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第53話 俺がいる
入院して一週間。体調が万全になった彼と共に、彼のお父さんに挨拶に伺うことになった。
彼の運転で実家に向かっていた。その道中僕は緊張のあまりずっと同じことを、繰り返し言っていた。
「緊張する」
「大丈夫だ、俺がいる」
この会話をするのは、五回目である。それでも彼は何度も、僕に優しく微笑みかけてくれる。
優しくて頼りになって、こんな人と結婚できると思うと嬉しくなってしまった。実家に到着したのだが、あまりの豪邸ぶりに絶句してしまう。
財閥の実家なのだから、当たり前のなのかもしれないけど……彼に手を、引かれるままに入って行った。
たくさんの、メイドさんや執事さんがお出迎えしてくれる。あまりの異次元さに、僕はただ黙ることしか出来なかった。
「湊、大丈夫か」
「あっ、うん。大丈夫……あっ、手」
「俺がいるから、大丈夫って言っただろ」
僕が緊張していると思ったのか、彼が手を繋いでくれた。耳元で囁かれて、くすぐったいよ。
案内してくれている執事さんが、こちらを見て微笑んでいた。恥ずかしいでしょ……そう思ったけど、確かに伝わってくる温もりと彼の震える指。
平然としているけど、よそゆきの顔をしている。彼の方が僕よりも、緊張しているのかもしれない。
なんかそれが可愛いと同時に、守りたいと思ってしまう。いつもどんな時でも、優しくてちょっぴりイジワルで……。
それでも彼と一緒にいると、心がフッと暖かくなって優しい気持ちになれる。執事さんが立ち止まって、重たそうなドアの前で頭を下げてくれる。
「この中で旦那様がお待ちです。花楓様、広瀬様私はここで失礼致します」
「は、はい。ありがとうございます」
「ありがとう」
僕たちが頭を下げると執事さんが、ドアを開けてくれた。僕たちはゆっくりと、手を繋いで入る。
中には黒髪の、厳しそうな表情を浮かべる中年の男性がいた。一目で彼のお父さんだと分かった。
目元が彼にそっくりで、かなりのイケメンだと思った。僕のことを見てきたから、僕は頭を下げて慌てて挨拶をする。
「初めまして、息子さんとお付き合いしています。広瀬湊です。よろしくお願い致します」
「堅苦しいのはいい」
僕が挨拶をしたら、真顔でそう言われた。やっぱΩの僕なんかの言葉、聞きたくないよね。
そう思っていると、お父さんが急に頭を下げてきた。僕は一瞬戸惑ったけど、直ぐに言葉を発した。
「花向が君たちにしたことは、聞いたよ。全部、父親である私の管理不行き届けだ。本当に済まなかった」
「顔を上げてください! だいじょ」
「大丈夫じゃないですよ。今回のことは、お父さんの責任ではないです。それでも湊が、危険な目に遭って許せるはずないです」
彼がそう強い口調で言うと、お父さんは静かに顔を上げた。その時の表情がとても辛そうで、それ以上彼も何も言えないようだった。
お父さんが彼を見て、優しくお願いをしていた。彼はとても不服そうに、軽く睨んでいた。
「すまないが、花楓は少し席を外してくれないか」
「で、ですが!」
「いいよ、花楓。僕もお父さんとお話したい」
「わ、分かりました」
僕が優しく笑うと彼は何度もこっちを見て、渋々部屋を出ていく。最後の最後まで、チラチラ見ていた。
その様子が可愛くて正直、頭を撫でたくなったけど我慢する。完全に姿が見えなくなってから、僕はお父さんの方に向き直る。
「改めまして、花楓さんとの結婚を認めて頂きたく」
「畏まらなくていいから、そこの椅子に腰掛けてくれ」
「はい、ありがとうございます」
お父さんが椅子に座ったのを確認してから、向いの椅子に腰掛けた。お父さんはどこか遠い目をして話をしてくれた。
「少し昔の話を聞いてくれるか」
「はい。お願いします」
「私は帝財閥の御曹司として長男として、大事に厳しく育てられた。いつも辛かった……好きなことをさせてはもらえない」
お父さんは、とても辛そうに話していた。財閥というのは僕が思っているよりも、ずっと大変なのだと実感する。
父に決められた通りに生きて、結婚相手さえも勝手に決められた。双子の彼のお兄さんたちを産んでもなお、それは何も変わらない。
心身共に疲弊して正直、気がおかしくなりそうだった。そんな時に、メイドとして働いていたイタリア人のΩの女性と恋に落ちた。
運命の番だったらしく、恋に落ちるのに時間はかからなかった。番になるのはリスクが大きすぎて、出来なかった。
「でも今思えば、無理にでも番になるべきだった。番になれば結婚は無理でも、側にいることはできた」
「その……彼のお母さんは」
「国に帰ったよ……多額の慰謝料と口止め料を払って」
そんなことがあったなんて、彼は知らないだろう。さらに話を進めてくれて、僕が思っていたこととは真逆の真相が明るみになる。
「広瀬くん、私はね……花楓のことが、誰よりも大切で! 誰よりも愛してるんだよ!」
それからもお父さんはずっと、五分ぐらい息子の良さを語り始める。まるで何かに取り憑かれたようだった。
こんなこと思ってはいけないと思いつつも、流石に引いてしまった。なんか聞いてた話と違うくないですか……。
彼が言ってたのは、お父さんは自分のことが嫌いだと思う。遊んでもくれないし、目も合わせてくれない。
他の人はどうでもよくても、血のつながりのあるお父さんに嫌われるのは辛かった。そんなことも、気がつくとどうでもよくなったって……。
「あの、差し出がましいですが……花楓さんに、伝えた方がいいですよ。お父さんに嫌われているんじゃないかって……平気そうでしたが、辛そうでした」
「……表立っては言えないんだ。しかし花向のこともあって、しっかり言わなくてはいけないとは分かっている」
「では少しずつで良いので、伝えてあげてください」
自分でも出過ぎた真似だって、分かっているけど……生きてるんだから、伝えることができるじゃないか。
僕はもう辛いことも楽しいことも、伝えることができないんだから。財閥のことは僕には分からないけど、このまま勘違いし続けるのはよくない。
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