13 / 36

第13話 全てがご馳走

 部屋の冷蔵庫から取り出したケーキの数々に、僕は舌鼓を打ってしまう。それよりも、たくさんの種類があって食べきれるのかという疑問の方が大きかった。 「大丈夫ですよ。冷凍保存もできますし、ここには専門のスタッフが大勢いるので」 「た、確かに……あの、僕はフルーツの乗ったやつが好きです」 「フルーツ……タルトとかですかね」 「はい、そうです」  僕がそう言うと小皿に乗せてくれた。僕が一口食べると口いっぱいに、苺の甘酸っぱい香りが広がっていく。  美味しい……流石、一流ホテルのケーキはいつも食べているとはランクが違う。そういえば、誕生日の時は蒼介が近くのケーキ屋で買ってきてくれたっけ。  あのケーキの味を思い出したくても、脳が拒否しているようで出来ない。そんな僕を、愛おしそうに見つめてくる花楓さん。  若干の気まずさがあったけど、僕は気にせずに食べる。その横で優雅に紅茶を飲んでいる姿は、まるで映画のワンシーンのように洗練されていた。 「美味しいですか」 「はい……かなり」 「よかったです。お口にあったようで」  嬉しそうな表情を浮かべていて、急激に恥ずかしくなってしまった。そのため、話題を変えることにした。 「花楓さんは、食べないんですか」 「私は……甘いものは苦手ですね」 「そうなんですか? うーんと……」  近くにあったモンブランを見て、僕は小皿を手に取って乗せた。一口食べてみると苦かった。  これは完全に大人向きな感じがする。花楓さんの口元に、一口フォークでとって運ぶと驚いていた。 「このモンブランなら、苦くて大人な感じですよ。僕には少し苦いです」 「……いいんですか、これは湊さんの分ですよ」 「あっ……その、調子に乗りました。只その……ケーキは、大勢で食べた方が美味しいですよ」  僕がそう言って微笑むと、少し躊躇っていた。そのため僕が手を引っ込ませようとすると、僕の手首を掴んでモンブランを食べてくれた。  そのためか必然的に上目遣いになってしまって、いつも見上げているのに変な感じがした。 「湊さん?」 「あっ……美味しいですか」 「はい、とても……湊さんと食べれば、全てがご馳走です」  そんなことを恍惚な表情を浮かべて言うものだから、途端に恥ずかしくなってしまう。きっと顔が真っ赤になっているだろう。  僕は咄嗟に体ごと横に向いて、逸らしてしまう。すると花楓さんのクスッと、笑う声が聞こえてくる。  もうこの人は……完全に僕が恥ずかしがっているとこを見て、楽しんでるよね……でもそんなところが、少し可愛いかな? なんて思ってしまった。  ケーキを何種類か食べて、紅茶を二人でゆっくり飲んでいた。そんな時だった。花楓さんは、何やら細長い小包をカバンから取り出していた。  するとその細長い小包を僕に、渡してくれたから反射的に受け取る。そして、柔らかで優しい笑みを浮かべていた。 「お誕生日、おめでとうございます」 「あっ……えっと、あの」 「誕生日プレゼントです」 「ここまでやっていただいて……そのうえ、プレゼントだなんて……」  嬉しいけど、こんなにもらってしまっていいのかな……その上あんなことまで、してもらって……。  さっきの出来事を鮮明に、思い出してしまって恥ずかしくなってしまう。頭を撫でられて、顔を見ると優しい笑みを浮かべていた。 「もらってほしいです。これは誕生日プレゼントと、秘書になったお祝いですので」 「そ、そういうことなら……ありがたく頂きます」  そう言って笑って、小包を開けようとする。しかし僕は自分で思っていたよりも、不器用みたいで包装紙を破きそうになってしまう。  折角のお祝いなのに、ぐちゃぐちゃにしてしまいそうだった。花楓さんはそんな僕を、愛おしそうに見つめていた。  それでも見かねたのか、後ろから抱きしめてきた。その状態のままで、優しく手を重ねてきた。  そして包装紙を器用に剥がしていく。それ以上になんか、とてつもなく恥ずかしくなってくる。  横長の箱の中には、漆黒の万年筆が入っていた。綺麗な漆黒でまるで、何ものにも染まらないような感じがした。 「万年筆?」 「はい、秘書になられたので。使って下さい」 「ありがとうございます。使ったことないですけど、使えますかね」  僕がそう聞くと、ホテルに置いてあったメモ用紙を持ってきた。僕は万年筆を持って、観察していた。  初めて見たけど、こんな感じなんだなと思っていた。すると後ろから抱きしめた状態で、万年筆を持った僕の右手に手を重ねてきた。 「こうやって、書きます」 「はい……」  真剣に教えてくれているのに、僕はメモや万年筆の方じゃなく……。僕はそんな花楓さんの横顔を見つめる。カッコいい……。  正直ここまでしなくても、いいのにな……。そう思ったけど、嬉しそうに試し書きをしていた。そのため何も言わずに、されるがままになっていた。  花楓さんが嬉しそうに、しているのもあったし……。僕がこの手から伝わってくる体温を、手放したくなかったからだ。 「これからは、この万年筆を使って下さいね」 「はい、大事に使います」  僕たちは、そう言って見つめ合い微笑んだ。そして隣接されている浴室に、入ることになった。当たり前のように、一緒に入ろうとしたから流石に断った。 「手を出したり、しないですよ」 「えっと、それは分かってますけど……さ、流石に恥ずかしいです」 「クスッ……分かりました。しっかり、温まって下さいね」  おでこに自然な流れでキスされて、恥ずかしくなって急いで浴室に向かう。流石高級ホテル、もう既にお湯が張ってあった。  脱衣所に戻ってスーツを脱いで、再び浴室に入る。手でお湯の暖かさを確認して、自分の体を洗い始める。  もう……恥ずかしすぎて、まともに顔が見れないじゃないか。体を洗い終わって、浴槽に入る。 「ふう〜、気持ちいい」  思わず声が出てしまうほど、気持ちよくて息を吐く。そこで気がついてしまう……今日、蒼介のこと忘れていたことに。  あんなに好きで好きで堪らなくて、会いたくてでも怖くて……こうして、いつの間にか過去になっていくのかな。 「僕は……花楓さんのこと、どう思っているのかな」  自分でも、分からないあの人に対しての感情……。答えが出ないまま、ずるずると先延ばしにするのは良くない。  分かっているけど、今の関係が心地いい。自分でも最低だって、分かってるんだけど……。  完全にあの人の、僕に対する感情を利用している。こんなの絶対に僕にとっても、あの人にとっても良くない。 「どうしたら、いいんだろ……」  僕の弱々しい声が、浴室内に響き渡る。しっかりと体が温まってから、上がって拭いた。  用意されていたバスローブに、身を包んで髪を乾かす。そんな時だった、こんこんとノックされた。

ともだちにシェアしよう!