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星間歩行 33
結がいなくなった生活に、明人はすぐに慣れると思っていた。
結が自分を本気で好きで、それに自分が流されかけていたことも知っている。が、それは家族であるがゆえに持ってはいけない感情だった。だから自分は結に別れを告げたのだ。
明人は結の巣がなくなった自分の部屋を見下ろした。会社から家に帰っても部屋に明かりが点いていることもなく、結の下手なおにぎりが皿に載っていることもない。
明人が就職したころ、新人研修が続いて深夜に帰宅したとき、明人のテーブルに結が作ってくれた昆布のおにぎりと結のメモが置いてあった。昆布のおにぎりは明人の好物だ。
――お疲れさまでした。仕事して疲れた後も、ほんのちょっとでいいから小説を頑張ってね。
メモを見て、受験生の母親のようだと明人は苦笑した。
ふたりは料理が下手だったが、自炊に慣れていくにつれて結の朝食の腕だけは上がっていった。明人の好みを覚えて努力していたのだろう。
ノートPCに向かっているときも、そばでスケッチブックを広げている結がいないと張り合いがなかった。結はいつも絵を描いていた。そんな結に負けまいと、結の横で小説を書いたり本を読んだりしたものだ。
スマートフォンで結にメッセージを送ってみようと思い立つ。が、結からの連絡は一切ないので、連絡しないほうがいいと諦める。
結は義弟への想いを抱えて苦しんでいた。そんな想いに、明人はぜんぜん気がついていなかった。感性が鋭い人間であるがゆえに、結は自分をたくさん傷つけてきたのだろう。
そんな結に中途半端に情をかけても、結を苦しめるだけだ。明人は時間が結の心を癒やしてくれることを祈った。心に空洞が空いた自分の心も。
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