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第3話 下心?
多分、根っからのいい人なんだろうな。なんか、今更だけどあの会社に入って良かったなと思った。
それ以上にこの人自身の優しさと、暖かみがあるからなんだろうけども。それはそれとして、いつまで裸で抱き合っているのだろうか。
「あの……すみません。社長」
「どうされました? 広瀬さん」
「その……もうそろそろ、離して頂いても」
「あー……クスッ、そうですね」
僕が若干恥ずかしながら、そう言うと笑いながら離してくれた。やっぱ、相当なイケメンだなと改めてまじまじと見つめてしまう。
端正な顔立ちは、イタリア人とのハーフだからかな。金髪でどこか中性的な雰囲気があって、モテるんだろうな。
そう思ってなんか、ますます凄い人だなと思ってしまった。僕が見つめていると、視線に気がついたようだ。
とても美しい瞳を浮かべて、笑って見つめてくれた。
なんか恥ずかしくなって、そっぽを向いてしまう。と、とりあえず……お風呂借りていいかな。
そう思って聞こうと思ったら、盛大にお腹が鳴ってしまった。僕が恥ずかしくなって、社長の顔を布団で隠しながら見た。
「クスッ……お風呂の前に、簡単なものでも作りますか」
「えっ……あの、社長にそこまでやっていただくのは」
「社員の体調管理も、社長の仕事ですよ。それは建前で、完全に下心ですよ」
下心って……一瞬、理解できずにフリーズしてしまった。そして意味を理解して、顔が真っ赤になってしまった。
「クスッ……冗談ですよ。空腹で入ると、体に悪いですよ」
「……はい」
そう言って、部屋を出て行ってしまう。完全に揶揄われているような気がして、また更に顔が赤くなってしまった。
考えてみたら昨日、お昼を食べてからコーヒーぐらいしか口にしていない。あー、もう色々とヤバい。
それよりも、やっぱ時間が気になってしまった。立ち上がったのはいいが、裸だったことを思い出した。
人の家でしかも、社長の家でこの状態はよくない。
そう思ってもう一度、座って布団に包まってみる。そういえば、寒くないなと思って見るとエアコンがついていた。
僕のためにつけてくれたのかな? なんて、自惚れ以外の何ものでもないよな……。
「はあ……」
「ため息は幸せが逃げますよ」
「あっ……あの、今日仕事は」
「いいですよ。体調不良ということで、連絡済みです」
「ありがとうご……社長が連絡してくださったんですか」
待って……一社員の体調不良を、社長が連絡するって可笑しいだろ。僕の問いに、優しい笑みを浮かべていた。
別にいいか……行ったところで、同じ営業部の彼と顔を合わせることは出来ないから。
会社自体、辞めるべきなのかもしれない。 僕には彼が知っている友人はいないから、連絡先も消してどこか遠いとこに行く。
「広瀬さん」
「なんです……美味しい」
「有り合わせのものですが、良かったです。今は休むことに、集中してくださいね」
「はい……ありがとうございます」
口に運ばれたお粥が、美味しすぎて涙が溢れてしまう。昨日今日と、あんなに流したのにまだ出てくるんだな。
僕は社長の微笑みを見て安心できたから、今出来る最高の微笑みを浮かべた。すると社長は更に、優しい微笑みを浮かべてくれた。
その表情があまりにも、綺麗だったから思わず目を逸らしてしまう。急に恥ずかしくなって、急いでお粥を食べた。
「ごちそうさまでした……美味しかったです」
「クスッ……お粗末さまでした。では、浴室にご案内致します」
社長にお風呂場に案内してもらい、体を洗って浴槽に入る。色々とあったな……と思い、ため息をつく。
それにしても……僕みたいな一般社員に、ここまでよくしてくれるのは何故なんだろうか。
下心なんて言っていたけど、只の冗談だって分かってる。それでも、こうして優しくしてくれるのは暖かい。
こんないい社長の元から出ていくのは、少し気が引けるけど……。彼と顔を合わせることが、確定しているあの会社には行きたくない。
「広瀬さん、着替えここに置いときますね」
「あっ! はい、ありがとうございます」
社長に声をかけられて、反射的に答える。ガラスの向こう側に、影が見えなくなってから浴槽から上がった。
脱衣所に向かうと、タオルと着替えが置いてあった。体を拭いて、用意してくれた下着を身につける。
服はいいにしても、下着までは恥ずかしいな。流石に新品を、用意してくれたみたいで良かった。
はあ……自然とため息が溢れてしまう。社長に幸せが逃げると言われたが、こればかりは不可抗力だ。
さてと湯冷めしてしまう前に、用意してくれた服に着替え……って、なんでワイシャツだけ?
「ズボン、用意し忘れたのかな?」
とりあえず、それだけを着てリビングの方に向かう。袖が長かったから、腕まくりをする。
ギリギリで下着は隠れるから、まだ恥ずかしくないかも? 僕がリビングを覗くと、そこには何やら電話をしている社長がいた。
「カッコいいな……」
真剣な眼差しで、仕事の電話をしているようだった。優しい微笑みを浮かべているのもいいけど、真面目な感じも素敵だ。
僕がぽわーと見つめていると、視線に気がついたみたいだった。いつもの優しい笑みを浮かべて、電話を切っていた。
そして立ち上がってこっちに、ニコニコしながら向かってきた。急に恥ずかしくなって、踵を返すと社長が後ろから壁ドンしてきた。
「広瀬さん? どうされました?」
「あ、あの……この格好、恥ずかしいのですが」
「広瀬さん……」
「しゃ、社長……あの」
社長の息が首筋にかかってきて、かなりくすぐったかった。後ろから左側の腰を支えられていて、体温が伝わってくる。
ど、どうしよう……恥ずかしいし、止めて欲しいのに……振り払うことが出来ない……。
怖いんだ……彼以外のαに触られるのは。もの凄く怖くて、どうすればいいのか分からない。
僕がそう思っていると、急に離れてしまった。そして寝室の方に、何も言わずに行ってしまった。
急に全身の力が抜けてしまって、その場にへたり込んでしまう。怖かった……上級αだからなのか。
それとも、会社の偉い人だからなのか……逆らうことが、出来なくて……それよりも、触られた箇所が熱くて……。
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