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第56話 花楓side  湊……いない

 兄さんに焚き付けられたのは、癪だが無事に湊と番になれた。舌に紋様が現れたのは、エロくてヤバかった。  誰にも見せたくなかったが、ヒートを起こしている時以外は出ないらしい。ならばいいんだが、心配になってくる。  でもあんまり言うと、怒られてしまうからしつこく言うのは止めた。十月後半のとある日のこと、車に忘れ物をしたことに気がついた。 「さて、取りに行くか」 「社長、僕が取ってきますよ。秘書ですから!」 「そうですか。では、お願いします」  胸を張って言ってくれる湊が可愛くて、素直に甘えることにした。今思えば、一人にさせるべきではなかった。  車に行って一向に戻ってこなくて、心配になってきた。そんな時だった……金城さんから電話がかかってきて、出ると酷く慌てた様子だった。 「社長! 湊と連絡つきますか!」 「どうしたんですか、落ち着いてください」 「湊が見知らぬ車に、連れて行かれるのを見たんです!」  血の気が、引いていくのが分かった。俺は何も考えずに、GPSと盗聴器のスイッチを入れる。 「とにかく、居場所が分かったので! 咲良さん、警察に連絡を!」 「分かりました!」  俺が指示すると直ぐに、警察に連絡してくれた。電話口で慌てている様子の、金城さんに伝える。 「今向かいますので、一緒に来てください」 「分かりました!」  俺は状況を知るために、咲良さんに車を運転してもらった。盗聴器に気がついた様子の、クソ兄貴に挑発される。 「連絡して来ないってことは、おい聞いてんだろ。このままだと、お前の大事なものを消すぞ」  あのクソ兄貴、ふざけやがって……イライラして、爪を噛んでしまう。貧乏揺すりをしてしまって、金城さんに心配そうに見られている。  その間もクソが湊に、余計なことを言い始める。もし湊が俺に対して不信感を抱くと、やばいことになってしまう。  例え、マーキングや同化のことを聞いていても……人の感情というものは、簡単に制御できない。  そう思うと、急激に悲しくなってしまう……湊は俺が思っていたよりも、優しくて芯があるみたいだ。 「俺のこと、バカにしてんのか」 「僕は何があっても、彼のことを信じるよ。絶対に、貴方なんかに負けない」  その言葉に、俺は嬉しくなってしまった。湊が連れて来られた廃工場に行くと、クソの手下の連中がたくさんいた。  俺が無我夢中で車から降りようとすると、咲良さんに慌てて止められた。 「社長! 何考えてんですか! 行かないで!」 「何があっても、俺は湊を守るって決めたから」  別に俺は喧嘩の経験はないが、柔道はやっていた。勝てる自信はないが、それでも湊が一番大事だから。  俺は車から降りて、単身で湊を探しに行く。途中で怪我もしたが、それでもなりふり構わずに声のする方向へと向かう。 「大人しくしとけば、危害は加えないつもりだった。しかし計画変更だ……お前まで俺を見下した目をしやがって!」 「……な、んでそこまで」 「父さんは俺でも、花舞でもなく! 妾の子であるあいつに、後を継がせる気なんだよ! それが俺にとって、どれだけ屈辱的か分かるか!」 「たっ……」  やっ、ヤバい! 湊に何かあったようだ! そう思った時に、俺の邪魔をする連中が立ち塞がってくる。 「邪魔だ、退け」  俺がそう言うと殴りかかってくるから、平手投げをして湊の名前を何度も呼ぶ。一際人が多い場所を発見して、直ぐにそこだと直感した。  邪魔してくる奴らを投げ飛ばしたりして、だいぶ怪我をしたがドアを開けた。するとそこには、縛られている湊がいた。 「湊!」 「っ……」  ナイフが湊の首元にあって、変な汗が出てきてしまう。そこで何故か、クソが湊を縛っていたロープを切った。  次の瞬間。湊の首元に再度ナイフを当てて、赤いものが伝っているのが見えた。一気に血の気が引いていく。 「やっ! 止めろ! 湊から手を離せっ!」 「あははは! いいなその顔っ! 俺はお前のいつも澄ました顔が、嫌いだったんだよっ!」 「止めろおおお!」  湊目掛けてナイフを振り降ろした。俺が無我夢中で飛び込むと、俺の右脇腹に鈍い痛みが走る。  湊を抱きしめたままで、倒れてしまった。最後に見たものは、湊の緊張している顔だった。  守れた……優しくて温かい香りを嗅いで、俺はそのまま気を失ってしまった。目が覚めると、見知らぬ天井が見えた。  俺が目を覚ますと、咲良さんがいて心配そうに覗き込んできた。湊は……湊は、どこにいるんだ。 「花楓、だいじょ」 「みな……湊は」  横を見ると金城さんご夫夫がいて、湊がベッドに寝かされていた。俺は急に怖くなって、無理に起き上がろうとした。  右脇腹に鈍い痛みを感じたが、そんなこと俺にはどうでもよかった。咲良さんに止められたが、最早どうでもいい。 「かえ、花楓! 落ち着いて!」 「みな! 湊! 湊!」 「早く鎮静剤!」  医者に鎮静剤を打たれて、俺は直ぐに意識がなくなってしまう。次目を覚ますと、花舞兄さんがベッドの横で寝ていた。  目元が赤くなっていて、疲れているのは明白だった。心配してくれているのは、直ぐに分かった。 「湊……いない」  湊が寝ていたはずの隣のベッドには、姿が見えなくて……。俺の頭の中に、よくない想像が駆け巡ってしまう。  俺の言葉に花舞兄さんが、起きたようだった。こっちを見て微笑んでいて、聞きたいこことはたくさんあったが今一番聞きたいことを聞く。 「湊は」 「さっき起きて、検査に行ったよ」 「そ、そっか……」  良かった……俺のよくない、想像が現実にならなくて……。  俺たちの間に、変な空気が流れて暫く経った。兄貴は立ち上がって、にこりと微笑んで病室を後にする。  その時の笑顔が昔のままで、なんかちょっと嬉しくなってしまった。病室のドアが開いて、金城さんご夫夫が姿を見せる。 「社長、起きたんですね」 「……湊は」 「検査に行ってますよ。少し休んだ方がいいですよ。二人とも二日も、眠っていたんですよ」  そんなに眠っていたのか……それでも、湊の無事を見るまでは眠れない。二人が花を準備してくれて、花瓶に生けてくれていた。  そこでたくさんの病院関係者が来て、検査をし始めた。ひと段落した時に、湊が病室に入ってきた。  元気そうでよかった。この目で見るまでは安心出来なかったが、俺は嬉しくなって微笑む。  すると湊は少し泣きそうになって、俺に抱きついてきた。太陽のような陽だまりの、香りがして安心した。 「か……ご、め……僕のせいで」 「ばかだなあ……湊のせいじゃないだろ」 「だっ……て、僕が捕まったから」 「俺が蒔いた種だ……湊に余計なことを言った時に、決着つけるべきだった」  湊の頭を撫でて優しく抱きしめると、湊の方からキスをしてくれた。それが嬉しくて、湊の好きなようにさせていた。  しかし残念ながら止められてしまった。その後の顔を真っ赤にして、布団にくるまったのが可愛かった。  それから湊が、眠ってしまったようだった。他の人がいなくなったのを見計らって、ベッドに潜り込んで抱きしめた。

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