11月なのに珍しく冷たい細雨がぼちぼちと降っている夜11時過ぎ、宇宙(おおそら)天命(てんめい)は細い煙草を吹きながら大きな窓の雨景色を眺めている。その時、静かにとんとんとドアから声がした。 「常務、椿様のご報告に参りました。入ってもよろしいでしょうか？」 「お入り」 四角の銀淵の眼鏡で硬そうな表情のいや陶器人形みたいに表情が全く読めない顔の秘書橘(たちばな)正英(まさひで)が丁重にお辞儀をして入ってくる。 「本日も椿様を追っていた者がおりましてガードが追い払いました。椿様には気付かせないように処理しました」 「ヒュー、何者だった？」 「テーパードの書店に新しく入ったバイト生でした。多分、店長からの指示を無視して行動したと思われます。高橋店長はいつもスタッフに椿様に接近しないようにと確実に注意しているそうです。今回も問題が出ないように事情を話し、お金も渡しましたのでご安心ください」 「了解。お疲れ様。そろそろ帰るか」 「かしこまりました」 天命は煙草を神経質に潰しながら消し、橘からコートをもらって着ながらドアを出る。 黒い高級感に満ちたセダンの中、天命は煌びやかな夜の街並みを眺めながら3年前に出会った冬心の崩れそうな泣き顔を思い出す。 パニック発作に襲われ、苦しく震えていた細い体。従弟の宇宙(おおそら)明星(めいせい)の無茶な性的暴行で犠牲になった可憐なオメガ、冬心。 会長の祖父から直に電話がきて、迅速にピース大学付属病院の救急室にいってマスコミ騒乱がないように、素早く処理するよう指示された。ピースグループ専属の弁護士も送られてきて切羽詰まった状況だった。 天命は祖父の素早い指示でマスコミも警察もまだ気づいていないことが何より安心だと自己中心的な考えをしながら救急室に入った。 しかし、息を弾みながら震え、涙で覆われている美しいオメガを見た途端、心の底から生の憤懣が爆発して奥歯を強く噛んで堪えた。担当医は肛門が酷く裂けていて針で縫って薬を塗ったといい、精神的パニック発作も起こっていて当分は入院させて様子を観察する必要があると言い付けた。天命はオメガ専用医師に頼んで精神治療もやってあげるように指示して救急室を出た。 廊下で待っていた弁護士の小野が準備した書類をみせた。天命は何でもいいから要求されることは全部やってあげるように指示した。お金ならいくらでも出すのでなんでもやってあげるつもりだ。弁護士の後ろの椅子では鼻をすすりながら泣いてる明星の幼馴染の花高(はなたか)香織(かおり)がいた。幼稚園児の時以来の久々の出会いだった。可愛らしい丸い童顔、両頬にある笑窪を見て天命は直ぐ香織だと分かった。小さい頃は平均より小さかったのに今は167センチ位に大きくなった。お洒落な女子高校生らしく髪も金色に染めてカールパーマをかけていた。裕福な娘らしく有名なブランドの高価な指輪、靴と鞄が目に入った。極劣性オメガの香織は大手製薬の花高会社の愛娘だ。 ピース私立高等学校は制服は決まっているが、ヘアスタイルや小物などは自由化していて、勉学だけじゃなく、様々なプロクラムで個性や多様性を尊厳するオープンマインド教育に力を入れている。その為、卒業生には世界をリードする著名なセレブたちが多くいるのだ。 天命は優しく声をかけて事件の行き先を探った。香織は泣きながらたどたどしく話始めた。 入学式の前から50年ぶりピース私立高等学校で成績トップで全学年の成績優秀者奨学金をもらって入学される絶滅危惧種の極優性オメガがいると噂が広がり、実際の入学式では新入生代表挨拶をされた首席の冬心を見て全校生がその並外れた美貌の虜になったといった。3年生の明星と香織もめちゃ綺麗だなぁと頷いたといった。 3月の入学式後、1年1組の椿冬心は首席者らしく勉強もでき、体育も音楽も美術もできる謙遜で明るく優しい心持ちの高雅なオメガとして皆から愛されていたそうだ。 優秀な人材が集まるピース私立高等学校でも男の極優性オメガは珍しく、50年ぶりの入籍だそうだ。