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第29話 呪文

 人の噂も四十九日って言うけど、いつ間にか会社の中の僕に対する印象も改善されたような感じがする。  まああの、蒼介と花楓の喧嘩を見たら怖くなるよね。若干あれから、社員から恐れられていたし。 「僕のためにやってくれたから、嬉しいんだけどね」  それはそれとして、今日は四月一日で花楓の誕生日。ちょうどよく土曜日だったから、一日デートをすることになった。  花楓に駅前で待ち合わせしたいって言われた。そのため、先に花楓が駅前で待っている。  僕はそんな花楓を、遠くにある電柱の陰から見ていた。だって色んな人に話しかけられて、何やら話している。  上級αだもん……モテるのは、分かっていた。要因は見た目もあるだろう……金髪で端正な顔に、身長が高く筋肉質。  そして今日は一段とキラキラして見えて、誰よりも光り輝いている。薄い茶色のコートが、似合いすぎてカッコよすぎる。 「モテないはず……ないよな」 「何が、ないんですか」 「えっ! うわ!」  僕が悩んでいると、突然背後から来て声をかけられた。驚いて大きな声を、出してしまったから周りから注目されている。  恥ずかしくて俯いていると、花楓も口元を抑えながら肩で息をしていた。この人は……完全に僕で遊んでる。  そう思って少し怒っていると、優しく微笑んで手を差し伸べてくる。僕は嬉しくなって、手を繋いで歩き出す。 「どこに行きたいですか」 「お花見なんて、どう?」 「お花見ですか……分かりました」  僕の言葉に少し考えた後に、柔らかな笑みを浮かべて了承してくれた。僕たちは近くの公園に来て、ベンチに座って身を寄せ合っていた。  そういえば、この公園で蒼介に会って……。花楓にも出会えたんだよな……。ここの桜がいつもよりも、美しく見えてきた。 「お花見って初めてでしたが、いいものですね」 「まだ、お花見じゃないよ」 「えっ? そうなんですか?」 「お花見といえば! ご馳走でしょ!」  と言うことで、僕たちは屋台で焼きそばやたこ焼きを買って食べていた。彼は屋台って初めてらしく、子供のようにはしゃいでいた。  その姿が可愛くて、僕も全力で楽しんでいた。二人でボートに乗って、静かに漕いでいた。 「お花見って最高ですね」 「楽しい?」 「はい、湊が隣に居てくれるので」 「花楓……すごい殺し文句」  そう言って優しくキスをして、僕たちは優しく見つめ合っていた。幸せすぎて、周りからの視線も気にならない。  ボートを降りて次は、カフェに行ってみたいと言うので来た。カフェに来たこと、無いようだった。 「えっと、コールドブリュ? フロート?」 「それはコーヒーに、アイスが乗ってるやつだよ。花楓はこっちのコーヒープレスで」  僕は慌てている彼が可愛くて、代わりに注文していた。僕は甘いやつがいいなと思って、知らない人には呪文に聞こえる飲み物を頼む。 「ショートデカフェノンファットブラックモカで、お願いします」 「……じゅ、呪文?」 「ぷっ……声に出てる」 「はずっ……」  耳まで真っ赤になっているのを見て、僕は可愛いなと思っていた。周りからも、ぽやあと熱い視線とクスクスと笑い声が聞こえてくる。  そしてショートケーキと、ビターチョコレートケーキを頼んだ。二人で注文を受け取って、空いている席に向かい合って座った。 「あの注文、すごいですね」 「知らない人には、呪文に聞こえるんだよね」 「……そのことには、触れないで。恥ずかしい」  また耳まで真っ赤になって、恥ずかしがっている恋人が可愛い。いつもはスマートで、カッコいいのに可愛いとか反則。  この甘い飲み物が、いつも以上に甘く感じる。ショートケーキも、いつも以上に甘くて幸せな気持ちになれた。  彼を見るとそっぽを向いて、少し不貞腐れていた。それがまた、可愛くて優しく見つめていると目が会って微笑み合う。 「でも、誕生日なのに……カフェでいいの?」 「どこでもいいんですよ。湊と一緒にいれるのならば」 「……そう」  なんでこの人は、そんなキラキラな笑顔で歯の浮くようなセリフを言えるのだろうか。  そのセリフを聞いて、体温が急上昇していく自分も大概なんだけど……。そう思っていると、立ち上がって声をかけられた。 「ちょっと、トイレに行ってきます」 「うん、行ってらっしゃい」  そんな爽やかに微笑みながら、行くの止めてよ……。この甘い飲み物やケーキよりも、甘くて胸焼けしそうになる。  僕が一人でチビチビ飲んでいると、近くの席から女性二人組の言葉が聞こえてくる。その言葉で、晴れやかな気分が落ち込んでしまう。 「今の二人って、カップルかな?」 「だって上級αでしょ。それがあの冴えないやつとか、ないでしょ」  そんな会話が聞こえてきて、少し前の僕なら落ち込んでいたと思う。だけど今は、素敵な恋人がいるから平気だ。  そう思って気にせずに、笑っていると彼が戻ってきた。そしてニコやかに微笑んで、僕の左隣に座った。 「な、なんで……隣?」 「こうして、くっつけるから」  そう言って体を密着させてきて、甘い顔をしてくる。この人、どうしてこんなにカッコいいの?  身が持たないからやめてほしい……そう思って、そっぽを向いて飲み物を飲む。すると僕の口に、ケーキを入れられた。 「美味しい?」 「う、うん……美味しい」 「コーヒー、美味しいですね」  涼しい笑顔で甘いことをしてくるから、ほんとに身が持たない。心臓の鼓動が早すぎて、完全に顔が真っ赤だろう。 「あれ? 広瀬くんだ」  すると急に声をかけられたから見てみる。そこには高校卒業以来の同級生の男女がいて、懐かしくて話し始める。 「久しぶりっ!」 「あのさ、隣のイケメンは?」 「彼は」 「初めまして湊とお付き合いしています。花楓と申します」  僕が紹介しようとすると、言葉を遮られてにこやかな笑顔で挨拶をする。またよそゆきの顔をしている。  付き合って一ヶ月ぐらいで気がついたけど、完全によそゆきの顔を持っている。僕と話す時は、イジワルだけど……。  それって僕には、心開いてくれているってことだよね。そう思っていると、彼女の方が爆弾発言をする。 「付き合ってるって、金城くんとは別れたの?」 「は? どういうことでしょうか?」 「おいっ! 余計なこと言うなよな!」 「あっ、ごめんねえ〜」  男の方が余計なことを言うなと、彼女の方を宥める。しかしもう時は既に遅いようで、左隣から殺気を感じていた。  確かに付き合ってたんだけど、これには深い事情がある。僕は怖くて彼の方を見ることが出来ずにいた。  ここで話すにはちょっと、よくないような気がするし……。どうしようと思っていると、彼は勢いよくコーヒーやケーキを食べていた。  若干の恐怖を感じつつ、僕も急いで食べ終わると手を差し出された。勢いで繋ぐと、優しく微笑んでいたけど目が笑っていなかった。 「行きましょう」 「う、うん……」  少し怒っているようだったけど、僕の歩幅に合わせて歩いてくれる。後ろから謝る声が聞こえたから、振り返って手を振っておく。  カフェを出た瞬間に、急に歩くスピードが速くなってきた。僕が無我夢中にそれに着いていくと、路地裏に連れて行かれて壁ドンをされた。

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