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第37話 愛し方

「ちょっとずつでいいから、話してよ」 「社長さ、電話で冷静保っているように感じたけど。ほんとは、そんなことないだろ」 「えっ……」 「だって……さっき食べた寄せ鍋の蟹持ってきてくれた時、目が赤かったから」  あの蟹、持ってきてくれた奴だったんだ。蒼介の時の連絡したとか、してないとか……そんなこと、どうでも良かったのかもしれない。  大切なのは、僕たちの気持ちの問題なんだよね。会いたい、今直ぐに会いたい。喧嘩になったとしても、目を見て話したい。 「帰りたい」 「そうだな。それがいいよ」 「何あったか知らないけど、しっかりと話さないとね。透真となんて、いつも喧嘩してるし」 「ちょっ、今はそれ関係ないだろ」  喧嘩か……それすら、出来ないことに壁を感じる。僕のこと傷つけないように、しているのも分かるけど……。  好きだって言っても、何も不満がないなんてことない。それなのに、僕には何も言わない。  こんな風に悩んでいても、仕方ないよね……そう思って立ち上がって、今度こそ帰ろう……僕の、僕たちの帰る場所に。 「送っていくよ」 「僕も行く」 「うん、ありがと」  二人に送ってもらっている時に、後部座席に座っている僕に律さんが大事なことを伝えてくれる。 「こんな時は、素直な気持ちを伝えることが大切だよ」 「うん……でも、不安だよ」 「不安なことも全て、そして好きだって伝えるしかない。透真の受け入りだけどね」  律さんがそう言って透真と、微笑み合っていた。いいな……僕たちもこんな風に、相手を尊重している関係になれるかな。  違うよね……ならなくちゃ、いけないんだよね。蒼介の時みたく、なりたくないから……。  もう二度と同じようになりたくない……マーキングとか同化とか、よく分からないけど。  これだけは言える……僕は彼が好きだから、それだけでいいんだよね。  ーーーー待ってて、今行くから。 「ありがとね、二人とも」 「言っただろ、頼って。こういう時のパパだから」 「うん、ありがと。透真パパ」 「マジでこのノリだけは、一生理解できないと思う」  僕たちの変なノリに、律さんはいつも通りの反応をくれる。僕は二人に笑って、手を振って車を後にする。  マンションの部屋の前に行って、意を決して鍵を開けて入る。その瞬間、強烈なタバコの匂いとお酒の匂いが混じってて気持ち悪くなる。  コートの袖で鼻を隠しながら、リビングの方に向かう。ソファでタバコを吸いながら、強そうなお酒を飲んでいる彼が目に入った。 「あっ……花楓」 「……何しに来たんだよ」 「……謝りたくて」 「お前が俺を拒絶したんだろ」  僕が声をかけるといつもとは、完全に別人の冷ややかな目線を向けてくる。タバコなんて吸ってるとこ、見たことないのに。  お酒だって僕は飲んでるけど、一滴も飲んでるとこ見たことない。そんなに怒ってるんだ……。  僕が悪いことも分かってるし、酷いこと言ったことも分かってる。だけど、そんな風に言うことないじゃん。  いつもの優しくて暖かく青みがかった瞳は、冷たくて光が灯ってなかった。どうしよう……。  僕が裾をギュッと握って、下を向いていると急に抱きしめられた。嗅いだことないタバコの匂いが、柑橘系の香りと混ざって更に気持ち悪くなる。 「ごめん、手……痛かったよね」 「……俺こそ、ごめん」 「花楓って、いつも優しいよね。だけど、それって僕のこと信用してないからでしょ」  僕が見上げながらそう言うと、苦しそうな表情を浮かべていた。多少の罪悪感はあったけど、今向き合わないと同じことの繰り返しになってしまいそうで。  彼の優しさなのかもしれないけど、僕に対して遠慮してるってことでしょ……そっか、寂しかったんだ。  