今は、段々減っている形質者の問題が社会イッシューとなり、世界人類の約10%未満の形質者の中、オメガは4%しかいないだし、その中でも、極優性オメガは世界でただ一人、椿 冬心のみ、残っている。でも、身の安全の為、日本政府は冬心の個人情報は秘密にし、オメガ人権尊厳の法律も改善して唯一無二の極優性オメガを守っているのだ。 5月の体育祭では徒競走、リレーとダンスで勝利を掴んで大活躍して、6月は全国高校生美術大会に出て優勝をとり、7月の校内音楽フェスティバルでは見事なピアノ演奏と美声の歌で学校の伝説の女神になったそうだ。そのせいもあって、沢山の生徒が冬心に告白したが、皆は断れて学校では別にお番がいるらしいという噂が出たそうだ。生徒会会長の明星も告ったが、見事にフラれたそうだ。 7月19日金曜日の1学期の終業式に明星とその仲間たちの様子がおかしいと感じ、香織はずっと彼らを見張っていたそうだ。終業式後、明星と仲間の3人は用事があるから先に帰ると言ったけれど、変な感じがした香織は勘に従い、彼らを密かに尾行したそうだ。学校から歩いて15分位のローヤル王国タワーマンションに入っていく4人をみては、内山の家に行くからゲームで遊ぶようでそのまま帰るつもりだったが、蒸し暑くてマンションの前の日陰のベンチで少し休んでいたそうだ。暫くスマホを見ながら音楽を聴いていたが、もう帰るつもりで立ち上がると冬心がローヤル王国タワーマンションの敷地に入って来るのが見えてびっくりしたといった。 香織は何か、お腹の底がびりっと引き締められる不快な違和感を感じて追っていったそうだ。 セキュリティのことで香織は入れないかも知れないから、冬心に声をかけて、一緒に入らせてもらったそうだ。香織は友達が調子が悪くて欠席したから見舞いに来たけど、知らせたくないしサプライズ見舞いをしたいので協力してほしいと冬心に伝えたら、冬心は快く一緒にエントランスを通過されたそうだ。同じ学校の制服で同じオメガだから、顔位は冬心も覚えていて互いに話しながら同じエレベーターに乗ったといった。32階まで登りながら、香織は何けなく冬心になぜここに来られたかを訊いてびっくりしたそうだ。 冬心は水曜日に生徒会会長から9月予定の英語劇のセリフ修正を助けて欲しいと頼まれてきたといった。冬心は英語、仏語、ドイツ語、韓国語も堪能だからかなと思ったけど、ふっと、昨日、内山が英語劇の台本はもう完成したからセリフ覚えるのだけが残ってるといったことを思い出し、おかしいと感じたそうだ。 同じく32階で降りて、香織は3203号室に行く冬心に別れの挨拶をして反対側に進んでいったそうだ。 暫くして内山に電話かけたら貰わないし、大高に電話したらまた通じなかったので、焦ってきて、近藤と明星にも電話をしてみたら、近藤も明星も電話に出なかったそうだ。 廊下をうろうろしながら、どうすればいいかを暫く悩んでいたが、一応、行動するべきだと判断し、心を決めて3203号室に向かったそうだ。深呼吸してインターフォンを押したら暫くして「香織じゃん、何だ」と内山の慌てた声がでたので、唐突に警察連れてきたからドア開けてくれよと不意に叫んだそうだ。 急に慌てて騒いてる声が飛びまわたが、誰もドアを開けてくれないからもう一度、ドア開けないと親に連絡するよと大きい声で威嚇して言ったらすぐ開けてもらったそうだ。 冬心の名前を呼びながら入ったら、内山、大高、近藤が「何もないから、もう出て行け」と制止してきたそうだ。皆とは幼児園からの幼馴染だから凄く仲は良かったそうだ。いつも話し合い、遊んでた友達だったと言った。それに屈しないで香織は奥にある内山の部屋に入ったそうだ。 冬心は裸で口はテープで塞がれ、手と足には布テープで縛りつけていて泣いていたそうだ。余りも悲惨な状態で香織は言葉をなくし、身動きができなかったそうだ。ベットの傍の窓には明星が煙草を吸いながら静かに座っていたそうだ。 