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第64話 ぶきよー
あの刺された一件から、血を見ると気持ち悪くなってしまうようになった。だから僕は包帯を巻きながら、彼の顔を見て微笑みながら言った。
「お願いだから、ちょっとした怪我もしないで……。血を見たくない」
「湊……分かった。気をつけるよ」
僕の言葉を意味が分かったのか、彼に頭を撫でられて嬉しくなってしまう。しかし次の瞬間。肩を揺らしながら、思いがけないことを言われた。
「どうしたら、こんなに下手に巻けるんだよ」
「どうせ、僕はぶきよーですよーだ」
「そんな拗ねないで」
頭を撫でられて、屈託のない笑顔を向けられた。ほんとにズルい……僕がこの笑顔に、弱いのを知ってやってる。
それでも嬉しくなってしまって、微笑み返すとしばらく見つめ合っていた。彼は器用に僕の巻いた包帯を、巻き直して綺麗にしていた。
隣に座ってそれを見つめていて、気になったから聞いてみることにした。
「気になったんだけど、花楓って器用だよね。慣れてるっていうか」
「あー……まあ上級αだって分かるまでは、自分で全部やってたから」
「あっ……ごめん、嫌なこと思い出させて」
「いいよ、気にしないで」
そう言う割には、少し悲しそうな表情をしていた。僕にまだ言っていない辛いことが、たくさんあるんだろうな……。
僕と一緒にいることで、少しでも嫌なことが悪れられるといいなと思った。彼が少し項垂れているように見えて、頭を撫でると嬉しそうに微笑みかけてきた。
僕はその表情に嬉しくなって、微笑み返してしばらく見つめ合っていた。そんな時だった。不意に後ろから名前を呼ばれて振り向く。
「ミナト! おはようです!」
「ノアさん、お久しぶりです」
今話している金髪で青い目をした人は、うちの会社の取引先の人だ。中元ノアさんで、日本人の人と結婚している。僕は立ち上がってお辞儀をした。
アメリカ人のΩの男性で、陽気な人だ。少し変な日本語だけど、感じのいい人で、いつも僕によくしてくれていた。
背が低くてひょこひょこしていて、可愛い感じの人だ。いつも屈託ない笑みを向けてくる。
そんな感じで談笑していると、不意に後ろからコートの裾を引っ張られた。見てみると、少し不貞腐れた彼が目に入ってくる。
「湊、知り合いか」
「うん、紹介するよ。うちの会社の取引先の人で、中元ノアさんだよ」
「ああ、なるほど。ゴホンッ……初めまして、帝カンパニーの社長の帝花楓です。よろしくお願いします」
僕が取引先の人だと言うと、直ぐ様立ち上がってよそ行きの顔をしていた。すごい変わり身……ムスッとしていたのに。
そう思っていると、ノアさんが不思議そうに僕たちを見つめていた。そして屈託のない、澱みのない笑顔で聞いてきた。
「今日は、ソウスケいないの?」
「あー……えっと」
「今日は私たちの、新婚旅行の前の旅行なので」
何……新婚旅行の前の旅行って、普通に旅行って言ってよ。僕がそう思って、顔を赤らめているとノアさんが悪気なく言ってくる。
「ソウスケがいるのに、他の人と結婚するの?」
「そうす」
「小笠原さんとは別れて、今は私と結婚したので」
僕が説明をしようとすると、言葉を遮られてしまった。顔はポーカーフェイスだったけど、なんとなく分かる。
完全にイラッとしている……でも、人前だし相手は取引先に人だし。我慢しているんだろうけど、オーラが黒いから気付かれそう。
ノアさんの方を見ると、屈託のない笑みを浮かべていた。大丈夫そうかな……でも、この空気誰か変えてよ。
「おい、ノア。急にいなく……広瀬さん、お久しぶりです」
「お久しぶりです。中元さん」
ノアさんを追いかけてきたのは、ノアさんの旦那さんだ。中元弘さんで、ノアさんと同じ会社の方だ。
メガネをかけたシュッとした感じの、クール系男子だ。いつも冷静で、ノアさんとは真逆の性格だけど仲睦まじい。
隣にいる彼はニコニコしているけど、黒いオーラがダダ漏れてます。僕は直ぐに彼に中元さんを紹介する。
「こちらは中元弘さんで、ノアさんの旦那さんだよ。取引先の社員さんだよ」
「そうだったのですね。初めまして、湊の旦那の帝花楓です。今度とも、よろしくお願いします」
そんなはっきり言わなくても、いいのに……案の定、中元さん驚いているじゃん。営業部を辞めたことは、伝えていたけど……。
蒼介のことは、伝えてないから知らないよね。僕がそう思っていると、中元さんに笑いかけられた。
「おめでとうございます。いつされたのですか」
「去年の十二月一日です」
「そうなのですね、改めておめでとうございます」
「ありがとうございます」
僕は嬉しくなって、後頭部を掻いてしまう。彼に微笑みながら、腰に手を置かれた。そこで僕は、結婚式に招待しようと思った。
「六月に結婚式をする予定なのですが、よろしければ出席して欲しいです」
「ありが」
「結婚式! 僕も行くです!」
ノアさんが中元さんの言葉を遮って、喜んでくれていた。彼に聞く前に、決めてよかったかな?
そう思って見上げると、笑かけてくれた。結婚したって言う実感が、今になってやっと出てきたような感じがした。
お二人に頭を下げて、僕たちはホテルへと向かう。もっと遊びたいような気もしたけど、彼が優しく微笑むものだから二人になりたいと思った。
その頃には、少し辺りも暗くなってきた。彼が優しく微笑んできて、近くの街頭に照らされて綺麗だった。
「湊、ホテル行こ」
「うん……」
そんなド直球な言い方されると、恥ずかしくなってくるから……そう思いつつも、差し出された手を握って歩き出す。
ホテルに入ると、エントランスが豪華絢爛で凄かった。最初に来た時も見たけど、相当な高級ホテルだよね。
鍵を貰って僕たちは、自分たちの部屋に向かう。入るなり頭と腰を支えられて、キスをされた。
舌を入れられて、いやらしい水音が鳴り響く。彼の背中に腕を回して、しがみついていた。
コートを脱がされて、その辺に放り投げられた。首筋にキスをされて、吸いつかれて痛かった。
柑橘系の香りが強くなってきて、僕も体が火照ってきた。するとキスをやめて、ニコッと微笑まれる。
「湊、ベッドに行こう」
「その前に……お風呂」
「また、お預けか」
そんな捨てられた子犬のような瞳で、言わないでよ……罪悪感が胸の中に、広がっていくじゃん。
そのままベッドに行きたいけど、とある理由で行きたくない。僕がモジモジしていると、急にお姫様抱っこされた。
ベッドに優しく押し倒されて、首筋にキスをされた。変な声が出てしまって、着ているセーターを一気に上に上げられた。
「これって……」
「あんまり、マジマジと見ないで……」
僕が見せたくなかった理由は、Ωの男性用の下着をつけているからだ。最近、服が擦れて痛くなるんだよね。
そのため、彼に黙って着ていた。でも恥ずかしくて、見せたくなかった……ここ数日、バレないようにしていたのに……。
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