ずっと一緒にいて僕はできる範囲で、全部話している。それなのに。彼は自分のことを全然話してくれない。 「マーキングのこと、聞いたんだろ」 「うん、同化のことも……なんで、教えてくれなかったの」 「信用してないとかじゃなくて、湊に嫌われるのが……怖かったんだ」  そう言う彼の瞳には、雫が溜まっていて綺麗だった。もう一度優しく抱きしめてくれた。相変わらず、タバコの匂いは好きじゃない。  だけど、柑橘系の香りは落ち着くんだよね。抱き合ったまま、彼は過去のことを話してくれた。  ご両親のこと、財閥の家のこと。その話は僕が、思っていた御曹司の生活とは真逆だった。  御曹司だからとか、どこか色眼鏡で見ていた。そんなことないのに、いつだって誰よりも努力していたのに。 「座ろうか……」 「うん……あの、花楓……」  優しく微笑んで二人で、身を寄せあってソファに座る。自然に僕の膝に頭を乗っけてきて、ドキドキしてしまう。  それから、彼はもっとすごい情報を教えてくれた。僕が忘れていたというか、誰か分からなかった人。 「あの時、俺は人生に絶望していた。全てを放棄して、人生を終わりにしたかった」 「……そこまでだったの」 「ああ、でもその時に出会ったんだ。天使のような笑顔に」  天使って、どうしてこの人は……真面目な顔して、そんなこと言えるのだろうか。聞いてるこっちが、恥ずかしくなる。  でもこうして、甘えてくれるのは嬉しい。そっか、あの時の僕を助けてくれた人って花楓だったんだ。 「顔は覚えてないけど、匂いは覚えてたよ。柑橘系のいい匂い」 「覚えててくれたんだ……嬉しい」 「名前も名乗らずに、行ってしまったから。なんとなくだけど」 「あー、中学の俺にはそこまで考えれなかったから」  そう言って目を逸らす彼が、いつもの可愛い顔を浮かべていて安心してしまう。膝枕している状態で、腰に抱きついてきたから頭を撫でる。 「嫌わないで……俺のこと、一人にしないで」 「うん、もちろんだよ」  僕がそう言うと起き上がって、僕の前に来て軽く触れるだけのキスをしてきた。相変わらず、タバコの匂いは嫌いだ。  だけど……可愛いな。僕に嫌われるのが、そんなに嫌なの? ……バカだなあ、ほんとにバカだよ。  ―――ーこんなに愛してるのに、嫌いになるわけないじゃん。  そう思って僕はニヤリと笑って、彼の顔をマジマジと見つめる。好きなんて生易しいものじゃなくて、僕たちは愛し合っているでしょ。  その数日後。完全に仲直りして、前以上に僕たちはラブラブになったと思う。今日は、心配かけてしまった透真と律さんと四人で飲みにきている。 「湊、今日は飲んでもいいよ」 「うん、ありがと……でも、今日はいいや」 「なんで?」 「花楓の顔、しっかり見たいから〜」 「もうっ……湊ったら〜」  そんな感じで僕たちは、二人そっちのけでイチャイチャしていた。二人からも周りからも、完全に冷ややかな目線を感じていた。  雨降って地固まるじゃないけど、あの喧嘩から僕たちは学んだ。適度に距離を保ちつつ、素直に自分の気持ちを伝えることが大事だと。  その結果、少し喧嘩もするけど……それでも前よりも、お互いのことが好きになったような気がする。 「お前ら、いい加減にしろよ」 「この際だから、言っとくけど。今後喧嘩しても、僕たち巻き込まないでね。僕たちバカップルの避難場所じゃないから」  完全に死んだ魚の目で言われて、僕たちは目を合わせて同時に答える。 「もう、喧嘩しないから大丈夫」 「ハモったね〜」 「そうだな〜」  より一層周りからドン引きされていたけど、僕たちは全く意に介してなかった。完全に自分たちだけの世界に入り込んでいた。

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