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第27話 花楓side  首元を見せるな

 無防備に首元を見せるな……君は自分の魅力に鈍感すぎて、途端に心配になってしまう。  俺が顔を近づけると、静かに目を閉じる。マジでどこまで、無自覚に誘ってくるんだよ。  流石の俺も我慢の限界が近くなってくるぞ。はやる気持ちを抑えて、耳元で甘く呟いてみる。 「今、首元見せないでください。うっかり噛みそうだ」 「つっ……」  耳まで真っ赤になっていて、いじりがいがある。自分にこんなSっ気があるなんて、今までの人生で感じたことない。  きっと今までは欲しくても、必死に我慢してきたから。妾の子だと言われて、冷たくあしらわれても……。  我慢してひたすら耐えて、だから俺は欲しいものの手に入れ方が分からない。正直、自分がやっているこの方法が有っているのか分からない。  まあそんなこと、この際どうでもいいか。俺がそう思って微笑んでいると、急に湊のお腹が主張し始める。  思わず笑ってしまったが、湊の体を起き上がらせる。ソファに連れて行って、料理を口に運ぶ。  すっかり冷めているな……湊は何も言わないが、冷めているものなんて食べたくないよな。 「冷たくなってしまったので、下げますか」 「大丈夫ですよ。もったいないですから」 「……ふっ、そうですね」  本当にいい育ち方をしたんだろうな。俺なんかと違って、真っ直ぐで行動派で……。いつも、しっかりと自分を持っている。  君を見ていると自分の醜さが、露呈されて行くみたいで……。悲しくなってしまうが、その屈託のない笑顔を見ると癒された。  ケーキを用意してもらっていたから、フルーツタルトを皿に乗っけて湊に差し出す。嬉しそうに頬張っていたから、見つめていると質問された。 「花楓さんは、食べないんですか」 「私は……甘いものは苦手ですね」 「そうなんですか? うーんと……」  苦手というより、中学に上がって上級だと分かるまで食べさせてもらえなかった。双子の兄は、俺に持ってきてくれた。  でも俺はなんとなく、俺はケーキを食べてはいけないと感じていた。だから、湊が食べるのを見るだけで満足だ。  今度はモンブランを食べたいようで、小皿に乗せて一口食べていた。少し苦そうな顔をしていたから、口に合わないようだった。  苦いのが苦手なのか、可愛いな……そう思っていると、俺の口元にモンブランを運んできた。 「このモンブランなら、苦くて大人な感じですよ。僕には少し苦いです」 「……いいんですか、これは湊さんの分ですよ」 「あっ……その、調子に乗りました。只その……ケーキは、大勢で食べた方が美味しいですよ」  あっそうか……なんで今まで分からなかったのだろうか。俺が欲しかったものは、湊の体だけじゃない。  ――――心が欲しかったんだ。  なんでこんな単純なこと、分からなかったんだろう。今日だって、本当は只純粋に湊に喜んで欲しかっただけだ。  俺は困っている湊を見て、つい微笑んでしまう。手を引っ込ませようとしたから、手首を掴んでモンブランを口にする。  美味しい……確かに苦いが、それでも湊の思いが乗っているように感じた。嬉しくなってしまって、顔を見ると顔が真っ赤になっていた。 「湊さん?」 「あっ……美味しいですか」 「はい、とても……湊さんと食べれば、全てがご馳走です」  もっと早く気がつけば、よかったと後悔する……。君に対する気持ちも、行動も変わらないが……。  それでも……君が笑っていてくれさえすれば、それだけで満足だ。プレゼントの小包を渡すと、少し戸惑っていた。 「お誕生日、おめでとうございます」 「あっ……えっと、あの」 「誕生日プレゼントです」 「ここまでやっていただいて……そのうえ、プレゼントだなんて……」  ここまで近づいても、まだ心が遠いのかもしれない。正直泣きそうになるのを、必死に押さえ込んだ。  慣れてるじゃないか、何かを必死に堪えるのは……。悟られないように、必死に打開策を考案する。 「貰ってほしいです。これは誕生日プレゼントと、秘書になったお祝いですので」 「そ、そういうことなら……ありがたく頂きます」  よかった……貰ってくれた。自分の気持ちに気がついたら、途端に湊の言葉や仕草が気になり始める。  恋ってこんなに、色んなことを考えてしまうもんなんだな。始めてすぎて、何をどうすればいいのか分からない。  そこで改めて気がついてしまう。俺にはこんな時に、相談できるような友達がいない。仕事仲間や大学の友人はいるが、表面上の付き合いしかない  相手だって、それは分かっているだろう。それでも俺が帝財閥の御曹司だから、仲良くしてくれているだけだ。  そんなことばかり、考えているから……打算や計算でしか、物事を判断できないから……。  友達がいないのかもしれない、相談できるような人が……。湊と金城さんみたいな心の底から信頼できる友人が……。  それはそれとして、不器用すぎないか……包装紙一つ取るのに、どれだけ時間がかかるんだよ。  マジで可愛くて、俺は後ろから抱きしめる形で手を重ねる。ヤバいかも……心臓の鼓動が速くなってきて、だいぶ変な感じがする。  急いで包装紙を剥がして、万年筆を箱から取り出す。湊の髪の色と同じ漆黒の、綺麗な万年筆だ。 「万年筆?」 「はい、秘書になられたので。使って下さい」 「ありがとうございます。使ったことないですけど、使えますかね」  一緒に万年筆を使って書いて、もっともっと欲しくなった。でもそれは、湊が俺のことを好きになってくれてからだ。  ほんとにそんな日が来ればいいのにな……今はそう思うしか、できない自分が歯痒く感じてしまう。  お風呂から上がった湊は、いつにも増して色っぽく見える。俺は深呼吸をして、ドライヤーで髪を乾かす。 「……髪なら、私が乾かしますよ」  丁寧に乾かすと、艶やかな髪がもっと綺麗になる。人の髪って、こんなに綺麗なもんなんだな……。  この髪も全て自分のものにしたくなった。このままだと色々とヤバいと思って、先に湊を寝かせることにする。 「ではもう遅くなってしまったので、先に寝てて構わないですよ」 「あの、それは……申し訳な」 「そんなに遠慮しないでください。会社じゃないんですから」  俺は湊の返事を聞いて、満足になって脱衣所に向かう。これから、本腰入れて落としに行かないとな。  小笠原に対抗して、結果湊を傷つけてしまった。俺って意外と、子供なのかもしれない。  もしかしたら、子供っぽい俺は嫌われるかもと怖かった。病室で二人っきりで話している時に、盗聴器のスイッチを入れる。 「ひとつ聞いておきたい……俺のことは気にせずに、正直に答えて。社長のことは、好き……なのか」 「好き……だよ。近々、言うつもり」  その発言を聞いて体中が、火照っていくのを感じた。そんな時に、小笠原の両親に質問をされた。 「社長さんは、湊さんとお付き合いされているのですか」 「はい、お付き合いしています」 「そうなのですか……あの……湊さんのこと、よろしくお願いします」 「はい、絶対に幸せにします」  俺が頭を下げると、悲しそうな表情を浮かべた湊が出てきた。病室の中から啜り泣く声が、聞こえてきた。  若干の罪悪感があったが、湊と共に両親に頭を下げた。後ろを振り向かずに、歩く湊を支えて歩いていった。

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