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星間歩行 31
明人は点滴を終えた結とともに、タクシーでワンルームマンションに帰った。車内では終始、ふたりとも無言だった。
部屋へ入ると、結は明人へごめんなさい、と告げた。明人は結の肩へ手を置くと、シングルベッドの下に結の布団を敷いた。結がTシャツと短パンに着替えて布団へ入る。明人は結の枕元に腰を下ろした。
「『天使の苗床』を書いたとき、生活費を払わない兄貴にすこし不満を持ってたんだ。だけど、絵にお金がかかるから、仕方ないとは思ってた。俺は小説の題材を身近なところから膨らませる。でも、それによって兄貴を責めたかったわけじゃない」
結は濡れた目で明人をじっと見上げている。透き通るような、茶色の虹彩。
「俺は兄貴を追い詰めていたことを知らなかった。ひどいことを言って、ほんとうにごめん」
「明人が悪いんじゃないよ。俺が、ちゃんと自分を管理できなくて」
「そのかわり、兄貴は食べ物や日用品を買ってくれていた。ぜんぶ、俺の趣味に合わせて」
結の虹彩が動いて、瞳の光がゆらゆらと揺れる。
「兄貴は俺のためなら何でもしたいと思ってくれているんだな」
結の頭に手を置いて、髪の毛を撫でる。結の頬がりんごのように真っ赤になる。
「瞬間湯沸かし器だな」
明人が苦笑すると、結は慌てて布団に顔を埋めた。布団から覗いた耳も真っ赤に染まっていて、明人は胸に温かい熱が満ちるのを感じる。
「兄貴は馬鹿だな」
やわらかい髪に指を埋める。結の頭がビクリと揺れる。
「馬鹿でかわいい」
「……世界一?」
布団のなかからくぐもった声がする。
「うん。世界一かな」
「宇宙で一番、かわいくなりたかった」
「そうか」
「宇宙で一番、遠い人を好きになったから」
結が布団のなかで丸くなって、静かに泣き始めた。
小刻みに揺れる布団に腕を回して、布団ごと結を抱きしめる。
義兄を好きになった結の痛みが、振動を通して伝わってくる。
こうやって、結はずっとひとりで自分を想って泣いてきたのだろうか。
嗚咽が弱くなって、結が顔を上げた。涙でぐしゃぐしゃになった顔で、結が微笑む。
「明人は優しい」
かすれた声で、結が呟く。
「飛勇展の絵が描き上がったら、ここを出て行くよ」
「そうか」
「明人が俺に引きずられるかもしれないから」
「そうだな」
結がきつく目を瞑って嗚咽をこらえている。結に触れたいと思うその衝動が、兄弟の域からは超えていることに気づく。
結は明人の身体を突き放した。眉間に皺を寄せた顔で、微笑む。
「いままで、ありがとう。明人も休んで」
結はまばたきをして涙を睫毛で払うと、布団のなかに身体を埋めた。結の温かみが残る腕を下ろし、自分たちは離れなければならないのだと言い聞かせながら、明人は立ち上がった。
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