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第25話 花楓side 君は俺のものだ
それに自分で用意したとはいえ、ワイシャツ一枚だけはそそる。なるほど、くだらないと思っていたがこれはヤバい。
気がつくと首筋に息をかけていて、ビクンと体が反応していた。後ろから腰を支えていたが、少し震えていた。
イカン……これはダメだ。まだ早い、ここで信用を失くしては。じんわりと少しずつ、相手の心の隙間に入り込む。
そう思って寝室の方に行って……息を整えて、すっかり反応している息子をクールダウンさせる。
「焦るな……時間はたっぷりあるんだ。髪濡れてたな……」
タオルを持ってそれを口実に、納得させる。意外とちょろいな……何故か少し、罪悪感を抱いているように見えた。
それはそれとして、このままじゃ体に悪いからパジャマを持ってきた。話があるそうだが、先に着てもらう。
「あの社長、お話があります」
「そういえば、そうでしたね。聞きますよ」
「……辞表を出したいです」
「……えっ」
そんなこと言われるとは、思いもしなかった。あれか……小笠原に会いたくないのか。意外と行動派なんだな。
そんなこと絶対にさせるわけないだろ。そうだ、いいこと思いついた。秘書にするのは、どうだろうか。
あの使えないやつがやっていることを、お願いすることにする。湊はうちの会社に入って、五年目だから仕事はできる。
成績も一番じゃないが、いつも上位の方にいる。取引先からの信用も厚いし、何より側に置いておきたい。
そう思っていると湊に、頬を触られていた。俺を見る目がとても優しくて、少し胸がチクリとした。
「広瀬さん、何故。辞めたいのですか」
「……彼と、小笠原と一緒に仕事したくないからです。すみません、私情で」
「いえ、無理はないですよね。昨晩のようなことがあれば……」
気がつくとソファに押し倒して、キスをしていた。柔らかくて、暖かくてずっと触れてたい。
こんな感情初めてで、自分でも歯止めが効かない。それでも湊の心は、俺の入る隙間はないようだった。
「広瀬さ……」
「そう……すけ」
「……すみません、頭冷やしてきます」
そう思ったら急に泣きそうになってきて、その場を離れた。俺は深呼吸して、会社の人事部に電話する。
すると何の因果か、金城が出たから手短に伝えたいことを伝える。人事に掛け合って、湊を秘書にするように伝える。
湊のことを、大切にしてくれている幼なじみだ。そのため、何か言いたそうだったが了承してくれた。
「あっ……ヤバいかも」
かなり胸が苦しい……その場にへたり込んで、泣き崩れてしまう。俺は一体何してんだよ。
凄まじい罪悪感と、抑えきれない自分に……。かなりの嫌悪感が頭の中を駆け巡って、気持ちが悪くなってしまう。
焦り、焦燥感、そして自分じゃ湊を幸せに出来ないんじゃないか……分かってるんだ。こんなのは、湊の気持ちを考えていない。
勝手な一人よがりで、傷ついて勝手に落胆している。それでも、こんな感情生まれて初めてでコントロール出来ない。
湊が優しければ、優しいだけ自分が醜いと感じてしまう。俺が後ろ向きになって、どうする。
今一番傷ついているのは、湊なんだから。俺はそう思って立ち上がって、涙を拭いてリビングに向かって謝る。
それなのに、湊は何故か何処かへ行ってしまいそうになる。勢いで腕を掴むと、俺を見ているようで見ていない。
「何処に行くんですか」
「……帰ります」
「な……んで」
「これ以上、社長にご迷惑おかけするわけには行かないので」
――――ふざけんな。
思わず強く握ってしまって、痛いかもと思ってしまった。その隙に逃げられてしまって、俺は本能のままに詰め寄る。
寝室の方に行こうとするから、荷物を取ろうとしていると思った。ドアノブに手をかけた瞬間に、後ろから抱きつく。
「しゃ」
「ダメだ……絶対に、帰さない」
「なっ……」
やっと手に入れることが出来るんだ……絶対に何があっても、離してやるもんか。そこで湊のフェロモンの香りが強くなる。
ヒートか? いや、違うこれは……マーキングだ。上級αにしか出来ないと言われている能力の一つだ。
本では読んだことがあるが、自分にはそんな対象が出来るなんて思いもしなかった。小学生の時に知ったから、あの時は恋愛なんてする気がなかった。
勘違いされがちだが、マーキングは上級αでも自分の意思では出来ない。でもこれだけは言える。
――――君は俺のものだ。
「湊、もう一度言う。俺の傍から、離れるな」
「かえ……で……さ」
湊が俺の名前を呼んで見られて、我に返って自我を取り戻す。マーキングは残念ながら、解くことは出来ない。
一生涯、縛りつけてしまうもの……まあ、俺にとっては残念ではない。只……流石にキツイようで、その場にへたり込んでしまった。
「あっ……すみません! 大丈夫、ではなさそうですね」
俺は抱き抱えたままで、寝室に連れて行ってベッドに寝かせた。完全に全身に力が入っていないようで、俺に身を任せていた。
俺が耳元で呟くと、一瞬ビクッと反応していた。それがあまりにも、可愛くてより一層手放したくなくなった。
「もう二度と、帰るなんて言わないでくださいね」
「しゃ……ちょう、でも迷惑が」
「誰か迷惑だなんて言いましたか?」
「それは言ってないですけど……」
布団をかけて、おでこにキスを落とす。うとうとし始めて、直ぐに寝てしまった。スヤスヤ眠っていて、その表情は穏やかに笑っていた。
俺は寝顔をしばらく見つめて、仕事をするために仕事部屋に行く。メガネをかけてひと段落終わったから、メガネを外し寝室に行く。
「寂しい……」
「大丈夫ですよ。私がいるので」
湊がまた泣いていて、だいぶ衰弱しているように見えた。無理はないか、俺が物理的に距離を置かせているからな。
湊のためと言いつつ、半分以上は俺自身のためだ。湊の近くに寄って、涙を拭くと湊に抱きつかれた。
「どうしたのですか? どこか、痛いのですか?」
「社長は……なんで、優しくしてくれるのですか」
「……下心ですよ。私は初めて会った時から、貴方に一目惚れしたのです」
「えっ?」
下心しかないな……冷たくなっていて、本気で怖かった。守りたいのも、大事にしたいのも事実だ。
でも一番は俺の独りよがりの、自己中心的な考え方しか出来ない。それでも湊は俺のことを、考えてくれている。
「あ、あの……僕に一目惚れされるような、要素ないとおも」
「貴方はご自身の魅力に、気がついていないだけですよ」
「あっ……」
顎を持ち上げて強制的に俺の方に、顔を向けさせた。上目遣いが可愛くて、いつまでも見つめることが出来る。
俺だけを見つめていてくれて、そこには俺だけが写っている。ずっとこの先も、永遠にそうならいいのに。
「すみませんが……社長のお気持ちには……」
「いいですよ。ただ……今は広瀬さんのためにも小笠原さんのためにも、距離をおいた方がいいですよ」
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