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第38話 花楓side  正しい愛し方

 湊と一緒にいられるのは、本当に嬉しくて自分でもはしゃいでいた。湊には仕事しろと言われるが、やることは全部やっている。  湊との時間を作るために、非常に効率よくやっているからな。うちの会社のエンジニアに頼んで、システムをいじってもらったから。  すると驚くくらいに、効率化されてスピードが段違いになった。こんなことなら、もっと早く頼むべきだったと思った。  現在できる仕事は、大方片付けた。そのため湊に壁ドンをして、キスしようとするが資料で防御される。 「社長、仕事をやってください」 「仕事よりも、湊さんが優先です」 「ここは会社ですよ。それに溜まっている書類に目を通して、ハンコをしてください。午後の会議の資料にも通して下さい」 「ハンコならすぐに出来ますし。資料なら既に目を通していて、意見も纏めてます」  ハンコなら数分で押せるし、資料も完全に準備済みである。それなのに、手を引かれて椅子に座らせられて仕事をするように言われた。  渋々仕事を始めると、湊はどこかへ行ってしまう。一緒にいたいのに……可笑しいのだろうか。  今まで欲しいものがあっても、我慢してきたから……湊の言う家族愛というものも、俺には分からない。 「でも、それは湊に教えて貰えばいいか」  ハンコも押し終わり、他の仕事にも着手する。いい感じの時間になったから、資料室に向かう。  会議が滞りなく終わって、湊に花向兄を紹介することにする。家族愛を知りたいから、湊にも紹介したい。  でも今思えば、会わせない方が良かったのかもしれない。花向兄が酷いことを考えているなんて、思いもしなかった。 「広瀬さん、紹介したい人がいます」 「紹介したい人……ですか」  兄さんも湊に笑顔を向けているし、仲良くなれるといいんだが。それから三人で楽しく、談笑していた。 「僕なんかに、一目惚れって最初は信じれなかったんですけど……」  湊が謙遜気味言うから、少し嫌だなと感じる。俺の愛情表現が、足りなかったのかもしれない。  そう思って微笑みながら頭を撫でて、素直な気持ちを伝える。すると湊も俺も見て、微笑んでくれる。 「なんかなんて、言わないで。俺にとって、湊は全てなんだから」 「か……えで」  俺を見つめる瞳が綺麗で澄んでいて、引き込まれそうになる。優しく抱きしめて、キスしようとすると咳払いをされる。 「ゴホンッ……お二人さん、ここ会社」 「あっ……すみません」 「いいじゃん、俺の会社なんだし」  ひっついていたいのに……抱きしめた状態で、頬を膨らましながらそう言う。しかし、湊に背中を少し摘まれて痛かった。 「ほんとに、すみません」 「いいよ、君が悪いわけじゃないし」 「ありがとうございます」  こういう時、ふと俺は子供なんだよなって痛感する。湊はいつも周りを見ていて、その場で最善の行動をしている。  俺も上手く立ち回れている方だとは思う。でも俺のは、打算や計算だ……湊のは心からの行動で、だから皆に愛される。  それでも、そんな湊の一番であり続けないといけない。そんな時だった、会議室のドアが開いて咲良が声をかけてきた。 「社長、専務がお呼びです」 「しかし……」 「いいから行って来なよ」  なんとなく悪い予感がして、この二人を放置して行きたくない……湊に背中を押されて、仕方なく会議室を後にする。  専務との話が終わり、再び会議室に行くと湊の様子が可笑しかった。まるで、小笠原とのことがあった時と同じ目をしていた。 「どうしたのですか? 広瀬さん、具合でもわる」 「触らないで! あっ……ごめっ」  心配になって頭を撫でようとすると、完全に拒絶の目で手を払われてしまう。爪が当たって、手の甲から血が出てしまう。  そのことに気がついた湊が、顔色悪くして謝ってくる。何かあったのなら、頼って欲しい。 「大丈夫ですよ。具合悪いのなら、早退しましょう。この後は、急ぎの仕事もないので」 「自分で帰ります……」 「広瀬さん!」  直ぐに俺の横を泣きそうな顔で、通り抜けていく。俺が自体を飲み込めないでいたが、直ぐに我に返って追いかけようとした。 「花楓、頑張れよ」  その時の花向は、酷く冷淡で冷たい目をして笑っていた。直ぐにこいつが、余計なことを言ったのだと確信する。  でも今はそんなこと、どうでもいい。俺は直ぐに湊を追いかけたが、エレベーターが無慈悲にも閉まってしまう。 「くそっ!」  俺は急いで無我夢中で、階段で駆け降りていく。肩で息をしながら、ロビーに向かうと湊が小笠原に何か言われていた。  俺は怖くなって湊の腕を引っ張って、抱きしめて小笠原を睨んだ。はあ……とため息をついていて、嫉妬というよりも呆れているように見えた。  その瞬間……俺には湊を幸せに出来ないじゃないかと、底知らぬ恐怖が身を支配し始める。 「みなっ」  湊は何も言わずに走って行ってしまった。俺には無理なのかもしれない……家族愛なんて、俺には手に入れることはできない。 「社長、ここからは湊の元婚約者として言います」 「なんでしょう……」 「知ってると思うが、湊はとても傷つきやすくて……そんな時に、一人にすると危ないですよ」  んなこと、お前に言われなくても分かってんだよ。でも怖いんだよ……マーキングとか同化の前に、俺は誰かに愛されることも……。  ――――正しい愛し方も分からない。  そんな俺が湊を幸せに出来るのか、ほんとに分からないんだ……。でもそんなことは、関係ないよな。 「お前に言われなくても、分かってる」 「しっかりして下さいよ。人の婚約者奪っておいて、手放すとかないからな」  皮肉たっぷりに言われたが、こいつなりのエールなのかもしれない。俺はそれから急いで追いかけるが、湊はタクシーで行ってしまう。  駐車場に向いながら、電話をかけるが出てくれない。車に乗って直ぐに発進させて、家に到着する。  鍵が開いたままで、直ぐに寝室に向かう。ベッドで泣きじゃくっている湊が、目に入って胸が締め付けられた。  「はあ……はあ……湊」 「来ないで! 今は、そっとしておいて」  そう言われて俺はどうすればいいのか、分からなかった。今まで喧嘩したりもなかったから、仲直りの仕方も分からない。  それと同時に今になって、花向に対しての憎悪も出てきた。今のままでは、冷静な判断が出来ない。 「……もしもし、金城さんですか……湊を今から、家に泊めてあげてください」  とにかく今は、俺自身も混乱している。何を言ったか知らないが、湊を傷つけたことは許さない。  しかし俺のこの判断は、確実に間違えていたということを知る。湊が本気で、傷ついていることが分かったからだ。 「酷いよ……」 「湊……あっ、今日は距離を取りましょう」 「蒼介と同じことするんだね」  湊が言ったことに、反論することが出来なかった。その通りだと思ってしまったからだ。  今は冷静になる時間と、あのクソ兄に連絡しないと。湊には俺の汚いとこは、見せられない。  そう思っていると、玄関のチャイムが鳴る。湊が俺の横を泣きながら通っていく。本当は抱きしめたかったし、行かせたくなかった。 「湊……君の帰る場所は、ここだから」 「……分からない」

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