気を取り戻して香織は震える手を抑え、明星の父親、天命の叔父に電話して状況を伝えたそうだ。香織は冬心の体のテープを解いてあげて、布団で冬心の体を包み、抱いてあげたそうだ。 「もう、大丈夫よ。安心してね。遅く気づいてごめんね」 震える冬心を必死に抱いて背中を優しく察してあげることしかできなかったそうだ。レイプだから、証拠のために、出来るだけ体は触らないでおいたそうだ。 暫くして救急員が来て冬心を連れて出ていたので、香織も心配でついてきたそうだ。明星も内山も大高も近藤も何も言わずに、ただぼーっと眺めているだけでいたそうだ。 また辛いことを想起して、声を上げて大泣きする香織を天命は優しく抱いてあげた。 「賢明な子だね。よくやってくれてありがとう」 天命は香織の一瞬の判断がピースグループの名声を保つのに力添えしたことに安心し、昔からの家族ぐるみでの付き合いだから香織も110番や119番に通報しなくて叔父に電話しただろうと思った。本当に優しくて賢い子だと感心した。 天命は医師を呼んで香織も診て貰うように頼んで橘に電話を入れた。 「調べたの？」 「はい、少々お待ちください。今、情報収集しておりまして、結構優秀な学生だから、情報が多いです」 「早くやってくれ」 「かしこまりました」 ーーーーーーーーーー 「常務、着きました」 セダンのドアを開けながら、橘が声をかけた。天命の冬心の苦い思い出もここでふっと切られた。 ゆっくり大きな体を動きだしながら天明はセダンから出る。197センチの高い身長、運動で鍛錬された筋肉の体はまるで映画に出るスーパーヒーローみたいに恰好いい。 「お疲れさまでした。お休みなさい」 橘の挨拶で天命は軽く手を振ってマンションのエントランスホールに入り込んで姿が徐々に消えていく。 マンションはピースグループ所有のVVIP専用で37階の最上階にある天命の家は個人エレベーターで他の住民と一切会わずに利用できる。大理石の白と黒にて飾られているマンションはモダンではあるが華美で高級感を感じる贅沢な家だった。高い天井でぶら下げている絢爛たるシャンデリアは金色で輝く宝石に映える。 天命のマンションは部屋が7つで浴室は3つあり、一人暮らしには大きい過ぎるサイズだった。家事を手伝っている阿部さんと佐藤さんのお陰で微塵一つない清潔感溢れる綺麗な雰囲気を保っている。 浴室に入って熱いシャワーを浴びながら冬心の見目麗しい顔を思い出すと、急に体が熱くなり、血が集まって濃紫茶色のペニスが大きく勃起した。やっとシャワーを終えて急いて橘に電話する。 「オメガ、早く送ってくれ」 「かしこまりました。急ぎですので直ぐ調達可能なJ&Jエンターテイメントの女優のオメガを送り致します。ご了承ください」 今夜も天命は冬心の代わりに本能に唸れてオメガをベットに入れて抱くつもりだ。性欲旺盛なアルファの本能はコントロールが厳しい。オメガは金が高いけどセックスには申し分ないのだ。謝礼は普通の会社員の1年間の給料以上はあげている。気持ち良かったら、チップもだす。天命は性交に本気なのだ。恋もしたが、すぐ飽きちゃって3ヶ月も持たずに別れてしまう。有名なモデルや女優など皆綺麗な人々だったが、何かが欠けている感じがして、化粧と整形手術で作り上げた偽りの美は飽きてしまうからだ。 それで、3年前に高校1年生の冬心を見た瞬間に一目惚れしまったのだ。美しくて清爽で、純粋で、まるでおとぎ話のお姫様みたいだった。 天命は明星を許せなかった。医者は肛門から精液は少ししか検出されず、多量の血液と唾液が確認されたので、性交の序盤で見つかられて不幸の中でも運が良かったと言った。明星は叔父に素直に事件のことを白状した。余りも好きだから、悪知恵が働き、友達と作戦を練ったといった。恐ろしいことに、明星が一番目で、後の3人も順番にレイプする計画だったそうだ。話を聞いた天命は余りの痛憤に、警察へ通報しようとしたが、祖父と叔父と父の強い説得で意志を負けてしまったのだ。