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第23話 花楓side 広瀬湊
俺は誰もが、知っている帝財閥の御曹司で三男だ。全てを持っていて、何一つ不自由ない生活をしている。
世間の奴らはそう思ってるんだろうな……。しかし、実際のところ俺は昔から全てを諦めていた。
俺は帝財閥の総帥である祖父の息子の、浮気相手との間に生まれた子供だった。俺の本当の母親は、イタリア人のΩの女性だった。
家政婦として住み込みをしていた母と、父が体の関係になった。そしてその事実を隠蔽するために、母から俺を取り上げた。
そのためか、家の何処にも俺の居場所なんてなかった。お前はいらない子と言われ、殴られることなんて当たり前。
少しでも反抗するなら、食事を抜かれることもあった。テストでいい点なんて、当たり前。
「いいか、お前が妾の子なんて絶対に言うんじゃないよ。言ったら、この日本でお前がいる場所はなくなる」
「はい、おばあさま」
「中学を卒業したら、働きに出るんだ。未成年のうちは、家に置いてやる」
実の祖母には冷たい目で言われて、俺の心はもう既に限界だった。それでもまだ、救いはあった。
それは双子の十歳年上の兄たちである。一人目は花が舞うと書いて、ハルマと読む。黒髪でややつり目でメガネをかけている。
少し厳しいところもあるが、それでも食事を抜かれた俺にこっそりおやつを持ってきてくれた。
「美味しいか」
「うん、ありがと……」
「兄弟なのだから、当たり前だ」
もう一人が花に向うで、カナタと読む。父の本妻が赤髪のため、赤髪で八重歯が特徴だ。
俺も花舞兄も背が高いのに、花向兄は少し小さかった。二人の兄貴は表立っては、優しくなかった。
それでも陰で助けてくれたり、遠回しに周りの怒りを収めてくれていた。俺が反抗出来ない分、俺をバカにする振りして声を上げてくれた。
「お前は悪くないんだから、堂々と胸を張れよ」
「うん、ありがと……」
「おうっ!」
二人ともαで、弟の俺から見ても優秀だった。俺はそんな二人が、本当に大好きだった。
でもいつしか、花舞兄は俺に本当の意味で笑わなくなった。立場なんかもあって、出来ないのかもしれない。
分かっていても、やっぱりかなりショックだった。それでも相変わらず花向兄は、俺に対してとても優しかった。
「花舞も、いろいろあんだよ。気にすんな」
「うん、ありがと」
そんな俺だったが、中学一年の時に転機が訪れる。検査の結果、上級αだと判明したのだ。
その途端周りの連中の俺に対する態度が、あからさまに豹変した。殴られなくなって、甘やかされるようになった。
上級αというのは、俺が思っていたよりも貴重な存在のようだった。冷たかった祖母もいつまでも、家にいていいと言う。
大学も一流のところに、行かせてやると言われた。中学生の俺には、得体の知れない魔物に見えた。
俺の心はもう完全に、限界だった。正直、消えてなくなってしまいたかった。何も考えずに、学校に向かう道中。
街中でヒートを起こして、倒れてしまった男性のΩがいた。いつもなら無視していたが、いなくなる前に何か一ついいことをしたかった。
俺は抱き上げて病院まで、付き添った。病室でぐっすり寝ているΩを見て、一瞬時が止まったような感覚がした。
「可愛い……まるで、天使だ」
前にも後にも誰かに、こんな感情を抱いたのは初めてだった。物凄く触りたくて、思わず手を伸ばすと目を覚ます。
俺は直ぐに手を引っ込めて、目を逸らしてしまう。それでも純粋な瞳で、濁っていない綺麗で美しかった。
二人の兄貴にも、そんな目を向けられたことはなかった。俺の中に確かに、恋という感情が生まれた。
「あっ……」
今じゃない……気持ちを伝えるのは。上級とはいえ、まだ中学生の子供だ。何も出来ないし、何も守れない。
そう思って俺は、何も言わずに病室を後にする。俺が出た後に、男女が入っていくのが見えた。
両親だろうか……優しそうな人たちだった。いいな……羨ましい。俺は愛された記憶がないから。
母の顔も名前も知らないし、会ったこともない。枕元にあった名前のプレートに、書いてあったのは……。
ーーーー確か、広瀬湊。
「待ってて、湊……近いうちに、迎えに行くから。俺のΩ」
その数十年後に、海外の大学を出て日本に戻ってきた。支社で働いた後に、今の会社の社長に就任した。
そこで社員の資料に目を通していると、広瀬湊の履歴書を発見した。嬉しかった……ここに湊が就職しているのは知っていた。
社長に決まった時に、一回見学に来ていた。新しく変わるということは、非公式だったから伏せている状態だった。
従姉妹で俺の秘書になる咲良に、会社の中を案内してもらっていた。流石の規模だけあって、社員の数も多い。
経営学を学んだりして、海外の知り合いも増えた。全ては湊のために、再会した時に守れないと困るから。
それなのに、廊下ですれ違った湊の隣には婚約者がいた。最悪だ……俺以外と婚約しているとか、最悪すぎて嫌悪感がある。
まあいいや……それでも、俺のΩだから奪いに行く他ない。でも今じゃない、婚約していても番にはなっていないようだった。
温かい陽だまりのような、フェロモンの香りだった。そこには他の香りは、混ざっていない。
「待ってて、湊……迎えに行くから」
それから数日後のこと、社長就任の日のこと。会社のロビーに行くと、社員の殆どが俺を見に来ていた。
興味はなかったが、適当に愛想よく振るまう。そこで可愛いくしゃみの声が聞こえて、見てみると湊だった。
隣には婚約者の小笠原がいて、幸せそうに見つめ合っていた。俺は一瞬怒りで、どうにかなりそうだった。
しかし直ぐに我に返って、優しく微笑むと目が合ったような気がした。今はいいよ……でも最終的に君の隣にいるのは俺だから。
その数週間後のこと。秘書の佐々木の野郎が、クソみたいなミスをした。部下のミスをカバーするのはいいが、いい加減にしてほしい。
コーヒーを書類に溢したり、コピー機を壊したりする。そのためイライラしながら、車を運転していた。
「ったく、マジでいい加減にしろよ。新入社員って言ったって、もう半年以上経ってるだろ……」
でも変に感がいいから、俺が気がつかないことに気がつく。そのため切りたいが、出来ずにいるんだよな。
「はあ……あれって? 湊だよな?」
ため息をつきながら運転していると、フラフラ〜と湊が公園に入って行くのが見えた。なんとなく様子が可笑しかったから、気になって車を路肩に停めて入る。
そこには雪が降っている中、ベンチに寝そべっている湊がいた。まるで天使のように見えて、幻想的な雰囲気があった。
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