66 / 87
第66話 キスマーク
全くと言っていいほど、いい匂いって感じがしなかったけど。それって、僕たちが似ている香りだったからなのかな。
そう思っていると、より一層強く抱きしめられた。そして耳元で囁かれて、甘噛みされた。
「俺のは?」
「柑橘系だよ」
僕が答えると嬉しそうに微笑んでいて、変なのって思った。後ろを向くと優しく触れるだけのキスをされた。
僕は急激に恥ずかしくなって、前に向き直った。もうっ……ほんとに、キス魔なんだから……話を逸らすことにした。
「もう窓のところでは、したくない」
「えー、よくなかった?」
「そういう問題じゃなくて、誰かに見られたら……」
気持ちいいとか、そういう問題じゃないでしょ……確かに、気持ち良かったけども。ここで絆されると、よくないから言う時は言わなくちゃ。
僕が口に出そうとすると、彼が少し不貞腐れながら言ってきた。しかもちょっと、腹が立つようなことを。
「分かったよ……でもここの、窓マジックミラーになっているから大丈夫だ」
「……はあ? マジックミラーって、片方から見えないやつだよね」
「あ、うん……その、すみません」
僕が後ろを向いて聞くと、少し顔を背けていた。この人……それならそうと言ってよ!
変に緊張してた自分が、バカみたいじゃん。もうっ……そう思いつつ、少し反省しているようだし。
今日のところは許してあげよう。そう思って彼の方に向き直って、抱きしめる。すると頭を撫でられた。
その感触が心地よくて、気持ちよくなってしまう。僕はその体勢のままで、彼の耳元で囁いた。
「今度からは、ちゃんと言ってね」
「はい、分かりました……」
僕が微笑みながら言うと、彼は若干怯えた様子だった。何をそんなに、怯えているのだろうか。
変なのと思ってそのままの体勢で、しばらく湯船に浸かっていた。そこで彼の首筋を見て、僕は気になって聞いてみた。
「思ったんだけど、キスマークってつけて楽しいもの?」
「俺のだっていう印だからな」
「そんなの必要なの?」
「やってみるか?」
そう言われてなんか、気になってしまった。僕は見よう見まねで、彼の首筋に吸い付いてみる。
白い肌に赤い痕がついて、少し背徳感が生まれた。確かに気持ちは、分からなくないかも……。
そう思っていると、彼に嬉しそうに見つめられた。途端に恥ずかしくなって、前に向き直った。
「どう? いい感じ?」
「……まあ、そこそこ」
「じゃあ、気兼ねなくしていいな。湊も遠慮せずに、やっていいからな」
「……人目につかないとこで」
そう言うと、嬉しそうに微笑む声が聞こえた。浴槽から上がって、体を拭いていると僕のお腹がいきなり主張し始める。
それを聞いた彼が、肩を揺らして笑っていた。この光景、見慣れてきたなと思った。イタズラな笑みを浮かべて、僕に問いかけてくる。
「ルームサービス、頼もうか」
「うん、おにぎり食べたい」
「それでいいのか」
「うん、おにぎりがいい」
特別なものじゃなくていいから、日常なものが食べたい。そう思って、彼に優しく抱きついて見上げて微笑む。
彼も見つめてくれて、僕は背伸びをして首に腕を回す。彼は少ししゃがんでくれて、優しく触れるだけのキスをした。
その約一ヶ月後の、二月の上旬のこと。会社に行って仕事をしていたんだけど、彼の体調が良くなかった。
今日の朝から、ずっと咳をしていた。今日は大事な会議があるから休む事が、出来なかった。
そのため無理して出社したんだけど、限界が来たようで帰ることになった。僕が支えて一階まで連れてきた。
しかし僕には無理なようで、半ば引きずっていた。そんな時。コンビニから、戻って来た透真を見つける。
「たす……け、僕じゃ支えられない!」
「分かったから、よいしょっと」
「ふう〜助かった」
「いいから、車」
透真に言われて車を近くまで走らせて、彼を二人がかりで車に乗せる。コンビニで必要なものを、透真が調達してくれた。
家に連れて帰って、透真にお粥や必要なものを準備してもらった。その間、僕はベッドに寝ている彼を着替えさせた。
「熱を下げるのを貼って……」
「み……なと」
「大丈夫、お粥作ってるから」
「……食べれるのか」
凄く不安そうに聞かれたから、僕は胸を張って答える。すると彼は露骨に、安心したように、安堵のため息を漏らす。
「透真が作ってるから、大丈夫!」
「じゃあ安心できるな……」
若干失礼なことを、言われたような気がした。まあいいや……顔が赤くて、首を触ると熱が籠っていてかなり辛そうだった。
忙しかったから、疲れが溜まっていたのかな。僕が見つめていると、寝室のドアを開けて透真に話しかけられた。
「お粥とかフルーツとか、用意して置いたから。温める時は、くれぐれも火には気をつけろよ」
「うんっ! 任せて! 泥舟に乗ったつもりで!」
「……湊が言うと、洒落に聞こえない」
透真が何を言っているのか、分からないけど……失礼なことを、言われていることだけは分かった。
透真は帰ろうとして、玄関で靴を履いていた。ドアに手をかけると、振り向いて忠告してくる。
「くれぐれも、火の扱いには気をつけろよ! 火事や火傷には、気をつけろ!」
「しつこいよ」
「心配なんだよ……やっぱ、泊まって」
「仕事抜けてきてるんだから、早く行ってよ」
僕が背中を押すと、何度も何度も振り返っていた。そんな透真を無視して、僕は寝室へと向かう。
不服そうな表情をした透真は、大人しく会社に向かったようだった。彼を見ると少し、顔色が良くなってきていた。
首に手を置くと、少し熱が下がって来ているように思った。ただ寝ているだけじゃ、下がらないよね。
薬飲ませたいけど、ご飯食べてからじゃないとね。そう思っていると、彼が目を覚ましたようだった。
「少し、熱も下がってきたかな」
「みな……」
「起きた?」
「おなか……空いた」
僕はニコリと微笑んで、彼の頭を撫でた。立ち上がって、透真が作ってくれたお粥を持ってきた。
いい感じに冷めてきてたから、彼をゆっくりと起き上がらせた。そして口元に、レンゲを持っていくとパクりと食べていた。
「美味しい?」
「うまい……」
「よかった……はい、もっと食べて」
僕が差し出すと、もぐもぐと食べてくれた。餌付けしているみたいで、可愛くて仕方がなかった。
しっかりとお粥を平らげて、薬を飲んで彼は再び寝てしまった。何故か急にキスをしたくなって、寝ている彼に優しくキスをした。
頭を撫でると、急に腕を引っ張られてた。彼が気持ちよさそうに寝ていたから、起こさないようにした。
僕も目を閉じると、いつの間にか寝てしまったようだった。彼の優しい声が聞こえて、嬉しくなった。
「湊、起きて」
「ん……頭痛い」
「うつったようだな」
目を覚ますと、顔色が良くなった彼が目に入る。よかったと思ったけど、今度は僕が風邪を引いてしまったようだった。
その後、彼の献身的な看病のおかげで治った。透真に必要以上に心配されて、泣かれたのはまた別の話。
ともだちにシェアしよう!