高校3年生、身体も心ももう責任感ある成人だ。 でも、裕福な家柄のことで、明星を含む4人はアメリカに留学されることでこの事件は終了となった。 冬心は1ヶ月間、入院されて徐々に元気になっていたが、病院代金以外は受け取るのを強く断ったので、存分に助ける事が出来なかった。ピースグールプの会長も面会にきて、頭を下げたが、冬心と祖母はもう大丈夫だから謝らなくてもいいですと言い、優しく接してくれた。冬心も彼の祖母も凄く良い人だと感じた。 近頃、オメガ法律が厳しく改善されて、この事件がバレたら、いくら大手のピースグールプすら打つ手がなくなるのだ。それで、会長は慰謝料として5億円を提案したが、やっぱり丁寧に断れた。 冬心が心理治療担当の鈴木先生に心を開き、頼っていたから、天命は鈴木先生を通して冬心を助けた。彼の祖母の腰の脊髄管狭窄症手術も國の補助だと嘘ついて助けたし、オメガに安全な星空町の新しいアパートの入居も助けたし、家具や服など諸々、鈴木先生を通して良いものを送ってやった。鈴木先生もいい人で積極的に協力してくれるのだ。冬心は気づいていないが、服は全部ブランドなのだ。冬心の好きな黒と茶色のコートもイタリアとフランスの名品で上品な高級質の上等品だった。 鈴木先生は娘の下がり物だと言って冬心に新しい名品を渡すのだ。実は全部、天命が買った物だ。天命は冬心の服選びが楽しいのだ。いつも冬心の好きな白、黒、グレー系、ベージュ系、ブラウン系を選ぶ。コートなどは特別にオーダーメイドもした。もっと買いたいが、冬心はいっぱいもらうと真剣に断るので慎重に少しずつ渡すのだ。 極優性オメガだから3ヶ月ことに1回は國の指定の形質者管轄病院で検診が必要だが、此を機に鈴木先生が検診も担当することになった。鈴木先生は25年間アメリカの形質者支援病院で努めて日本のピースグールプがピース大学付属病院にスカウトしたわけだ。ピースグールプが膨大な金を掛けて冬心を國の管轄病院ではなく、ピース大学付属病院で検診されるよう手配をしたことは冬心は全然しらない。 天命は冬心が退院された後から、有能なガードを2人付けて冬心の安全を守っている。冬心に追いかけてくる奴らを追い払う仕事だが、法律内に出来るだけ親切に密かに処理している。 親切に事情を説明したり、お金で慰めたりなどして冬心が安全で幸せにいられるよう、いろいろ頑張って保護している。 冬心は事件後、もっと勉強に励み、日本全国知能テスト大会で優勝し、また、世界知能テスト大会にも優勝してその名が世界のマスコミを飾った。冬心のIQはパワーAIパソコンより高く出て測定不可能の判断を受け、マスコミはますます騒ぎ出した。冬心がいつも大きいマスクをかけて顔を隠しても、その美貌は溢れだし、マスコミではちょ美しい天才少年だと称賛されまくったが、政府とピースグールプが継続的に強い圧力を入れてマスコミも徐々に離れていった。 その後、冬心はもう世界知能テスト大会などの参加を断った。それを聞いた天命は胸を撫で下ろした。 冬心は未曾有の高校3年間全国首席だったし、大学入試でも1位だったから、ピースグールプ財団は大学4年間学費を財団が無料で献呈する特別奨学金を作り、冬心に適用した。冬心は喜んで受け入れた。 冬心を考えながら天命はガラスにウイスキーを注いて一気に口に入れてしまう。喉がチリチリっと焼けるような感じがして、後は重たい渋い香りが鼻を突く。 りんりんと急に電話が鳴り、橘が喋る。 「常務、今、オメガがマンションに着きました」 「わかった」 「では、失礼いたします」 暫くしてインターフォンの音がした。天命はリモコンの遠隔操作で玄関ドアを開錠する。 バタバタと歩いてくる音。スラっとして華奢で妖艷な20代くらいの長い黒髪の女のオメガが現れた。 今夜は激しく本能に揺さぶられる長い夜になりそうだ。窓には雨脚が激しくなり、豪雨がザーザーと唸りながら天命と女の逢わされた野生の裸体を軽蔑するように泣いている。