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星間歩行 36
その日の夜、明人は翔磨に電話をした。
「兄貴の個展の葉書をありがとうございます。今日絵を観に行ってきました」
「どうだった?」
「あれは兄貴の絵じゃない。翔磨さんが兄貴にあんな絵を描けって言ったんですか?」
「プロなら自分の描きたい絵と売れる絵を摺り合わせていくべきだろうね」
「今の兄貴にはそれができていない。兄貴はあんな絵を描きたいと思ってない」
「結は半年間必死で努力したんだよ。万人に受け入れられる絵を探ってね」
「でもあれでは、誰が描いても変わらない」
翔磨が沈黙する。明人はイライラと沈黙の先を待った。
「君は小説を書くんだったね。君の小説もあまり万人受けしそうにない作風だったけど」
「でも、俺は自分を枉げてまで小説を書こうとは思いません」
「そのせいで君がいまだに作家になれていないんだったら、君はどう思う?」
明人は言葉に詰まって口元を引き結んだ。自分が不安に思っている箇所を、翔磨は鋭く衝いてくる。
「君が作家として売れたいんだったら、誰かに作品を熱烈に愛されなければならないんだよ。結だって同じだ。絵で生活をするならば、愛される努力をしなければならない」
「でもそれで自分の持ち味を殺してしまうなら、何にもならないじゃないですか」
翔磨が軽い笑い声をあげた。真剣に話をしているのに、と明人が眉を吊り上げる。
「やっぱり君らはゴッホとテオみたいに支え合っているんだなあ。君が結を心配してくれて、安心したよ」
「兄貴はどんな状態なんですか?」
「見ての通りだよ。袋小路に入ってる」
翔磨は結の苦境を見せたくて明人に葉書を送ってきたようだった。
「出口を見つけようと、必死であがいている。結はいつもそうだよ、僕が見ているかぎり」
「兄貴に宇宙の絵を描けって、翔磨さんから言ってもらえませんか」
「自分で言えばいいじゃないか」
「俺からは、兄貴に会えないので」
「結は少し痩せたよ。たまには顔を見せてもいいんじゃないか?」
明人は言葉を継げなかった。翔磨は自分たちが義兄弟だとわかっていて、なぜそそのかすようなことを言うのだろう。
「翔磨さんは、おかしいです」
「おかしな結と付き合っていられるんだから、おかしいんだろうね」
「翔磨さんが兄貴と付き合ったらどうですか」
今度は翔磨が沈黙した。電話口からため息が聞こえる。
「馬鹿な子を好きになったから」
言葉を返せない明人の耳元に、頼りなげな笑い声が漂っていた。
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