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第11話 誕生日
その後口にした事実が、僕が思っていたことと違っていた。戸惑ってしまうが、透真はこんな時に冗談を言う奴じゃない。
「あの日、蒼介は泣きながら俺に電話してきた。湊がいなくなったって、血相変えていたよ」
「……でも、あの日。助けてくれたのは、花楓さんだった」
「……あのさ、マジで社長とはどんな関係なわけ?」
「関係? 優しくしてくれて、家にも泊めてくれた。僕が落ち込んでいる時に、抱きしめてくれた」
そう言って自分でも、体が火照っていくのが分かった。お酒のせいなのか、あの人のことだからなのか……。
自分の中でぐちゃぐちゃになっている感情が、まだ分からずに混乱してしまう。そう思っていると、更に心乱されてしまう。
「蒼介は心配してくれていたけど、全く連絡をしてくれなかった……それって、僕に関心がなくなったってことでしょ」
「はあ? 俺に連絡寄越してから、何時間もお前のスマホに連絡してたはずだぞ。俺だって、何度も連絡したぞ」
「えっ……蒼介からも透真からも、一件もなかったよ」
僕がそう言うと、透真は心底驚いていたようだった。間違いなく連絡は来ていなくて、号泣してしまったから。
連絡してくれていたのに……何で、履歴ないんだよ。こんな、嘘をつくような奴じゃない……。
そう思っていると、透真がスマホの画面を見せてきた。そこには、メッセージアプリでの履歴だった。
彼からのメッセージが表記されていて、たくさんの弱音が入っていた。それだけでなく、本気で僕のことを心配している内容だった。
「これ見てみろ」
「……これ」
「蒼介が本気で心配してて、俺に連絡はないかって何度も聞いてきた。かなり取り乱していて、ヤバい状況だった」
頭では分かっていても、どうしても受け入れることが出来ない。じゃあなんで、履歴が全部消えていたんだよ。
もしかして、僕が無意識で見たくなくて消したのかな。そうだったとしても、冷静になっている今でも思い出せないのは可笑しい。
「じゃあ何で、もっと連絡くれなかったの」
「あのさ……言っていいか分からないが。電話したら社長が出てさ、湊は自分の所にいるからって」
「何で、透真に」
「厳密に言うと俺と蒼介に、連絡があったんだよ。とりあえず、今は会わせないほうがいいって」
どういうこと……そんなこと僕に一言も言ってなかった。言えるわけないか、蒼介の名前聞かせたくないよね。
今はだいぶ良くなったけど、あの日から数日間。完全にノイローゼになっていたし、精神がまともじゃなかったから。
そこで彼の名前を聞けば、取り乱してしまうと思ったんだろう。仮にそうだったとしても、一言言って欲しかった。
「なあ、湊……しばらく、一緒にくら」
「見つけましたよ。もう、日付が変わりそうなので迎えに来ました」
「か……えでさ」
「大丈夫ですよ。金城さんも、ここのお代は払っておきましたので。帰りましょう」
「あ、でも……その」
透真が何かを言いかけた時に、花楓さんが来て話を遮った。そして、僕のことをお姫様抱っこした。
その瞬間に、フワッと花楓さんの匂いが鼻腔をかすめる。この匂い好きだなあと、胸に縋り付く。
その後何か言っていたけど、お酒とショックなことの連続で言葉が耳に入って来なかった。
ただ薄れゆく意識の中で、透真が怖い顔で花楓さんを見ていたことは分かった。真意は分からないけど、僕にはそんなことどうでも良かった。
気がつくとカーテンの隙間から、朝日が差し込んできているのが見えた。そこで家に連れてきてくれたことに気がつく。
「頭……痛い」
「あれだけ飲んだら、それは痛いはずですよ」
「かえ……」
「無理に話さないほうがいいですよ」
そう言って起き上がろうとした僕を、再びベッドに寝かせてくれた。スーツからパジャマに着替えさせてくれたみたいだった。
僕を軽々とお姫様抱っこしてくれたけど、重くなかったかな。最近……花楓さんの作る食事が、美味しすぎて太ったような感じがする。
「あの、重くなかったですか」
「あ、ああ。全然重くなかったですよ。むしろ軽すぎます」
「昔から食べても、太らないんですよ。でも最近、花楓さんの作る食事が美味しいんで太りました」
「それは良かったです。今日は午後出社にしたので、休んでください」
頭を撫でてくれてその手の感触が優しくて、僕はまた直ぐに寝てしまったようだった。
ほんといつも、甘えっぱなしで申し訳ないな……それでも、おやすみと言っておでこにキスしてくれた。
それだけで、心も体も凄く満たさせれるような感覚がした。それから数日間、秘書の仕事を教わっていた。
自分でも驚くくらいに、秘書の仕事が合っているようだった。まだ一週間だから、経験不足だと思う。
それでも咲良さんも佐々木さんも、優しく丁寧に教えてくれた。ほんと僕は、周りに恵まれているなと改めて実感した。
それと同時に段々と蒼介との思い出が、過去になって行っているような気がした。若干寂しい気持ちもしたけど、今は仕事に打ち込むしかないのだろう。
そう思って頑張った金曜日の夜のこと。いつものように、車に乗り込んでマンションに向かう道中のこと。
「湊さん、明日は出かけますので」
「どこに行くんですか」
「明日のお楽しみです」
そう言って笑う花楓さんは、いつにも増してキラキラと輝いていた。次の日の午後、スーツを着て向かった先は……。
クリスマスイブに、蒼介と行くはずだった帝財閥の運営しているホテルだった。何で今日なのだろうと思った。
あっ……そうか、すっかり忘れていた。今日は一月十日だから、僕の二十七回目の誕生日だ。
それで用意してくれたんだ……凄く嬉しいのと同時に、ここまでしてくれているのに何もお返し出来ないや。
「湊さん、楽しくないですか」
「えっ、あの……そうじゃないんです。花楓さんは僕によくしてくれますが、何も恩返しできないなと思いまして」
「いいんですよ。私は湊さんが嬉しいのであれば、それだけで幸せなので」
個室に案内されて豪華な食事と、高そうなワインを並べられた。それなのに僕が悩んでいるせいで、余計に気を使わせてしまった。
花楓さんは、僕の頬を触って微笑みながら言ってくれた。何でこの人はこんなに、優しくて暖かいのだろう。
自然と流れてくる涙を、優しく手で拭いてくれた。そこで僕はこの人のこと、何も知らないなと思った。
誕生日や好きなもの嫌いなもの、他にもたくさんのことを……知りたい、もっとこの人のことを知っていきたい。
「花楓さんの誕生日って、いつですか」
「四月一日です」
「好きなものと嫌いなものは、何ですか」
「好きなものは、湊さんですよ。嫌いなものは、湊さんがいない世界です」
そんなことをサラッと言えてしまうあたり、やっぱ大人だなと思った。僕よりも年下なのに、何でこんなにカッコいいのだろう。
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