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煉瓦色のソファーが並び、くすんだ白い天板のセンターテーブルの上には小さなガラスの器に赤い花が差してある。見覚えがあると思ったが、店の前に咲いていたゼラニウムだと納得した。
「クシュっ」
結構濡れてしまって、雨のせいか気温がぐっと下がったようだ。薄手の長袖一枚では寒い。すると日比野がすっと背後に回った。
「これ着てて」
ふわっと身体が温かなもので包まれてから、それが日比野がさっきまで着ていたパーカーだと気がつく。
(イケメンかよ……、なんかいい匂いするし。流石モテ男は違う)
「ありがとう」
ダボダボのパーカーに袖を通し、暫し推しから手厚いファンサを受けたような心地でぼーっとしていたら、日比野はいつの間にかどこをどう通ったのかカウンターの向こうにいて「こっち来て」とタオルを手にして真秀を呼び寄せた。
「頭、とりあえずこれで拭いて」
カウンタの前まで行くと、どこか知らない会社の名前と電話番号が書かれたタオルをカウンター越しに手渡された。その後すぐ、目の前に氷の入った水とおしぼりとを置いてくれた。濡れて汚れた手を拭くと、遠慮なくコップに口をつける。ただの水ではなくレモンの爽やかな香りが口の中に広がる。
ほっとして席に座った瞬間、真秀は抱えていた袋の事を思い出す。血相を変えて袋の中から単行本と雑誌とを取り出してカウンターの上に広げておいた。
単行本はビニールがかかっていて無事といえたが、雑誌の方は角が水が沁み込んで、慌てた拍子に真秀の髪からもさらに表紙の『アキ』が泣いているみたいに雫が垂れてしまった。
「あああ、やっぱ濡れちゃってる」
自分の事は二の次にして必死に雑誌の表紙を拭いていたら、カウンターの向こうから長い腕がぬっと伸びてきて、頭の上をふわっと乾いたタオルで覆われた。
「風邪ひくだろ。まず自分の頭ふけって」
視界がタオルで遮られたから分からないが、感覚的に大きな手で頭を両側から覆われてわしゃわしゃと頭を拭かれている。クールな見た目と違って、意外と面倒見がいいようだ。そういえば先ほど推しに手を引かれてここまで来た上、今は丁寧に頭を拭かれている。優しい仕草にぼっと頬が熱くなる。
表紙をタオルで包むと手を止め、頭を差し出しされるがままになっていたら「うちのワンコみてぇ」と朗らかに笑われた。
「ひ、日比野君……」
「あー、よかった。お前、俺の名前知らないのかと思ってた」
「し、知ってるよ。同じクラスになってもう半年経つだろ」
食い気味に応えてタオルを頭に載せられたまま顔を上げたら、日比野自身も頭にタオルを載せた姿でこちらを流し目で見た。まるでコミック4巻のシャワー上がりの色気漂うアキみたいでドキドキが止まらない。
「看板止めてくれて、ありがとな。なんで早く看板しまわなかったんだって、姉貴にどやされるとこだった」
「姉貴?」
「ここ、姉貴の嫁ぎ先のじいちゃんの店。普段閉店した後の掃除に姉貴が手伝いにきてんだけど、甥っ子が熱だしたっていうから俺が代わりに来たんだ」
「そうなんだ」
日比野は何気ない仕草で濡髪をかき上げる。額が出ているのがまた、いつもと違ってちょっと雄みがましてワイルドだ。
(ひう、濡髪、ちょっと乱れてた姿もカッコいい)
思わず声に出して色々称賛の声を上げてしまいたくなったが、ぐっとこらえた。
「それ、ごめんな。看板追いかけた時に濡れちゃったんだろ?」
明らかにファンシーな色合いの漫画雑誌の表紙が視界に入って違った意味でお腹の当たりがひゅっとなった。
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