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第14話 丸焦げ
「上がりましたか?」
「は、はい。今、髪を」
「開けますね。……髪なら、私が乾かしますよ」
そう言って当たり前のように、部屋に連れて行かれた。椅子に座らせられて、ドライヤーで丁寧に乾かしてくれる。
その指遣いが丁寧でなんか、急に恥ずかしくなってしまう。気がつくと、乾かし終わっていたようだった。
「ではもう遅くなってしまったので、先に寝てて構わないですよ」
「あの、それは……申し訳な」
「そんなに遠慮しないでください。会社じゃないんですから」
後ろから抱きしめられた状態で、耳元で囁かれた。もうこの人は、どうしてそんな普通にできるのだろうか。
そして満足そうに脱衣所の方に、向かっていった。もう、恥ずかしすぎるのですが……。
確かに時計を見ると、既に時刻は夜の十一時半だった。最近色々とありすぎて、よく眠れるようになったような気がする。
「ふわあ……お言葉に甘えて、寝よう」
欠伸が出てきたから、僕は素直に寝室の方に向かう。ベッドに横になると、いつの間にか寝てしまっていた。
少し予定の早いヒートが来てしまった。そのため、僕は会社からヒート休暇をもらった。
最初の数日は辛いけど、後半になってくると楽になってくる。その間、家にいても暇な僕は花楓さんに許可をもらって掃除をすることになった。
「いつも、料理してもらっているし。よしっ、今日は僕が作って驚かせよう」
そう思って冷蔵庫を見て、簡単なものを作ろうと思った。しかし、結果は失敗だった。
完全に魚が丸焦げになってしまって、味噌汁は濃すぎるし……最悪だ……でも、捨てるわけにはいかない。
「よしっ、食べるか」
「やめて下さい。体、壊しますよ」
「花楓さん! あの、これは……」
「はあ……」
丸焦げの魚を食べようとすると、花楓さんがいつの間にか帰ってきていたようだった。
完全に呆れていて、顔を手で覆っていた。どうしよう……役に立つどころが、完全に怒らせてしまった。
そう思ってモジモジしていると、頭を撫でられた。恐る恐る顔を見てみると、穏やかな笑みを浮かべていた。
「別に怒ってはいませんから、安心して下さい」
「で、でも……食材を無駄に」
「……人には得意不得意があります。それに、料理は私が担当するので」
「はい、すみません」
僕が反射的に謝ると、優しく抱きしめてくれた。その匂いが暖かさが、とても心地よくて安心してしまう。
それから丸焦げの魚をお米と一緒にしてリゾット風に調理してくれた。味噌汁も味を整えてくれて、すごく美味しかった。
他にも短時間で色んなおかずを作ってくれて、まるでプロの料理人みたいだった。鮮やかすぎて、つい見入ってしまう。
僕たちは、ダイニングテーブルの目の前に座った。そして、顔を見合わせながら食事をとっていた。
「因みにですけど、料理の経験は」
「ないです……というか、恥ずかしながら包丁を握るの止められていたので」
「……高校の時の家庭科の成績は」
「確か、小学生の時から二でした」
花楓さんに聞かれて、あの時のことを思い出していた。何故か、花楓さんのため息が聞こえた。
そして何やら、頭を抱えて考えていた。少し言いづらそうにしていたが、意を決したように伝えてきた。
「お願いですから、今後料理はしないで下さい」
「えっ……でも」
「人には向き不向きがあるので、料理に関しては後者です」
顔は笑っていたけど、全く目が笑っていなかった。できるだけ、僕を傷つけないように言ってくれていた。
それは直ぐに分かったけど、それでも何か役に立ちたい。でも考えてみたら、蒼介にも透真にも同じことを過去に言われたような気がする。
「僕も何か、お役に」
「湊さんの体のためにも、今後洗い物以外でキッチンに立たないでくださいね」
「はい……」
完全に花楓さんのオーラに圧倒されて、頷くしかなかった。それでも優しい笑みを浮かべて、僕のことを思った発言をしてくれた。
「料理以外の家事は、お願いできますか」
「はい、分かりました」
やっぱ、優しいな……ため息をつきながらも、僕のことを一番に考えてくれている。その瞬間、確かに僕の心の中の花楓さんの比率が多くなったような気がした。
明らかに、花楓さんに今までとは特別な感情を抱いていることに気がついてしまった。しかし蒼介のことが心に引っかかっていて、このままではダメだと思う。
一週間のヒート休みが終わって、会社に出社する。社長に言われて、人事に書類を持っていった。
「とう……金城さん、これ書類」
「おう、なんか名字呼びが数年経っても慣れない」
「えー、僕は別に」
「酷いっ! パパ、悲しい」
そんな感じのいつもの、コントをしつつ書類をまとめてくれていた。上司の人に確認のために、透真が席を立った。
僕は椅子に座ってボーと、待っているとヒソヒソと話している人事部の女性二人がいた。明らかに僕の方を見て、ニヤニヤしていた。
「広瀬さんって、婚約者捨てたんだって」
「知ってる〜社長に乗り換えたって」
「怖いよね〜必死すぎ」
そんなことを言われていても、僕は俯いて何も言うことができない。蒼介のことは好きだけど、この感情がまだ恋愛感情なのか分からない。
これだけは、はっきりしている……社長に感じているこの感情が、只の上司と部下の感情じゃないと言うことだけ。
そう思ってため息をついていると、いきなり大きな音が聞こえた。顔を上げて見ると、透真が話していた二人の近くの椅子を倒した音だったようだ。
そして笑顔だったけど、完全に目が笑っていないしオーラが黒かった。話していた二人に、嫌味たっぷりに聞いていた。
「どうでもいいけど、さっき頼んだ書類は? 出来たの?」
「ま、まだです……」
「じゃあ、無駄口叩かずに仕事しろよ。あの二人のこと何も知らないくせに、勝手なこと言うな」
「は、はい……すみません」
女性二人が謝って怯えていた。透真はニコニコ笑顔を浮かべて、こっちに来て書類を渡してくれた。
ほんとマジでいい奴だよな……怒る時は自分のことじゃなくて、いつも誰かのため何だよね。
ほんと僕は周りに恵まれていると、実感して胸がじわあと温かくなった。そして僕に優しく微笑んで、頭をぐしゃぐしゃにされた。
「ちょっ! 何すんの!」
「寝癖みてー」
「ぶー、ふんっ……ありがとね」
「おう、またな」
そう言って笑顔で手を振ってくれたから、僕も手を振ってその場を後にする。人事部から出たら、急に催してきた。
するとちょうどよく、トイレを見つけたから入った。用を足した後に、個室から出るとそこには蒼介がいた。
「み……湊」
「そう……すけ」
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