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第67話 食べて欲しくない
僕の体調も良くなってきて、バレンタインまで後少しになった。バレンタインか……そう思って、ソファでバレンタインの雑誌を読んでいた。
トリュフとか作れるかな? ぐで〜としていると、お風呂から上がってきた彼に雑誌をひょいっと奪われた。
無造作に髪をタオルで拭きながら、訝しげに雑誌を睨んでいた。どうしたんだろうと思っていると、真面目な顔をして言われた。
「もし、作る気なら止めておけ。まだ死にたくない」
「酷っ! どう言う意味!」
「金城から聞いたけど、家庭科の成績マイナスなりそうだったって」
うぐっ……透真め……余計なことを言わないでよ。確かに家庭科の先生に、広瀬くんは黙って自習していてと言われたけど。
クラスメイトも誰も、文句言わずに頷いていたけども! チョコを溶かして、固めるだけじゃん。
「チョコぐらいできるよ!」
「じゃあ、明日にでも一緒に作るか」
「どんとこい!」
次の日。作ったら何故か、原型を留めない謎の物体ができた。彼が作ったのは、完璧なトリュフチョコだった。
もしかして、どこかで習ったのかもしれないし! なんか少し悔しかったけど、僕には無理だと開き直った。
「誰かに教わっ」
「言っとくけど、俺だって初めて作ったんだぞ」
「……知らないもん」
「はあ……悪いことは言わないから、今後俺がいないとこで料理はするな」
彼が僕のこと思って、言ってくれているのは分かった。それでも少しは彼のために、何かしてあげたかった。
僕は不貞腐れて、プイッと目を逸らす。すると優しく抱きしめられて、耳元で囁かれた。
「俺は湊が、作ってくれたならなんでも食べるよ。だけど、それで俺が倒れたら湊が傷つくだろ」
「うん……確かに」
「だから作らなくていいよ」
僕は嬉しくなって、軽く頷いた。優しくキスをされて、シャンプーの香りと柑橘系が混ざってとてもいい匂いだった。
それはそれとして、物凄く失礼なことを言われたって思うのは僕の勘違いかな。まあいいや……明日にでも、買いに行こうと思う。
次の日。仕事終わりに、デパートに行ってチョコを見ていた。彼がトイレに行っている間に、こっそり買おうとしていた。
「動物チョコがある。これにしようっと」
僕は彼が気がつく前に、急いでお会計を済ませた。それから腕を組んで、デパートの中を適当に歩いた。
それから早いもので、バレンタイン当日。今日は平日のため、社長室で仕事をしていた。
バレンタインだからか、彼の集中力がないように見えた。十分おきに、僕とお揃いの腕時計を見ていた。
僕は集中させるために、買っておいたうさぎ型のチョコを口に放り込んだ。すると一瞬驚いていたけど、直ぐにモグモグしていた。
「しょこ?」
「うん、買っておいたんだよ。美味しい?」
「美味い」
「これ食べながら、頑張ってね」
僕がそう言って微笑むと、嬉しそうに頷いていた。しかし動物型のチョコを見つめて、意味のわからないことを言う。
「食べれない……動物たちが、食べて欲しくないって言ってる」
「……かわっ」
「そうだろ、可愛いだろ。俺には食べれない」
可愛いのは花楓の方でしょ……本気で言っていて、真面目な顔をしていた。そういえば、水族館の時も同じようなことを言っていたっけ。
僕の方を見て訴えてくるもんだから、余計に可愛かった。でもね……そのまま食べないのもね……。
そう思って座っている彼の、頭を撫でて諭すように伝えた。上から見ると、可愛いと思いながら。
「悪くして、捨てるの方が勿体無いよ」
「……確かに、分かった。心を鬼にして、食べる」
もぐもぐと食べ始めて、仕事をし始めた。僕は自分の席に座って、書類の整理などをしていた。
咲良さんと佐々木さんに、死んだ魚のような目で見られていることは気が付かないふりをして。
鼻歌を歌いながら、仕事している彼。そんな中、完全に引いている二人。僕は居た堪れなくなって、仕事がやりづらかった。
その日、一日中ご機嫌な彼を引っ張って会社を後にする。二人から完全に、変な目で見られていた。
「さて、帰るか。どうした? 顔が真っ赤だぞ」
「……はあ、なんでもない」
「なんでもないって、顔してない」
「……いいから、帰ろう」
後ろからガン見されていたけど、彼は全く意に返してなかった。僕は二人の顔を見ずに、お辞儀をして彼と共にエレベーターに乗った。
もうっ……恥ずかしいから、止めてよ。今日一日、二人とも業務以外のこと何も話してこなかった。
完全に引かれてしまった……それなのに、肝心の彼はどこ吹く風のようだった。あくびまでして、興味なさそうだった。
「湊、着いたぞ」
「あっ、うん」
気がつくと一階に着いたようで、急いでエレベーターを降りる。僕が近づくと、手を繋がれた。
周りに社員もいるのに、全くどうでも良さげだった。最初はヒソヒソ言われて、見られていたけど……。
それが普通になりつつあるのか、最近は全く見られなくなった。いいこと? なのかもしれないけど、どうなんでしょうかね……。
僕がそう思っている間に、気がつくと車に乗っていた。車に乗るなりいきなり、貪るようなキスをされた。
そのまま口に何かを入れられて、チョコの味がした。チョコだと分かって、おとなしく食べてみる。
「……チョコ、美味しい」
「よかった。俺の手作りチョコだ」
あー、なるほど……それはいいんだけど、もう少し食べさせ方があるでしょ。それにここ、会社の駐車場だし……。
そう思って、抱きしめられている腕を引き離す。少し不服そうにしている彼が見えて、お預けをくらった子犬みたいな感じに見えた。
「ここ会社」
「もう退勤してるし、いいだろ」
「他の社員さんもいるし」
「車の中まで見ない」
確かにそうなんだろうけども! 皆んな社長が怖いから、何も言わないだけで……本当は、変な目で見られているんだよ。
少しは周りの人のことも考えてよ! とは思いつつも、彼にキスされるのは僕だって嬉しい。
「車の中はダメ……」
「じゃあ、帰ろう」
「うん……」
僕が頷くと柑橘系の香りが狭い車内で、漂ってきて嬉しくなった。直ぐに座り直して、僕たちはシートベルトをした。
ふふっと笑って車を発進させて、帰るまでの間。僕たちの中には会話がなかったけど、柑橘系の香りが漂ってきた。
玄関に入ってくるなり、貪るようなキスをされた。頭と腰を支えられて、僕は彼の腕にしがみつく。
「んっ……」
「湊……」
そんな時だった。彼のお腹がぐうと、鳴り響いて僕たちは一瞬顔を見合わせていた。直ぐに笑い合って、見つめ合った。
「ご飯食べよ、僕もお腹すいた」
「ああ、そうだな」
僕たちはコートを掛けて、キッチンに立った。彼がスーツの上着を脱いで、エプロンをした。
ワイシャツを腕まくりして、料理を作り始める。僕はそんな彼を、後ろからぼお〜と見つめていた。
何をしていても、イケメンって様になるな……作っている間に、着替えてこようっと。寝室に行って、私服に着替える。
そこでふと、クローゼットの上に見たこともない箱を見つけた。なんか気になって、脚立を持ってきた。
取ろうとして必死に手を伸ばしていたけど、届きそうで届かない。なんとか、手が少し届いてなんとか箱を取ったというか落としてしまった。
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