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第66話 キスマーク

 全くと言っていいほど、いい匂いって感じがしなかったけど。それって、僕たちが似ている香りだったからなのかな。  そう思っていると、より一層強く抱きしめられた。そして耳元で囁かれて、甘噛みされた。 「俺のは?」 「柑橘系だよ」  僕が答えると嬉しそうに微笑んでいて、変なのって思った。後ろを向くと優しく触れるだけのキスをされた。  僕は急激に恥ずかしくなって、前に向き直った。もうっ……ほんとに、キス魔なんだから……話を逸らすことにした。 「もう窓のところでは、したくない」 「えー、よくなかった?」 「そういう問題じゃなくて、誰かに見られたら……」  気持ちいいとか、そういう問題じゃないでしょ……確かに、気持ち良かったけども。ここで絆されると、よくないから言う時は言わなくちゃ。  僕が口に出そうとすると、彼が少し不貞腐れながら言ってきた。しかもちょっと、腹が立つようなことを。 「分かったよ……でもここの、窓マジックミラーになっているから大丈夫だ」 「……はあ? マジックミラーって、片方から見えないやつだよね」 「あ、うん……その、すみません」  僕が後ろを向いて聞くと、少し顔を背けていた。この人……それならそうと言ってよ!  変に緊張してた自分が、バカみたいじゃん。もうっ……そう思いつつ、少し反省しているようだし。  今日のところは許してあげよう。そう思って彼の方に向き直って、抱きしめる。すると頭を撫でられた。  その感触が心地よくて、気持ちよくなってしまう。僕はその体勢のままで、彼の耳元で囁いた。 「今度からは、ちゃんと言ってね」 「はい、分かりました……」  僕が微笑みながら言うと、彼は若干怯えた様子だった。何をそんなに、怯えているのだろうか。  変なのと思ってそのままの体勢で、しばらく湯船に浸かっていた。そこで彼の首筋を見て、僕は気になって聞いてみた。 「思ったんだけど、キスマークってつけて楽しいもの?」 「俺のだっていう印だからな」 「そんなの必要なの?」 「やってみるか?」  そう言われてなんか、気になってしまった。僕は見よう見まねで、彼の首筋に吸い付いてみる。  白い肌に赤い痕がついて、少し背徳感が生まれた。確かに気持ちは、分からなくないかも……。  そう思っていると、彼に嬉しそうに見つめられた。途端に恥ずかしくなって、前に向き直った。 「どう? いい感じ?」 「……まあ、そこそこ」 「じゃあ、気兼ねなくしていいな。湊も遠慮せずに、やっていいからな」 「……人目につかないとこで」  そう言うと、嬉しそうに微笑む声が聞こえた。浴槽から上がって、体を拭いていると僕のお腹がいきなり主張し始める。  それを聞いた彼が、肩を揺らして笑っていた。この光景、見慣れてきたなと思った。イタズラな笑みを浮かべて、僕に問いかけてくる。 「ルームサービス、頼もうか」 「うん、おにぎり食べたい」 「それでいいのか」 「うん、おにぎりがいい」  特別なものじゃなくていいから、日常なものが食べたい。そう思って、彼に優しく抱きついて見上げて微笑む。  彼も見つめてくれて、僕は背伸びをして首に腕を回す。彼は少ししゃがんでくれて、優しく触れるだけのキスをした。  その約一ヶ月後の、二月の上旬のこと。会社に行って仕事をしていたんだけど、彼の体調が良くなかった。  今日の朝から、ずっと咳をしていた。今日は大事な会議があるから休む事が、出来なかった。  そのため無理して出社したんだけど、限界が来たようで帰ることになった。僕が支えて一階まで連れてきた。  しかし僕には無理なようで、半ば引きずっていた。そんな時。コンビニから、戻って来た透真を見つける。 「たす……け、僕じゃ支えられない!」 「分かったから、よいしょっと」 「ふう〜助かった」 「いいから、車」  透真に言われて車を近くまで走らせて、彼を二人がかりで車に乗せる。コンビニで必要なものを、透真が調達してくれた。  家に連れて帰って、透真にお粥や必要なものを準備してもらった。その間、僕はベッドに寝ている彼を着替えさせた。 「熱を下げるのを貼って……」 「み……なと」 「大丈夫、お粥作ってるから」 「……食べれるのか」  凄く不安そうに聞かれたから、僕は胸を張って答える。すると彼は露骨に、安心したように、安堵のため息を漏らす。 「透真が作ってるから、大丈夫!」 「じゃあ安心できるな……」  若干失礼なことを、言われたような気がした。まあいいや……顔が赤くて、首を触ると熱が籠っていてかなり辛そうだった。  忙しかったから、疲れが溜まっていたのかな。僕が見つめていると、寝室のドアを開けて透真に話しかけられた。 「お粥とかフルーツとか、用意して置いたから。温める時は、くれぐれも火には気をつけろよ」 「うんっ! 任せて! 泥舟に乗ったつもりで!」 「……湊が言うと、洒落に聞こえない」  透真が何を言っているのか、分からないけど……失礼なことを、言われていることだけは分かった。  透真は帰ろうとして、玄関で靴を履いていた。ドアに手をかけると、振り向いて忠告してくる。 「くれぐれも、火の扱いには気をつけろよ! 火事や火傷には、気をつけろ!」 「しつこいよ」 「心配なんだよ……やっぱ、泊まって」 「仕事抜けてきてるんだから、早く行ってよ」  僕が背中を押すと、何度も何度も振り返っていた。そんな透真を無視して、僕は寝室へと向かう。  不服そうな表情をした透真は、大人しく会社に向かったようだった。彼を見ると少し、顔色が良くなってきていた。  首に手を置くと、少し熱が下がって来ているように思った。ただ寝ているだけじゃ、下がらないよね。  薬飲ませたいけど、ご飯食べてからじゃないとね。そう思っていると、彼が目を覚ましたようだった。 「少し、熱も下がってきたかな」 「みな……」 「起きた?」 「おなか……空いた」  僕はニコリと微笑んで、彼の頭を撫でた。立ち上がって、透真が作ってくれたお粥を持ってきた。  いい感じに冷めてきてたから、彼をゆっくりと起き上がらせた。そして口元に、レンゲを持っていくとパクりと食べていた。 「美味しい?」 「うまい……」 「よかった……はい、もっと食べて」  僕が差し出すと、もぐもぐと食べてくれた。餌付けしているみたいで、可愛くて仕方がなかった。  しっかりとお粥を平らげて、薬を飲んで彼は再び寝てしまった。何故か急にキスをしたくなって、寝ている彼に優しくキスをした。  頭を撫でると、急に腕を引っ張られてた。彼が気持ちよさそうに寝ていたから、起こさないようにした。  僕も目を閉じると、いつの間にか寝てしまったようだった。彼の優しい声が聞こえて、嬉しくなった。 「湊、起きて」 「ん……頭痛い」 「うつったようだな」  目を覚ますと、顔色が良くなった彼が目に入る。よかったと思ったけど、今度は僕が風邪を引いてしまったようだった。  その後、彼の献身的な看病のおかげで治った。透真に必要以上に心配されて、泣かれたのはまた別の話。

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