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第54話 婚姻届

 彼にとってもお父さんにとっても、誰も得しないことだと思うから。僕がそう告げると、お父さんは笑っていた。 「花舞が言っていた通りだな。花楓は、いい人を見つけたんだな」 「あ、ありがとうございます」  改めて言われると、嬉しくなってしまった。きっと今、顔が真っ赤になっているんだろうな。  そう思っていると、お父さんがフフっと笑っていた。その笑顔が彼に似ていて、やっぱり親子なんだと思った。 「それと君にもう一つ、謝らないといけないことがある」 「謝ることですか?」 「ああ、花舞が君に何度も言い寄っていただろ。あれは私の指示なんだ」  えっと冗談を言っているって、わけじゃなさそうだ……僕が戸惑っていると、急にドアが開いて鬼の形相をした彼が入ってくる。  そのまま僕の手を掴んで、歩き出そうとした。僕は訳が分からずに、彼を止めようとした。 「湊、帰ろう」 「えっ! えっと! まっ」 「待てない。兄さんに指示してたって、ありえないだろ」  その言葉を聞いて僕は、彼が盗聴器で聞いたんだろうと思った。僕はにっこりと笑って、彼に聞いてみた。 「盗聴器で聞いたんだよね」 「あっ、いや……違っ」 「もう一回聞くね、聞いたんだよね」 「……はい、聞きました。すみませんでした」  僕がもう一度微笑みながら言うと、彼は借りてきた猫のように大人しくなった。正直そんなに怒ってないんだけど。  本気で反省してシュンとしている彼が、可愛くてつい苛めたくなった。そんな光景をお父さんに、見られていると言うことを忘れていたけど……。  そのことに気がついて、お父さんの方を見ると肩を揺らして笑っていた。笑い方が、親子でそっくりだ。 「先ほどの話の続きをするから、花楓も座りなさい」 「……分りました。しかし話によっては、本気で怒りますから」 「分かっているよ。話を聞いていたってことは、私が花楓を愛してることは分かったね」  お父さんの言葉を聞いて、彼は静かに頷いていた。顔は少し不服そうにしていて、子供のようだったけど。  繋いでいる手から彼が、緊張していることが分かった。なんともないような顔をしていても、そんなはずないんだから。  それでも何十年もの間。嫌われていたと思っていたのだから、そんな簡単には、納得できるはずないよね。  そう思って繋いでいる手を優しく握ると、こっちを見て微笑んでいた。僕も嬉しくなって、微笑み返していた。 「ゴホンっ、いいかな。話しても」 「あっ、はい……すみません」  お父さんの咳払いで我に返って、僕たちは見つめ合うのを止めた。それを見てから、お父さんは話の続きをし始める。 「単刀直入に言おう。花舞に頼んだのは、早く君たちを番にすることだったんだ。しかしあんなやり方をするとは、想定外だったが」 「えっと……言っている意味が分かりません」  彼の困惑気味の問いに、僕も激しく頷いてしまった。僕たちが呆然としていると、お父さんはまた更に興奮気味に告げてきた。 「そんなの決まってるじゃないか! Ωじゃダメだとか、あのクソジジイど……おっと失礼。時代錯誤な老人たちを、黙らせるためだったんだよ!」  えっと要するに……僕たちを番にさせて、結婚を認めさせるためだったってこと? やり方が、周りくどくて怖いんですが。  今回のことで、分かったような気がする……帝家の人たちは、若干いやかなり頭のネジが外れているということに。  彼もだし花舞さんもお父さんも、完全に可笑しいでしょ……まあそれでも、彼と番になったことに後悔は微塵もない。  僕がそう思って彼を見ると、彼も僕を見て微笑んでいた。しかし未だに熱弁しているお父さんを見て、彼はため息まじりに告げる。 「はあ……とりあえず、結婚を認めてください」 「ああ、もちろんだとも。婚姻届も用意しているから、書くといい。ハンコも準備している」  この用意周到さは血筋なのだろうか……なんとも言えないが、僕は言われるがままに婚姻届に記入した。  彼を見ると少し複雑な顔をしていたが、何も言わずにいた。僕の分を書くと、彼も書き始めた。 「婚姻届は自分たちで、出しに行きます」 「ああ、もちろんだ。今からなら間に合うだろ」  婚姻届を書き終えると、彼は僕の手を繋いで立ち上がる。思わず立ち上がると、お父さんから重たい紙袋を渡される。 「あの、これは……」 「花楓が生まれてから、作っておいたんだ。アルバムだから、君にあげたい」 「……はい、ありがとうございます」  ちゃんと認めてもらえたんだな……そう思ったら嬉しくなってしまって、目頭が熱くなってしまった。  紙袋を受け取ったけど、重たすぎて僕には運べそうになかった。すると彼は優しく微笑んで、紙袋を持ってくれた。  まあ持てたのはいいんだけど、案の定というべきか……アルバムの重さに、紙袋が耐えきれずに全部落ちてしまった。  急いで三人で集めて他の袋に入れ直した。やっぱ……変なとこで爪が甘いのは、帝家の血筋なのだろうか。 「まあ、なんだ。結婚おめでとう」 「はい、ありがとうございます」 「たまには、帰ってきます」 「分かった」  彼はぶっきらぼうにそう言って、スタスタと歩いて行ってしまう。ほんと素直じゃないんだから、耳まで真っ赤で可愛かった。  僕はお父さんに頭を下げて、彼に続いて実家を後にする。車に乗り込んで、市役所までの道中彼は何も言わなかった。  それでも機嫌がいいのは、鼻歌と表情で直ぐに分かった。市役所に行って僕たちの、婚姻届けは無事に受理された。  その他の書類にも記入して、色々な手続きも完了した。車に再度乗り込むと、彼に優しく抱きしめられた。 「帝湊になったんだよな」 「うん、まだ慣れなくて変な感じだけど」 「これから何十年かけて、慣れていければいいさ」 「うん、そうだね……」  僕たちは何度も、車の中でキスをした。本日十二月一日に、僕たちは結婚した。去年の今日は、彼に対して新しい社長だとしか認識してなかった。  それなのに、今日僕は正式に帝湊になった。人生って分からないものだなって、思って僕たちは何度もキスをした。

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