは辛くないか?」
「化け物の話?」
「いや、兄貴の話」
結は筆を置くと、かすかに微笑んで明人を見上げた。
「好きになった俺が悪いんだから、辛くないよ。世界で一番幸せになってほしい人がそばにいるだけで、うれしいから」
結のスケッチブックのなかで藍色とオレンジ色の星雲が渦を巻いている。
「俺は明人がいっぱい小説を書いて本を出して、性格のいいお嫁さんと子供に囲まれて、幸せなおじいちゃんになるのが見たい」
結が照れたように笑って首を傾ける。明人は胸に切なさが満ちるのを感じた。
結は未来の明人の幸せに自分の居場所がないと思っているのだ。
「明人がうんと幸せになるところが見たいんだ。だから明人は俺を気にしないで、性格のいいかわいい人と付き合ってほしいんだ。俺といっしょにいるのは、彼女ができるまででいいから」
結の眉間に皺は寄っていない。結のまじりけのない素直な笑顔を見て、胸が詰まる。結はどこまでも明人に負担をかけまいとして、自分のほんとうの願いを言わないのだ。
結はいままでどれだけの想いを殺してきたのだろう。結がやわらかい笑顔を見せる。
「明人がそんな顔しないでよ」
ひとを想う心は人間も化け物もいっしょなのだ。
義弟に恋をしてしまった結の心も。
自分のなかにも結と共鳴する想いがある。
結のひたむきさを悲しいと思う心がある。
この想いに気づきさえしなければいつまでも他人事でいられたのに、と明人は心にやわらかな水紋が立つのを感じていた。
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